2-22
良翔は家の中を一軒一軒窓際から覗いて行く。
何件かはカーテンが閉められ、中の様子は目視では伺えないが、耳を澄ませば大体の家の中の様子は伺い知ることが出来た。
「この家も子供はいない、っと」
良翔は村の地図にある一軒家にバツ印を付ける。
上空から村の様子を観察した際に、ノアから教えてもらった模写の技術を早速使用して、紙に村の地図を起こしておいたのだ。
「これで、約半分の家は調べたな…。やっぱりこの村には子供は居ないかもな…」
良翔がポツリと呟く。
するとそこに突然後ろから声がする。
「そこに居るのは誰?」
良翔は焦り、直ぐに後ろを振り向く。
振り向く直前に自分の手足を確認する。
だが、良翔の手足は見えず、その向こうに見える地面しか見えない。
ステルス膜は正常に機能しているようだ。
良翔は振り返り、息を殺して声の主を確認する。
そこには、丁度20歳前後であろう女性が、家の壁に両手をつき、こちらを真っ直ぐ見つめている。
しかし、彼女の瞳には輝きが無かった。
「この娘、目が見えないのか…」
良翔は心の中で呟く。
そして、良翔はそのまま息を殺し、少しずつ後ろに下がる。
彼女は目が見えないが故に、他の者よりも、聴覚や嗅覚が優れているのかもしれない。
だが、良翔は他の村人からは見えていない。
その為、迂闊に返事をする訳には行かない。
下手に返事をして、村の通りを往来する住民にバレるのはよろしくない。
突然少女は、後ろを向き、良翔の気持ちを察したかの様に
「こっちよ」
そう言い、手をついていた家の中に入って行く。
先程良翔はこの家を調べた際には人の気配は無かった。
恐らく彼女がこの家の家主なのだろう。
「彼女は目が見えないのに、一人で住んでいるのか…」
良翔は心の中で呟き、少し迷う。
当然このまま立ち去っても良い筈である。
だが、良翔の中で、彼女に従え、と直感的に何かがそう言っている様にも思えた。
良翔は意を決し、彼女の後に従って中に入る。
彼女は良翔が入ったのを分かったのだろう。
扉をそっと閉じる。
パタン、と扉が小さな音を立てて、閉じる。
彼女はそのまま扉を施錠し、部屋の中の椅子に向かって、壁伝いに手を擦りながら、たどり着く。
彼女は座ると、ふぅと息を吐き、良翔の方へ顔を向ける。
「さて…、私はメイシャと言います。あなたは誰?」
少女が真っ直ぐ良翔に顔を向けて、そう質問をする。
良翔は何故彼女の家に入ってしまったのか、と後悔するが、直ぐに諦める。
少しの沈黙の後、静かに口を開く。
「……俺は……、タリスの街の冒険者だ……。名を良翔という」
すると少女はニコリと笑う。
「そう…。良翔さん、初めまして。私は見ての通り目が見えません。だけどお陰で耳と鼻は他の人よりもいいの。村の人達が、あなたの様なよそ者が居るのに、足音を変えずにそのまま通り過ぎて行くの。とても不思議に思って思わず声を掛けちゃったわ。あなた各家の前で立ち止まってたみたいだけど、何かを調べてるの?」
良翔はメイシャに素直に話すか迷い、沈黙する。
それを察してか、メイシャは再び口を開く。
「言いづらい事なら、別に話さなくても良いの。私は純粋に村の外に興味があるだけだから」
良翔はジッと黙ったまま、メイシャを見つめる。
少女は良翔が答えない事に、寂しげな笑顔を見せる。
「ごめんなさい。私はきっとあなたのお仕事の邪魔をしてしまっているのね」
良翔は村の他の者とは違う表情をするメイシャに何かを感じる。
「この娘は、他の村の者とは、何かが違う様だな…。素直にこの娘に聞いてみるか…」
良翔はようやく、メイシャに対し口を開く。
「君は気にしなくて良い。ところで、二つ程質問があるんだが…。聞いても良いか?」
良翔が答えた事によってメイシャは顔を輝かせる。
「ええ!もちろんよ!」
良翔はメイシャの表情を確認しながら、質問を始める。
「そうか。協力に感謝する。まず一つ目に、この村には子供が居ないのか?先程から村の中では子供を一人も見ていない」
すると、輝いていたメイシャの顔が途端に曇る。
「……ええ、良翔さんの言う通り、この村には子供が居ないわ…」
良翔は訝しげな顔をする。
彼女の言葉を信じれば、やはり、この村には子供が居ない。
では、何故皆そう言った表情をしていないのか。
悲壮感を出さずに空元気を皆で振りまいているのか?
良翔の中に疑問が渦巻く。
「だが、この村では誰もが生き生きした顔をし、とても子供が居ないという現実を悲観している様には見えないのだが…。それには何か理由があるのか?」
メイシャは顔を沈めたまま、重く口を開く。
「いつか……、良翔さんの様な冒険者がここに来ると思っていました…」
「つまり……、何か思い当たる節があると?」
メイシャはコクリと頷く。
「この村の人達は変わってしまったの…。一年程前から…村に冒険者の方が来る様になったの。彼等は皆何かに怯えていた様で、誰とも話さず、飲み食いもせず、ずっと海を眺めているの。私は気になって、話し掛けたりしたんだけど、皆なにも返事をしてくれなかったわ。……ある時、そこに、男の人が来たの。彼が言うには彼等は地上での生活を苦しみ、海に帰りたがっている、と。初めは私は何を言っているのか分からなかったわ……。でも……」
一年程前…、四島とあの男が出会った時期だ。
話と時期が一致する。
恐らくメイシャに話しかけた男は、四島を操っていた男に違いない。
良翔は、はやる気持ちを抑えて、メイシャに話の続きを促す。
「…何があったんだ?」
メイシャはやっと重い口を再び開く。
「海を眺めていた彼等はやがて、おもむろに海に入って行くの。私は海で泳ぐのかと思ったわ…。だけど、彼等は皆入って行ったきり……、戻ってこなかった。私は彼等に会う度に何度も海に入ってはいけないと言ったわ。だけど誰も耳を傾けてくれない…。そして、一人、また一人といなくなっていくの…。私はそれを悲しみ、浜で泣いていたの。すると、その男の人がまた声を掛けてきたの。何を悲しむ必要がある?彼等は海に帰りたがっていた。彼等はやっと幸せになれたのだ。だから、泣く事はない、と。その男はそう言って、私に木の器を差し出したわ。この器は特別で、何かに困っている人が居たら、この器で水を飲ませなさい、と。これは、彼等を海に返してくれた事に対する、海からのお礼なんだ、と言って。それっきりその男の人はいなくなってしまった。私は当然そんな怪しげな器の事など信じなかったわ。だけど、その頃、村では流行病が起きてしまっていたの。私もどうにかしたくて、タリスの街のお医者さんにも見てもらったわ。だけど、結局治らなかったの。その時、あの器の事を思い出したの。私は半信半疑でその器から水を飲ませたわ。すると、本当に奇跡が起きたの。村の人がみるみる回復して、あっという間に流行病は治ってしまったわ」
良翔は黙って、メイシャの話を聞く。
メイシャは良翔が続きを待っている事を悟り、話を続ける。
「最初は私も含め、皆喜んだわ。奇跡の器だと祀る騒ぎよ。でも、私はその器を使う度に段々怖くなったの。どうして…この器は人々の病や傷を癒せるのか、ってね。そして、ある時気付いてしまったの。死にかけていた老人がまるで若返ったかの様に動き出したり、古傷が痛み、足を引きずりながら生活していた人が走り回って活動する様になったり……。歳を取っていた人も、若い人も皆……、まるで人ではなくなったかの様に!!そして、決定的に変わったのは、その器から水を飲んだ人は皆、人の匂いでは無くなっているの……。あれは……。あの器は、人を人ではなくしてしまうものなのよ!」
良翔は驚く。
耳を疑う様な内容であったが、メイシャの真剣な表情に疑うのをやめる。
「……つまり、その器で水を飲むと、人ではなくなってしまうと……。それは魔物の様な状態になっていると言うことか?」
メイシャは悲しそうに頷く。
良翔はメイシャの話から、考えをまとめる。
だが、疑問が残る。
「奇跡の器の事は分かったが、村に訪れた冒険者が入水自殺してしまうのと、その器は何か関係があるのか?」
しかし、沈黙してしまったメイシャは、話したくないと言った顔をしている。
「話したくない気持ちは分かるが、すまないが、聞かせてくれないか。話の内容によっては、何か解決の糸口が分かるかもしれないんだ。メイシャだってこの連鎖を断ち切りたいのだろう?それに、俺が聞きたかったのは、タリスの街から冒険者がこの村に来ていなかということだった。結果この村に来ている事が分かった。だが、新たに彼等が皆海へと消えていってしまうという新たな問題が浮上した。そして、この村での、例の器を使った不可解な治癒現象。これには、何かしらの関係が有るとしか思えない。そして、この問題は、この村の問題だけでは無くなっている。タリスの街でも問題となっているんだ。だから……、話してくれるかい?」
メイシャは、しばらくした後、小さくコクリと頷く。
良翔はメイシャが話し出すのを黙って待つ。
やがて、メイシャがポツリポツリと話し出す。
「冒険者の人が自殺してしまうのは、正直理由は分からないわ。だけど、あの器と冒険者の関わりなら、想像がついているの……」
「すまないが、その話を聞かせてくれないか?」
良翔は優しく、メイシャに話を促す。
メイシャは頷き、話始める。
「……ある時、一人の冒険者が来たの。村では、その頃にはもう誰も冒険者の事を止める者は居なかったわ…。彼等は、どれだけ私達が声を掛けたって、手を引っ張ったって、必至に海に向かって進んでいくのよ。だから、村の人達も諦めてたの。彼もきっと、他の冒険者と同じだろうって。だけど…、その冒険者は、少し他の冒険者達と違って、どこか危険な雰囲気があったの。そして………、事件は起こったわ。彼は村の一人の老人を殺してしまったの。事もあろうに、彼の自殺を思い留まらせようと声をかけた老人をね……。村人達は激しく怒ったわ。そして、そのまま、皆でその冒険者を海に沈めて殺してしまったの。だけど、その冒険者はまるで喜ぶかの様に大声で笑いながら死んでいったの。そして、彼の死に際、人ならざる匂いが強烈に辺り一面を埋め尽くしたのよ。あの匂いが何だったのかは分からない。でも、今思い出しても、その匂いのおぞましさと言ったら………。やがて、時間が経ち、村はいつもの生活に戻ったわ。そして………暫くして、村の人が風邪をひいたの。そこでいつもみたいに、その器で水を汲もうとしたの………。そうしたら………、そうしたら…………」
メイシャは言葉を詰まらせ、止まってしまう。
良翔は急かさず、ただじっとメイシャの言葉の続きを待つ。
やがて、メイシャが嗚咽混じりに、話を続ける。
「その……、器から……、あの死んだ冒険者と同じ匂いが………!あの器は死んでいった冒険者達の魂で出来ているのよ!!」
そこまで言い、メイシャは顔色を真っ青にして、キッチンへ手を擦りながら行き、激しく嘔吐する。
良翔は、メイシャの話から一つの答えに辿り着く。
メイシャの言っていた、奇跡の器は、入水自殺していった冒険者達の魔力で作られている、もしくはその魔力が宿っているのだろう。
その魔力が、どうやっているのか分からないが、中に入った液体に作用し、魔物へと変えてしまう液体を作り出すのだ。
魔物の体は、ほとんどが魔力で構成されている。
当然、肉体に悪影響を与えていた病気や怪我などはたちまち治った様に見えるだろう。
だが、実際は魔物化することにより、肉体が消失し、その体の代わりに魔力で作られた体を生み出すのだ。
つまり奇跡の器の正体は、魔物化させる液体を生み出す、悪魔の器と言える代物だという事だ。
「なんて、酷いことを……」
良翔は思わずポツリと呟く。
メイシャは嘔吐が収まり、床に膝をついてしまう。
良翔は彼女を抱き上げ、再び椅子に座らせてやる。
「大丈夫か?すまなかったな、だが、悪いが最後にもう少しだけ聞かせてくれないか。奇跡の器によって魔物化してしまった村人はどれほどいるんだ?それに、子供が居ないのは何故なんだ?」
メイシャは呼吸を整えてから、答える。
「あの器で水を飲んでいないのは、もう…、私だけよ…。村の人は全員あの器で水を飲んでしまったわ…。子供が居ないのは、単純に皆が子供を欲しがらなくなったからなの。当然去年までは子供も何人か居たのよ。だけど、みんな病気で死んでしまったの……」
良翔は疑問に思い、メイシャに聞き返す。
「奇跡の器があるだろう?子供には飲ませなかったのかい?」
すると、メイシャは首を左右に振る。
「いえ、もちろん飲ませたわ。だけど……、何故か子供には効かないの……。逆に苦しみだす始末なの。結局、どの子もみるみる症状を悪化させて死んでしまったわ……。それから、村では皆が健康になり、若返りすら起こしているこの状況で、あえて危険を冒してまで、子供を作るのはあまり利点がないという暗黙の認識になったみたいなの。この村が豊かになって落ち着いたら、子供を産めばいいと。だから、どの夫婦も今は子供は欲しがらない」
「……なるほど……」
良翔は想像する。
以前、バンダンに聞いた話が思い出される。
魔物は子供を生むのではなく、魔力の溜まり場から自然発生するのだと言う。
当然、魔物が多く生息する地域は、魔物の魔力が溢れ、自然と溜まり場が生まれる。
故に魔物も多く生まれる。
片や、魔物の全く居ない街などでは魔物は生まれない。
魔力の溜まり場が出来にくいからだ。
この村では、魔物化してしまった人達が大半を占める。
だが、せいぜい居て50人程だ。
それに魔力も微弱だ。
とてもじゃないが、新たな魔物が生まれる程の魔力のわだかまりが、生まれるのは難しいのだろう。
そして、魔物には子供を生むという概念が無い。
村人が子供に対する興味を失って行くのも容易に想像出来る。
この村は、魔物こそ自然発生はしないが、魔物の村と化してしまったのだ。
そして、人々はそれに気づかない。
いや、気付かないフリをしているのかもしれない。
通常に考えて、あり得ないことが体に起きているのだ。
恐らく、身体能力も格段に上がっているのだろう。
その変化は本人達も薄々分かっているのではないだろうか。
しかし、それは健康になったと、不思議な力を与えられ、恵まれた事なのだと思いたいのではないか。
そうでなければ、この村は子供もおらず、決して豊かなわけでも無い。
流行病に怯え、年老いた者のみになっていく。
そんな未来を待つよりも、今のこの奇跡を信じている方が幸せだと言う事なのだろう。
良翔はあの男の狡猾さを、恐ろしく思う。
きっとここまで思い描いていたのだろう。
見事に男の思い描いた通りに事が運び、男はどこかで、きっとほくそ笑んでいるに違いない。
良翔はそう考え、腹の底から怒りを覚えるのだった。