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サラリーマン、異世界へチート通勤する  作者: 縞熊模様
第2章
137/163

2-26

五分程待つと、家の外からメイシャの声がする。

どうやら帰って来た様だ。

案の定、ノアの声もする。

「さすがノアだな。ちゃんとキーマンを見つけ出して来るなんてな。恐らく器の存在には気づいてるだろうし、ここに運ぶ事を優先してくれたみたいだな。後でちゃんとお礼を言おう」

良翔は呟く。

ガチャリと音がして、メイシャが顔を真っ赤にして、入ってくる。

「良翔さん、待たせちゃってごめんなさい!」

「いや、大して待っていないさ。それに、どうやって人間に戻すか、考える時間も必要だったしな」

すると、メイシャは真剣な表情になる。

「それで……、どうにか、人間に戻せそうなのかしら?」

良翔は少し間を置いてから応える。

「理屈上はな……。だが、理屈と実際は往々にして違いがあるものだ。確約は出来ない」

すると、メイシャはニコリと微笑み、頷く。

「可能性があるだけマシよ。覚悟は出来てる。お願い、私で試して」

良翔はメイシャを見つめる。

すると、メイシャは良翔が視線を向けた事に気付いていない筈だが、良翔の視線が向けられたと同時に、ニコリと微笑む。

ぶれていない、良い笑顔だ。

良翔は、メイシャの覚悟を察し、説明を開始する。

「分かった。最初の被験者はメイシャだ。ただ、初めに説明しておくが、メイシャと村の人達とは体の作りが違うんだ。例えメイシャに効果があっても、村人達に効果が必ず出るとは言えない」

「つまり、村の人達は半分魔物化してしまっているけど、私は生身の人間のままだからって事ね」

「ああ、その通りだ。ただ、理屈上は半魔物化してようと、してまいと健康な肉体に戻すという効果は期待出来る。因みにメイシャは目が見えないのは生まれつきか?それとも何か原因があるのか?」

メイシャは少し遠い目をする。

「私は小さい頃に原因不明の高熱に見舞われたみたいなの。中々下がらなくて、2週間ぐらい続いたらしいわ。そして、熱が下がり始めた頃に、目の視力が急激に下がり、一年と待たずに見えなくなってしまった。そう聞いているわ。ただ、私は覚えてないけどね」

良翔は、メイシャの顔の先に視線を移す。

メイシャには見えていないのだろうが、視線の先には写真立てに入った写真が一枚飾られている。

幼いメイシャとその両親だろう。

皆いい笑顔で写っている。

「それは、両親から聞かされたのか?」

メイシャは少し悲しそうな顔をしながら、頷く。

「ええ、そうよ。私の両親は、私が15歳の時に海の事故に合って二人ともそのまま…」

「そうか……。良く頑張ったな、メイシャ」

良翔がそう言うと、メイシャは悲しみを振り払い、大きく笑う。

「ええ、そりゃあ、もう大変だったわ!でも、こうして今もちゃんと生きてる。これも村のみんなや、こうやって目が見えなくても色々と出来る様にしてくれた両親のお陰。だから、私は悲しむだけじゃダメなの。ちゃんと色んな事が出来るのだから、これからも精一杯生きていかなきゃね。だから、今回の事も妥協はしない。目が見えなくたって、不自由ではあるけど、決して可哀想な訳ではない、もの」

その反応には、良翔も感心する。

心が強く、そして真っ直ぐだ。

痛みを知り、沢山悲しみ、そして、それを乗り越えて来た。

だから、こうも潔く自分の身の振りを決められるのだろう。

良翔は必ずメイシャの希望を叶える、と強く心に決めるのだった。


「分かった。もし、この試みが上手くいけば、メイシャの目が見える様になるかもしれない。それが成功の証だ。生まれつき目が見えないので有れば、目が見える様になる可能性は少ないが、外的要因で視力を失ったので有れば、本来の姿として、視力のある体にもどれるはずだ」

良翔からそう言われ、メイシャは驚く。

「そ、それは本当なの!?正直、死ななければ成功っていう実験かと思っていたけど、まさか、あらゆる異常まで治った状態で元に戻れるなんて……。良翔さん凄いわ!!」

良翔はメイシャが素直に驚き、興奮する姿に思わず微笑む。

「安心するのはまだ早いぞ、メイシャ。それはこの試みが成功したら、だ。そして、試みを開始して異常が生じる様であれば、直ちにこの実験は終了だ。メイシャに対しても、体の変化を止める様魔法をかける」

メイシャは黙って頷く。

「いいか、もう一度言うが、これは下手すれば命を落とすかもしれない試みなんだ。それでも、受けるか?」

メイシャは真っ直ぐに良翔を見つめ、シッカリと頷く。

「よし、それじゃあ始めよう。先ずは、その抱えている器を一度テーブルの上に置いてくれ」

メイシャは良翔に言われた通り、テーブル近くの椅子に座り、器をテーブルの上に置く。

良翔は、先ずはその器を鑑定する。

「……これ程までに禍々しい魔力とはな…。メイシャは直にこれを手に持っていて、何も違和感を感じたりはしなかったのか?」

メイシャは首を左右に振る。

「いえ、特には……。でも、言われてみれば、指先が少しムズムズする気もするけど…、何か見た目の変化ってあるのかな?」

そう言い、手のひらを良翔に向けて見せる。

良翔はメイシャの手のひらに視線を落とし、隅々まで見ると、指先が少し、変色している。

なるほど…、と良翔は心の中で呟く。

メイシャはきっと走った事で、手に汗をかいた筈だ。

その水分が器に触れて魔物化する液体に変化し、それをメイシャの器に触れていた指先が吸収してしまったのだろう。

つまり、部分的ではあるが一部魔物化しているのだった。

だが、良翔はメイシャにそれを伝えない。

今更伝えたところで、ただ不安を煽るだけだ。

だが、結果的に条件は揃った。

これで、変化が見られる。

「じゃあ、これから器に魔法をかける。上手くいくことを祈っていてくれ」

メイシャは唾をごくりと飲み、頷く。


良翔は、メイシャの返事を確認してから、器に手を向ける。

先ずは器に自分の魔力を繋げる。

繋げた途端に、器から禍々しい魔力が逆流してくるが、更に強力な魔力で押し返す。

器に良翔の魔力が届くと良翔は予めイメージしてた魔力変化を行う。

最後のキーとなるのはこの器の魔力だ。

器の魔力は、冒険者が死ぬ度にその魔力を吸収し続け、当初からは変化している筈だ。

その根源となった魔力を見つけ出し、それを含む魔力の細胞を除外するのだ。

でなければ、その器を使用した時期により、除外出来る細胞と、そうで無い細胞とに分かれてしまう。

必要なのは魔物化してしまった村人全員に共通してある魔力の存在だ。


核となる魔力を良翔は探っていく。

やがて、一つの魔力に辿り着く。

「こいつが根源か…」

良翔は、呟きその魔力を鑑定する。

そして、良翔は言葉を失う。

今まで触れて来た魔力とは明らかに質が異なる。

他の魔力には必ずと言っていいほど、その魔力の持ち主の感情や人生の練度といったものが感じ取れるのだが、その核となる魔力にはそれがない。

「今まで一度も迷いや悩みを持たず、ただ一直線に生きているというのか…。コイツには感情というものがないのか……?」

良翔は綺麗すぎるその魔力に、逆に嫌悪感を覚える。

「これだけの事をしておいて、なんの曇りも無いなんて…。今回の事もどうでもいい事だと言うのか…」

良翔は、その魔力を徹底的に鑑定し、その性質を暴き続ける。

しかし、答えは変わらない。

器の改変に必要な情報はとうに得られている。

だが、良翔達が追う男の実態を少しでも掴みたかったのだ。

しばらく繰り返し調べた良翔は、それ以上の情報を得られず、仕方なく諦め、器の改変に取り掛かる。

だが、あの根源となる魔力はシッカリと記憶した。


器は良翔の改変により、その性質を変えていく。

あくまで、膨大な魔力を秘めた魔力庫としての器になり、内側に注がれた液体は、魔物化してしまった細胞以外にのみ働きかけ、器の魔力を含む細胞に対して、もしくは健康で亡くなってしまった細胞に対して、本来の健康な細胞に全て置き換えてしまうのだ。


正に理想的な器の出来上がりだ。


良翔は、緊張の面持ちで待つメイシャに声をかける。

「メイシャ、待たせたな。器の改変は無事に終わった」

すると、メイシャは小さく頷く。

「今水を汲んでくるから、待っていてくれ」

良翔は、悪魔の器から、奇跡の器へと生まれ変わった筈の物を手に取り、キッチンへ行く。

メイシャは目が見えない筈なのに、キッチンを綺麗に使っていた。

きっと定物定位をしなければ、どこに何があるか分からなくなってしまうからだろう。

ここにもメイシャの日々の努力が感じられる。

良翔は、水瓶からコップで半杯程の水をすくい、器に入れる。

器に入った水を少し眺める。

見た目の変化は感じられない。

しかし、魔力鑑定を行うと、水は着実に魔法の水へと変化していくのが分かる。

徐々に器と同じ性質の魔力を帯びていくのだ。

水に含まれる魔力の割合は微小だが、その働きは凄まじい。

なんせ人体を作り変えてしまう程なのだ。

いくら良翔が、その働きを今までとは全く違う働きに変えたとはいえ、結局は劇的な変化を与える事には変わりない。

体がその変化に耐えられるのか。

良翔は不安になる。

良翔は、器をタオル越しに持ち、リビングに持って行く。

良翔は迷うが、メイシャの顔を見て、諦めたようにテーブルに置く。

メイシャは置かれた器をじっと見つめる。

見えない筈なのに、ジッと。

メイシャの意識は器にのみ集中される。

メイシャは器にそっと手を伸ばす。

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