2-23
良翔はメイシャに向き直り、優しく話しかける。
「メイシャ、辛い話をさせてしまってすまなかったな。ありがとう。この村に調査に来た目的はメイシャの話のお陰で達成出来たよ」
すると、メイシャは疲れた顔を上げ、良翔に聞く。
「どう…なのかな?何か解決の糸口となるものは掴めそう?」
そう聞いてきた、メイシャは虚ろな表情だった。
「推測の域は出ないがなんとなくはな。ただ……、メイシャも、既に答えは出ているんだろう?」
すると、メイシャは諦めたかのように悲しそうに笑う。
「……ええ。それは……、あの器を壊す事……」
頷きながら答える。
「その通りだ。全ての原因はその器にあると思われる。ならばその器を壊せば、村の人達が人間に戻る可能性はある。ただ……」
良翔が言葉をそこで切り、メイシャを見る。
メイシャは迷っている様子だった。
恐らくメイシャの中でも、その答えは出ているのだ。
だが、他人と答え合わせをして、自分の考えと同じだった場合、それは、とても悲しい結末へと結論が結びつけられる事になるのだ。
だが、メイシャは僅かな期待をする事にした様だ。
顔を上げ、良翔に話の続きを促す。
「………続けて」
良翔はもう一度、メイシャの顔を見る。
見えない筈のメイシャの瞳には微かに期待を願う意思が現れていた。
良翔は口を開く。
「器を壊す事で、村の人達が人間に戻る可能性はある。だが、反動で死ぬ者が出る可能性もある。元は肉体的にダメージを負っていたのだ。そのまま復元されるかもしれないし、そうではないかもしれない。前者であれば、たちまちに病気を発症し、怪我が再発し、死ぬ間際の者であれば……、死ぬ事になる。だが、後者であれば、全ての怪我や病気がリセットされた状態で肉体を手にする事になる。当然健康体そのものだ。更に、肉体の復活だけでなく、そもそも、魔物から人間に戻るという反動自体が死に至らしめる可能性もある。いずれにしろ、ハイリスクを伴う可能性があるのは否定出来ない」
良翔に言われ、恐らく自分が導き出していた答えと、そう相違無いのだろう。
瞳からは期待感が消え、悲しそうな表情へ変化する。
だが、良翔は話を続ける。
「だが、その器に別の魔力で細工するという選択肢もある。つまり、死のリスクを無くし、健全な状態での人間に戻す、文字通り奇跡の器に改変するって事さ」
良翔の突然の別案に、メイシャはハッと顔を上げる。
瞳にはみるみると期待した思いが現れ、まるで視力を取り戻したかの様だ。
「そ、それは、どうやればいいの!?」
メイシャの懇願にも似た、問い掛けに良翔は優しく答える。
「俺は魔法使いでな。正直今の話は行った事は無いんだ。だが、試す価値はあると思う」
メイシャはガタ、と椅子を倒すのも気にせず立ち上がる。
「ぜひお願い!どうすればいい!?試せるのなら私で試して欲しい!私は…、私は…、この目のおかげでずっとみんなの役に立てなかった。それでも村のみんなは優しく接してくれた。みんなに救われていたの!でも、今は村のみんなが苦しんでる。それを私が救えるのなら、みんなを助けたい!!」
「……分かった。そうしたら、まずは器を持ってこれるかい?」
メイシャは力強く頷く。
「すぐに戻るわ、ここで待ってて!!」
メイシャは、今までになく、活力に満ち、顔は期待で少し頬を赤らめている。
「わかった、メイシャ。ここで待っている。だが、くれぐれも俺の事は内密にして欲しい。村の部外者が侵入した上に、村の大事な器まで触ろうとしているのだからな」
「ええ!分かっているわ!」
メイシャはそう言い放ち、そのままの勢いで扉を開け、家の外へ出て行く。
一方のノアとハザは村の様子を何気なく眺めるフリをして、人々を注意深く観察する。
『たしかに、なんだか不自然ね…』
「ああ、その通りだな。皆が生き生きとしているのは分かる。だが、全ての村人がそうだとすると話は異なってくる。逆に不自然だな。私が見てきた人間というのは、いろんな者がいるものだと認識している。生き生きしている者も居れば、落ち込んでいる者もいる。ほおけている者も居れば、悲しんでいる者もいる。私の認識が間違いで無ければ、人間とはあらゆる感情を持ち、それを表に出しながら日々生活する生き物なのだ。だが、この村の人間は皆同じなのだ」
ハザとノアは周りには聞こえない声で会話する。
ノアもハザの話に小さく頷く。
『ええ、ハザの言う通りね。これは、見に来て正解だったかも……。良翔は上手くやっているかしらね…。良翔から話を聞けばその辺の答えが分かるかもね』
2人は村のメイン通りを道沿いに真っ直ぐ歩く。
そこに、突然少女がハザにぶつかり、転んでしまう。
途端に少女は頭を下げ、謝罪する。
「申し訳ありません!!急いでいたもので!!」
少女はすぐに立ち上がり、両手を前に出す。
ノアはすぐに少女の異変に気付く。
『あなた……、目が見えないのね?』
少女は、倒れた拍子に、方向感覚が狂ってしまった様で自分が向かうべき方向が分からなくなってしまった様だった。
「いや、こちらこそ不注意だった。すまない……。良ければ、私達が手を引こう。どちらへ向かいたかったのだ?」
すると少女は頭を下げ、お辞儀する。
「あ、ありがとうございます!!では、お言葉に甘えて、今私は大通りに出た筈なのですが、どちらが村の入り口か方向が分からなくなってしまって…、お手数ですが、教えて頂けますか?」
少女に言われ、ノアは少女の表情を見る。
彼女はどうやら他の村の者達とは様子が違う。
顔を真っ赤にして必至に謝罪したり、お願いをする表情もとても柔らかい。
ノアは彼女に何かあると判断し、提案する。
『あなたが今向いている方が、村の入り口の方角よ。遠慮しないで。私達もウッカリしてたの。目的の場所まで連れて行かせてちょうだい。それに足を擦りむいてしまっているわ。目的の場所に着いたら、私に傷を見せてくれる?少しぐらいであれば治せるわ』
すると、少女は近づいたノアの匂いを一瞬嗅ぎ、思い当たる顔をする。
「あら……?あなた良翔さんと同じ匂いがする…」
少女がポツリと突然呟いた事で、ノアはハッと瞬時に理解する。
ハザはまだ、よく分かっていないらしく
「お。君は良翔殿を……、もが、ぐぐ」
と途中まで言いかけ、ノアにすぐに口を手で塞がれてしまう。
ノアはそのまま少女に聞こえない小声で、ハザに耳打ちする。
『この娘は、良翔と関わりがある。つまり、良翔が何かさせようとしてるって事よ。その邪魔はしてはいけない。いい、この娘の目的の手伝いをするの』
ハザはノアに口を塞がれていたが、ふんふんと頷く。
そして、親指を立てて、理解した旨をノアに伝える。
ノアはハザのその様子を確認し、ハザの口から手を離す。
『あら、そう?誰かの匂いと同じなのね。それは偶然ね?えっと、今、誰と同じと言ったかしら?』
すると、少女は、しまった!という顔をする。
きっと隠し事が下手なのだろう。
だが、その分人間味があり、他の村人よりも遥かに好感が持てる。
「えっと…、いえ、なんでも有りません。少し知り合いに似ていた気がしたのですが、違った様です!ですので、気にしないで下さい」
『そう?分かったわ。とりあえずは、足から血も流れてるし、目的地に着いたら治療させてね。さぁ、行きましょ!こっちで良いのかしら?』
ノアは強引に彼女の腕を引っ張り歩き出す。
少女は戸惑いながらも、ノアのなすがままとなる。
「え?え?あの…、本当にこれぐらいなら大丈夫ですから…」
『いいのいいの♪気にしない、気にしない』
そしてノアはこっそり少女の耳元に口を近づけ、小さい声で話しかける。
少女は驚きながらも、ノアの声に耳を傾ける。
『この村は海から気持ちいい風が吹くし、家の合間から見える海の景色が本当に綺麗なの。本当言うとね、お土産みたいなのを買えれば良かったんだけど、出来ればもう少し村の様子なんかも見たかったのよ。だけど門番の人に皆んなが不安がるから寄り道せず、お土産だけ買ったら出て行きなさいって言われてしまったのよ。でも、あなたに怪我をさせてしまったから、仕方なく目的の場所まで連れて行って治療をしなきゃならないって事なら、堂々ともう少し村の風景を楽しめるじゃない?』
と、ノアは少女にクスリと笑いながら、そう言う。
すると少女も、ノアへの警戒心が溶けたのか、クスリと笑い
「そうね、それなら仕方ないわね♪あなた達は私のケガの治療のために、目的地まで案内しなきゃね」
それを聞き、ノアもニコリとする。
『ありがと。お陰でもう少しこの村を満喫出来るわ』
と小声で少女に話す。
2人は互いにくすくす笑い合う。
『そう言えば、まだ、あなたの名前を聞いていなかったわね。私はノア。で、こっちの男が仲間のハザよ』
「ハザだ。怪我をさせてしまって済まなかった」
すると少女はニコリと笑い、首を振る。
「私はメイシャよ。こちらこそ不注意に道に飛び出してしまって申し訳ありませんでした、ハザさん」
「いやいや、こちらこそ済まなかった」
ハザとメイシャが挨拶をした後、ノアが声を掛ける。
『さぁ、行きましょ、メイシャ。確か急いでいたのよね?』
メイシャはノアに言われ、あっ!と思い出した様に頷く。
「そうなの、ちょっと村の祭壇にある物を急いで取りに行く必要があって急いでたの。ノアさん、申し訳ないんだけど、道の目印なんかも教えてもらいながら進んで貰っても良いですか?」
『了解よ』
ノアはそう返事をし、メイシャの手を握り、小走りで走り出す。
「え?」
それにはメイシャは驚く。
生まれてこの方、危ないから走ってはいけない、と言われ続け、走った記憶というものが無かったのだ。
『あなたの村だもの。良く歩き慣れた道だし、道も知っている。それに今は急いでいるんでしょ?大丈夫。私の手をシッカリ握っていれば転ばないわ。だから、走ってみましょ♪そしたらきっと世界感が変わるわ。風を体に感じる事はとても気持ちいい事なのよ』
メイシャは最初戸惑い、どこかぎこちない走り方だったがやがて、吹っ切れたのか、とても楽しそうに軽快に走り出す。
「本当ね、ノアさん!!なんて気持ちがいいの!!こんなに素敵な事を今迄知らなかったなんて、もったいなかったわ!!」
メイシャの無邪気に喜ぶ顔にノアはニコリと笑う。
『今からでも遅くないわ♪これから、どんどん色んなことやってみたらいいのよ♪あなたは目が不自由かもしれないけど、だからってあらゆる事をしてはいけないなんて事は全くないのよ。あなたは決して可哀想な人にだなんて思ってはいけないわ。興味がある事、気になることがあれば何でも試してみたらいいの♪』
「ええ!そうする事にするわ!!」
ハザはその光景を微笑ましく見つめながら、黙って後ろから付いて来る。