2-21
3人は、しばらく河に沿って南に飛び、やがて海に面した小さな村を目にする。
村では漁をするらしく、海に向かって何本かの桟橋が出ている。
その先には年季の入った木で出来た船が、数隻桟橋の杭に繋がれていた。
桟橋の近くでは、漁師と思われる男と、その家族であろうもの達が、談笑しながらなのだろう、時折笑顔を見せながら、網の手入れをしている。
村の中でも、近くに見える森で取ってきたのであろう、山菜などを仕分けしている女性や、大量の薪を割っている男性などが見える。
どの者も、良い顔をしており、暗く沈んだ顔をしている者など、1人も見受けられない。
良翔は空から眺めて村の様子を更に観察する。
村全体を視線を移しながら見渡すが、冒険者らしき姿は1人も見えない。
『みんな生き生きしてる感じね』
「ああ、確かにノア殿の言うように、良い村のようだな。残念ながらここには冒険者も居そうではないし、無駄足だったかも知れんな」
ハザとノアが村の印象を述べる。
だが、良翔は何処となく村に違和感を感じる。
確かに、皆生き生きとしている。
シッカリと働き、互いに声を掛け、時には笑いあったり、裕福とは言えない身なりではあったが、誰もが幸せそうだった。
だが、小さな子供が1人も見当たらないのだ。
この村の上空からは、子供が走っている姿も、ワイワイやっている姿も、1人も見えないのだ。
「だけどさ、この村では子供が1人も見えないんだが…。何かおかしくないか?」
そう、良翔に言われ、ハザとノアは視線をあちらこちらに動かす。
そして、しばらくして2人は良翔に同意する。
『本当ね…。確かに、若い夫婦も、年老いた夫婦も見受けられるのに…。家族であっても皆成人してる様に見えるわね…』
「ああ、確かに、良翔殿が言う通り、小さな子供の姿が見えんな…。しかし…、たまたま、外には出てないだけではないのか?」
良翔はハザの問いに頷く。
「ああ、もちろんハザの言う可能性も大いにあり得る」
『今が丁度、学校の様な時間とか?』
「ああ、そうかも知れない…。だが…、見えるのは民家風の建物ばかりで、それらしき建物も見当たらないしね…」
「やはり、上空からだけではなく、下に降りて、村の様子を直に見てみるしかないのではなかろうか」
良翔もノアも、ハザの話に頷く。
「ああ、そうだな、ハザ。一旦降りて、村に行ってみよう」
3人とも上空では、かなりの高さから、視力を強化して、地上を見ていた為、村の誰からも気付かれていない筈だ。
これは良翔の案で、先ずは遠くから村の様子を確認する事にしたのだ。
もし、村で何かを隠していれば、良翔達が訪れた時点で隠されてしまうだろう。
だが、良翔達の存在が気付かれぬほど遠くから一度観察した上で、気になる点が有れば、村を訪れようと言う事になったのだ。
結果、村の様子は、とりあえずは子供が見当たらないだけで、その他は眼を見張る様な怪しげな点は見受けられない。
3人はそのまま、地上に降り立つ。
そこで良翔は一つの案を出す。
その案は、良翔が姿を消し、あたかもノアとハザだけが、村を訪れたかの様に見せかけ、その間に良翔が村に潜入するというものだった。
良翔の話を聞き、ハザが疑問を口にする。
「良翔殿の案は理解したが…、姿を隠して、潜入する程まで、行う必要があるのだろうか…。たまたま子供の姿が見えなかっただけの可能性もあると良翔殿も言っておったではないか」
良翔はハザの疑問に答える。
「ハザの言う通り、たまたま子供が見えなかっただけかも知れない。だが、もし、調べた結果、あの村には子供が1人も居なかったら?」
良翔にそう言われ、ハザは考え込むが、少しして、お手上げと言った顔をする。
良翔はニコリと笑い、ハザに話を続ける。
「もし、調べた結果、子供が複数人見つかれば、特に問題ないと判断して、この村を去ろう。ただ、子供が見つからなかった場合…、この村には何かあると考えるべきだ」
良翔は言葉を切り、ハザの様子を伺う。
ハザは良翔の言葉に、疑問ながらも頷く。
「俺が気にしているのは、正に、その子供が見当たらないという事なんだ。想像してみてくれ。小さな村で有ればある程、子供の存在は重要になってくるのではないだろうか。つまり……、子供がいないということは、村の存亡に関わるということなんだ」
ハザはなるほど、と顔をする。
「例えば、必然的に潰れていく様な錆びれた村であれば、恐らく若い者は村の外へ出て行ってしまうだろう。自分達の子供を、この先苦労すると最初から分かっている場所で生活させたいと思うか?答えは簡単で、当然ノーとなる。もちろん、村への愛着から残る者も居るだろう。だが、それは全体の割合から考えれば少数だ。となれば、大半の若い者が出て行った村では、必然的に高齢の者ばかりになってしまう。だが…、あの村はどうだった?」
良翔の問いにノアが答える。
『若い夫婦も居たし、夫婦かどうかは分からないけど、比較的に若めの男女も見受けられたわ。決して高齢の者ばかりと言った印象ではないわね』
良翔はノアの答えに頷く。
「ああ、その通りだ。…という事は?」
良翔に答えを投げ掛けられ、ハザがそれに答える。
「村に未来を感じる若者が多く、残ろうとする意思がある。であれば、子供が居なくては不自然だ、という事か?」
「ああ、そういう事だ。若者の割合も多く、子供の1人や2人、赤子なども見れても不思議ではない筈だ。もちろん、ノアの言う通り、今はたまたま教育の時間などで、皆が屋内にいるという可能性もある。それに、もし、子供が1人も居なかったなら…、この村にはもっと悲壮感があるべきな気もするが、そんな気配も、何故だか微塵も感じない」
「ううむ、なるほど…。確かにそう言われると、あの村には不可解な所があるな…」
ハザは唸り、両腕を組んで考え込んでしまう。
良翔は笑い
「だから、潜入して村の様子を探ろうという事だ。もし、あの村が子供が居ないことを隠している様であれば、子供はどこに行った?と聞いても、ノアの言う通り、今は学業の時間で外にはいない、などと言われて、終わりさ。それを見せてくれ、と冒険者が言うのは不自然すぎるからな」
『なるほどね。なら、私達は適当に村の中を普通に歩いて、軽く食料調達に来たぐらいの感じで振舞って、村人の注意を私達に向ければ良いのね?しばらくしたら、村を出るって感じで良いのかしらね?』
良翔は、頷く。
「ああ、そんな感じで頼むよ、ノア。俺も一通り村の中を調べて特に何も無ければ、すぐに村を出る。集合場所はここで。こんな感じで良いかい、ハザ?」
ハザは頷き
「了解した。一つ確認だが、もし、村で怪しいところを見つけたら、良翔殿はどうするのだ?」
「とりあえずはどうもしないつもりだ。調べた結果をカシナさん達に伝えて、判断は任せるつもりだよ。だから、一度はここに戻ってくる。それに、居なくなった冒険者達と繋がるかは今のこの状況だけでは、あまり期待出来ないしな。決定的な何かがあるのなら、その時はまた別に考えるさ」
良翔の話に、ハザは頷く。
「じゃあ、行動開始だ」
良翔の合図にノアとハザは頷く。
3人は村へ向けて歩き出す。
良翔は魔素を操作し、良翔を包み込む様に纏う。
光の屈折率を操作し、良翔の姿が見えなくなる。
また、念の為、良翔の所持する魔力を隠す為に、魔力を遮断する力を付与した魔素を良翔の周りに展開する。
このステルス膜と魔力遮断膜は、先程咄嗟に思いついたものだが、それにしてはよく出来ているな、と自画自讃しながら、良翔は思う。
ハザからは、素晴らしい、と感嘆の声が漏れるが、ノアからは、それでお風呂を覗きに行かないでよ?と真剣に何故か注意されてしまった。
微塵も考えていなかったが、なるほど、そういうことにも使えてしまうのだな、と気付く。
この力については、あらぬ疑いをかけられる前に、他言するべきでは無いと強く思う良翔であった。
これで、潜入の準備は整った。
やがて、3人は村の入り口に付く。
村の周りには、簡易ではあるが、外部からの侵入を防ぐべく木製の壁が建てられており、入り口となる場所には、大きめな体の男が2人立っていた。
門番は、草原から2人の冒険者が歩いてくるのに気付き、2人が門の近くまで近付くと他の村人と同じ様にニコリと微笑み話し掛けてくる。
「この村に、冒険者が来るなんて珍しいな。どうしたんだ?残念ながら宿は無いぞ?」
それに対しノアは、ニコリと微笑み返し、門番に応える。
『ええ、大丈夫よ。タリスでこの村の事を知ってね。近くでクエスト依頼を行ってたものだから、寄ってみようって話になってね。何か土産になる様な物が買えればいいわ。村に入っても?』
すると、門番はよく見ていなければ気づけないほど、一瞬視線をチラリとハザに移し、すぐにノアに戻し、笑いながら応える。
「ああ、それなら構わんよ。だが、小さい村だからな、あまりウロウロされると皆が不信がるからな。土産になりそうなものは、このまま入って、真っ直ぐの通り沿いにあるよ」
『ええ、分かったわ。親切にありがとう』
ハザとノアはそのまま中に入り、真っ直ぐの通りを急ぐでもなく、進んで行く。
一方の良翔はノアと門番が話している間に、さっさと門の中へ堂々と入って行く。
後ろを振り返れば、ノアとハザも問題なく入れた様だ。
良翔は少し、駆け足気味に村の中を走り出す。