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それから暫くは気を取り直した、ノアに教えを請いながら、翼なしで空に浮く練習をした。
結論から言うと、確かにノアの言う通り、翼を生み出して空を飛ぶよりも、自分の体のみで空に浮かぶイメージの方が楽だった。
暫くは、空中で止まったり、急上昇したり、曲がったりと、空を飛ぶ事に慣れる為に時間を費やした。
一旦、練習を止め、少し遅めの昼食を取る。
芽衣の作った昼食を、二人で分け合い食べたている際に、ノアが話しかけてくる。
『お昼ご飯、半分もらっちゃってごめんね。それでね…、早速なんだけど、お昼ご飯を食べたらあの山の向こうに、そろそろ行ってみない?良翔は飲み込みも早いし、次の練習に移っても良いと思うの。もちろん不安なら、今日はこのままここで練習でもいいわ』
ノアは遠くの山を指差しながら、良翔に提案する。
「うん、良いね。少しこの景色にも飽きてきた所だしね。あんな遠くまで行けるかは少し不安だけど、行ってみよう」
良翔は即答する。
早く新しい事、新しい場所へ行ってみたい気持ちにかられるのだ。
「ところでさ、こっちの世界の時間って、俺が生活してた世界の時間と同じ感覚で良いのかな?」
良翔はふと思った疑問を口にする。
『ええ、その辺は良翔が住んでいた世界と全く同じと捉えて問題ないわ。多少の誤差はあるかも知れないけど、大した影響が出る程のものでは全くないはずよ。良翔の世界の時間が知りたければ携帯なんかで確認すれば良いはずよ』
成る程と思い、良翔は鞄から携帯を取り出し時刻を確認する。
時刻は14時を少し過ぎた頃だった。
無論、携帯は圏外の文字を画面端に表示している。
食事を終え、良翔はノアに断ったのち、少し距離を開け、タバコを吸おうと試みる。
タバコを口にくわえ、ライターを出そうとするが、見つからない。
飛ぶ練習をしている際に、いつのまにか、ライターを落としてしまったようだった。
少し、周りを眺めてみるが、とても見つかりそうにない。
残念に思ったが、タバコを諦め、箱に戻す。
そんな様子を見ていたノアが聞いてくる。
『火がないの?』
「あぁ。どうやら飛んでいるときに、落としてしまったみたいなんだ…」
少しがっかりした表情をしながらそう答えると、ノアが言う
『ちょうど良いじゃない。自分で火を作ったら良いんじゃない?』
「そっか…、成る程」
ノアにそう言われ、良翔は火をイメージする。
「強過ぎてもダメだ。人差し指の先に、タバコに火を付ける程度の火力で良いんだ」
そうブツブツ言いながら、良翔は右手を握り、人差し指を立てる。
その人差し指の上に、タバコを付けるための火のイメージを行う。
すると徐々に人差し指から、少しだけ隙間を空けて、ライターの様な火が現れた。
具現化は成功した様に見える。
しかし、火を出現させた指先に、熱は感じない。
左手を恐る恐る火に近づけてみる。
だが、結局出現した火に触れても、左手には熱を感じなかった。
不思議に思いながらも、左手で再度タバコを出し、口にくわえる。
そしてそのまま右手の人差し指の火にタバコを近づける。
すると、ちゃんとタバコに火がつき、口、肺へと煙を満たしていく。
「そうか…、タバコに火を付けるためにイメージした火だから、他には燃え移らないのか。それにしても、こんなことも出来るんだな…」
ノアは、良翔の指先に火が付くと、上手上手と手を叩いていた。
もちろん、ノアが手伝っている事を認識している。
先程、ノアには、良翔がこの世界にいる際は、常にイメージの補助を自動で出来ないか相談しておいたのだ。
ノアは快諾してくれた。
さらに付け加えて、良翔が実現を意識せずにイメージしたものに対しては、イメージ創世を行わない様にも調整してくれている。
イメージしたものを何でもかんでも、作り出されてはとても困る。
なので、良翔の意思に沿って、それをくみ取り、必要な時にのみ発動するようにしてくれたのだ。
なので、今回のライター代わりの火も、イメージ創成補助の機能が働いているのだ。
正直、非常に楽だ。
オマケにこちらも、先程ノアから、空を飛ぶ練習の最中に聞いた事だが、一度作り出したものは、次回から、再度出現させるのに、簡単なイメージをするだけで良くなるという事だ。
出現スピードも一瞬になる。
初めて、何かをイメージから作り出す時は、少し時間がかかる。
実現させる内容によって時間のバラツキはあるが、イメージ開始から、実際に出現するまでに多少の時間がかかるのだ。
それが、一度作り出してさえ仕舞えば、次回から思った瞬間に出てくるのだ。
オマケに初めて出現した時のものと、全く同じ機能、形状で再出現するのだ。
先程と同じ物を寸分違わず、イメージするのは非常に難しい。
イメージ創成機能には、一度作り出したものを記憶する、メモリー機能が備わっているらしい。
そして、それだけに収まらず、一度創成したものなら、イメージを付け足せば、改良されたものまで、一瞬で出現する。
なんて便利な機能なのだろう。
そんな事を考えながら、タバコを吸い終える良翔。
良翔がタバコを吸い終わるのを待って、ノアが教えてくれる。
『本当は次の場所で教えようかと思ってたんだけど、ちょうどいいから、教えておくわね』
「ん?イメージの新しい話かな?」
良翔は聞き返す。
『ええ、そうよ。今までは生み出し、操作をする練習を行ったわ。そして、次は効率UPよ♪』
ノアはニコと笑うと、そう言った。
「メモリー機能がある上に、更に効率が上がるのかい?」
ノアは良翔の疑問に応えるためか、体を向け直す。
少し間を空けて説明を始める。
『この世界にはね、良翔がいた世界とは違う物質が空気中に存在しているの。実はこれ、さっきも説明した魔力に関係している事なの』
「魔力や魔法があるって事は確かにさっき聞いたね。それが効率化に関係あるって事かな?」
良翔が聞き返す。
『ええ、その通りよ。この世界では、魔力を使う為に、大気中の魔素と呼ばれる物を使用して、あらゆる物質や力に変換しているの。その集めた魔素の量を魔力の大きさとして、その大小を練り上げて、魔法を使っているの』
「なるほど…」
『そして、イメージ具現化を効率的に行うポイントになるのが、既に存在しているもの、って事なの。つまり、何も素となるものがない状態で、一から何かを作り出したりするよりも、既に存在する物に働きかけて、それを利用してイメージの具現化を行う方が圧倒的に効率が良くなるの。例えるなら、良翔がさっき何もないところから作り出した翼を使って、宙に浮くよりも、元からある良翔の体に働きかけて、宙に浮く方が圧倒的に簡単だった筈よ?理屈はそれと同じ感じね』
「…わかる気がする。確かに翼ではなく、ノアに教えてもらった体だけを浮かせる方が簡単だったと思う」
そうね、と相槌を打ちながらノアが続ける。
『だから、結論を言うと、大気中にある魔素に働きかけて、変化させ、あらゆるイメージ物を作り出した方が楽なのよ。集める魔素の量によって、大きくなったり、小さくなったり、頑丈だったり、脆かったりと使い方は様々になるわ』
「なるほど…。話を聞いている限り、やっている事はイメージだけど、他から見たら、まさに魔法を使っている様に見える訳だね」
『そうね。良翔が、魔素を使ってイメージを具現化して何かを行えば、この世界の周囲の人は魔法を使ったとしか思わないでしょうね』
良翔は気持ちが高揚するのを感じる。
「うん、なんだかとっても良いね!まるで魔法使いになった気持ちになれそうだ。魔法なんて、憧れるよ!」
ノアはニコリと笑いながら応える。
『そう、それは良かったわ。なら…、話は早いわね。移動を開始する前に、さっきやった、空を飛ぶ事、火を出す事を、今度は魔素を使用してやってみましょ。それが出来たら、一つ新しい事を覚えてから、別の場所に移動しましょう』
「ああ、宜しく頼むよ」
『ええ、頑張りましょ』
二人で微笑み合い、練習を始める。
良翔は、大気中の中から、目には見えない何かを集めるイメージを浮かべる。
目に見えない、それが魔素かどうかなんて分からない。
だが、良翔の意思により集まるそれは魔素であると決めつける。
何せ、思い込むのが大事なのだ。
それが良翔の皮膚を通り、体全体に行き渡ると、体の表面に薄い透明な膜を張る。
薄い膜が、更に大気から魔素を集め、膜から良翔の意思が、集まった魔素に伝わると、良翔の体に力が働く。
その力が良翔に意思に沿って、体を徐々に浮かせる。
そこまでイメージして、良翔はそっと目を開ける。
足がイメージした通りに、大地から離れている。
浮かんでいる。
成功だ。
そのまま、良翔の体に触れている、大気の魔素に意思を伝え、良翔の進みたい方へと、力を働かせる。
良翔の体は徐々に高度を上げながら、良翔の意思に沿って、大きく弧を描きながら空へと上がっていく。
空へ上がっていく途中で、減速したり、加速したりなど試しながら、目標とする高さまで上る。
目標とする高さまで、昇った所で空中で静止する。
良翔の視界からは、遠くに見えていた山の向こうに、大きな湖があるのが見えた。