2-16
良翔は姿勢を改め、ハドに向き合い
「それで、その水魚男の顔は覚えているか?」
「ああ、覚えている。だが、どう伝えたらいい?確かにお前らの持っていた特徴的な情報と同じく、あえて言えば、顔の縦傷とフードをいつも被っているという事ぐらいだな。身長やら体格などは他の冒険者とあまり変わりないからな、何とも説明しづらいもんだ」
「安心してくれ、顔さえ思い浮かべられるならそれでいい。出来れば全身の出で立ちなどのイメージも思い出せるとありがたいんだが」
良翔にそう言われ、ハドは眉を眉間に寄せ、疑問の顔を向ける。
「ああ、全体像も細かくは無いが思い出せるな。だが、思い出せた所でどうしたらいいんだ?」
良翔は、ニコリとハドに笑いかけると、ノアに視線で促す。
ノアもニコリと笑い、頷く。
『それで充分よ。申し訳ないんだけど、裏紙をもう二枚貰えるかしら?』
ノアにそう言われ、ハドは疑問の顔をしたままだったが、ノアに再びその辺に貼ってあった紙を剥がして二枚手渡す。
『ありがと。そしたら、ハドさん、手をこちらに出してくれる?』
ハドは益々疑問になるらしく、渋々手をカウンターの上に出す。
『じゃあ、ちょっと失礼』
そうノアは言い、ハドの手に触れる。
ハドは一瞬戸惑うが、ノアが触れるだけだと分かり、じっとする。
『それじゃあ、ハドさん。目を閉じて、もう一度、その水魚男の顔と全身をユックリ思い出してくれる?』
「お、おう」
ハドは少し戸惑いながら、頬を少し赤らめつつ目を瞑る。
暫く瞑っているとノアの空いている片方の手がペンを持ち、紙の上で動き出す。
カサカサと紙の上に走るペンは、みるみる男の顔を描き出していく。
男の顔を描き終えた途端に2枚目に入り、今度は全身の正面の姿を描き出していく。
そして、2枚目が描き終わり、ノアがペンを止める。
『はい、ハドさんご苦労様。もう、目を開けても大丈夫よ。こんなにハッキリ覚えててくれて助かったわ。どう?イメージと大きく違わない?』
そう言いながら、ノアはハドの手から離し、代わりに紙を二枚ハドに手渡す。
「あ、ああ。もういいのか?」
そう言いながら、ハドは目を開け、ノアから用紙を受け取り、そして、愕然とする。
「な……、なんで……」
驚きながら、ノアに顔を上げ戻すと、説明を求める。
「俺が思い出した通りの絵が、まるでそのまま切り出したみたいに精巧に描かれてるじゃねえか……。嬢ちゃん、こりゃあ、いったいどうやったんだ…?」
ノアはふふ、と笑いハドに笑いかけると分かるように説明を始める。
『私はね、魔法使いなの。あなたの魔力と私の魔力を繋げて、イメージを伝えてもらったのよ。そこから、私の魔法である転写魔法で紙に写したって訳。もちろん、その転写も魔法によって自動でね。騙したみたいで、御免なさいね。私が絵を描くのが得意なのではなく、能力のお陰なの』
どうやらハドはノアの説明に納得したようで、表情を崩すと
「そうか。そんな凄い魔法があるんだな。お前さん、そんな便利な魔法を使えるって事はかなりの腕前なんだろう」
そう言われ、ノアは首を振り
『残念ながらそうでは無いわ。私達はまだまだ駆け出しの冒険者よ。冒険者登録も、つい数日前にしたばかりだしね。期待に添えなくて御免なさいね』
またしても、ノアの発言に目を見開くハド。
「そうなのか……。とてもそんな風には見えんがな……。まぁ、この絵の完成度は間違いない出来だ。俺は長くこの酒場で色んな奴に会って、色んな技や魔法を見てきたが、お前さんみたいな魔法を見たのは初めてだ」
『そう、それは光栄だわ♪』
「助かったよ、ハドさん。そして………、もう飲んでも良いぞ、ハザ」
ジョッキの前で、待て、を命じられた犬の様に、ヨダレこそ垂らしていないものの、ジョッキを一心に見つめたまま、両膝に手を乗せて、待ち続けていたハザは、良翔の許可と同時に一息でジョッキを飲み干す。
それは一瞬の事で、瞬きした瞬間にジョッキの中身がなくなっているかの如くだった。
「そんなに飲みたかったのか…。もう一杯飲むか?」
そう言われ、良いのか?という顔を良翔に向けてくるハザを見て、良翔は思わず苦笑いをする。
きっと、先程までのやりとりなども聞いていなかったのだろうなとは思うが、まぁ、初めての人の世界での生活を満喫しているのだ。
ここでとやかく言うのも無粋に思えたので、そのままにする事にする。
「ハドさんもう一杯頼めるか?」
ハドはニヤリと笑う。
「ああ、もちろんだ」
良翔は受け取りの際に、ビール代と追加で金貨を一枚そっとカウンターに置く。
「これは情報料だ。収めてくれ」
すると、ハドは驚いた顔をするが、再びニヤリと笑うと
「お前は冒険者見習いにしては、よく分かってんだな。ありがたくこれは収めさせてもらう。それなら、これはサービスだ」
そう言い、ジョッキをもう二杯ノアと良翔の前に置く。
『あら、あなたも冒険者の扱いをよく分かってるわね♪』
そう言い、ノアは遠慮なくビールのお代わりに口を運ぶ。
良翔もニコリと笑い、遠慮なく追加のビールに口を運ぶ。
あいかわらず、ハドは一気に飲もうとするので、良翔はハドに少しずつ味わって飲むよう伝える。
「酔う為に飲む人もいるが、酔うまでの過程を楽しむ事も大事だよ、ハザ。ユックリ飲んで、他の人の話に耳を傾けたりしてごらん。きっともっと楽しい酒の時間になるはずだからな」
「そうか。そういう飲み方もあるのだな。なるべくユックリ飲んでみることにする」
良翔は頷き、自分もビールを飲む。
ノアもニコリと笑い、頷いてからビールを飲む。
ハザも良翔とノアに見習って同じ様に飲む。
「ふむ……。こういう飲み方は……。喉にシッカリとこの飲み物の刺激が残り、胃にビールというものが落ちていくのがよく分かるな。これはこれで、美味いな……」
するとハドがニヤリと笑う。
「凄い冒険者なんだろうが…、酒はまだまだ見習いみたいだな」
「……精進する」
ハザがそう返事をすると、皆クスリと笑う。
その後も、常連客らしき人物達に、似顔絵の男について聞いてみたが、先程以上の有力な情報は得られなかった。
良翔とノアとハザはハドとミナにお礼を言い、酒場を後にする。
『似顔絵以上の情報は手に入らなかったけど、人相が分かっただけでも良しとしましょう』
「ああ、そうだね。ところで……、ハザ………、お前……」
「み、皆まで言わずとも分かっている。済まなかった。つい……、人の生活に熱中しすぎてしまった」
「分かっているならいいけどさ……」
3人はそう話しながら、噴水のある、タリスの憩い場である広場に向かう。
「この似顔絵を見せて、反応を見よう。ここで特に目ぼしい情報が手に入らなければ、後は手当たり次第って感じになるな…」
ノアは少し考え込み、口を開く。
『もう一箇所、あるかもしれないわ、良翔』
「ん?どこだい?」
ノアは少し疑問気味ではあるが、応える。
『柳亭よ……。正直有力な情報が得られるかは分からないけど……』
そうノアに言われ、良翔は考える。
「いや、あながち外れてないかもな。例の男は少なからず、人に扮して紛れ込もうとしていた。当然この街に滞在するには、宿に泊まらなければあやしまれる。だが、不要な詮索はされたくない。となると、そういったサービスを確実に行ってくれるのは柳亭のみと絞れる。最後にクドラさんに聞いてみよう」
ノアに似顔絵を広場に向かう道中に買った紙に複写してもらう。
3人は広場に着くと、それぞれに似顔絵を持ち、聞き込みを行う。
しかし、良翔が予想していた通り、結局は有力な情報は得られなかった。
「やはり、残すは柳亭だな…」
3人が集まったところで、良翔は2人にそう話しかける。
『そうね、良翔。ところで例の亀はいつ迎えにいくの?あと、南の村にも行くんでしょ?もし、そこで冒険者達を見つけたら、どうするの?』
ノアは、良翔に疑問をぶつける。
「そうなんだよな。アダマンタートルを迎えに行くのと、南の村に行くのは同じタイミングが良いとは思っていたんだが、問題はいつ行くかだな。ノアの言う通り、もし、いなくなった冒険者達が、その村にいる様なら、出て行った理由を聞いて、出来れば、タリスの街に戻る様に促さなくてはならないね」
すると、ハザが口を挟む。
「では、タリスの街を出立する前に済ませてしまった方が良いかもしれんな。出て行ったばかりなのに、場合によってはまた戻ってこなくてはならないからな」
良翔は頷き
「そうだな。ハザの言う通りだ。では、一旦聞き込みを中断して、これからアダマンタートルを迎えに行こう。その後、南の村ハタットへ様子を見に行こう。最後に宿でクドラさんに話を聞いてからどこに行くか結論を出して、カシナさん達に挨拶して街を出よう」
3人は頷く。
3人は一度城下町を出、ゲートで移動する事にする。
城下町の外へ向かう最中、ハザが良翔に質問する。
「不思議だったのだが、何故一度城下町を出てから、移動するのだ?良翔殿の魔法は街では使えないのか?」
良翔は、ハザにニコリと笑い
「半分正解で半分間違いだな」
ハザが疑問符を顔に浮かべる。
「俺の魔法はいつでもどこでも使える。当然街の中でもな。だが、街の中では使うべきじゃないと思っている。自分達は異端の力を持っていて、ゲートで移動出来ます、なんて教える様なやり方はあまり賢いとは思えないからね。必要な時以外は、あくまで自分達は他の冒険者達と同じ様に振る舞った方がいい。つまり、街では使えない、って事だ」
「成る程……。確かに我々も良翔殿達の力を目の当たりにした時は非常に驚いた。とてもそんな凄い能力を持っていたとは思えない様な振る舞いだったからな。確かに、有事の際にも一利あるかも知れんな。特に今回の様に、私が言うのも何だが、敵が中で監視しているやも知れぬ状況で、特異な力を見せる事は、返って目立ってしまうからな」
良翔はハザの話に頷く。
「そう言う事だ、ハザ」
そうこう会話するうちに、街の東の森の中に着く。
「さぁ、着いた。この辺なら、特に誰も見ていないし、怪しまれずに済む。早速移動しよう」
良翔はそう言うと、ゲートを作り出す。
「何度見ても、不思議な光だ……」
そうぼやく、ハザを横目に、ノアがクスリと笑いながらゲートを通り、姿を消して行く。
「これから、嫌でも何度も目にするさ」
そう良翔は言い、ハザを促す。
ハザも頷き、ゲートを通過する。
ハザに続き、良翔もゲートを通過し、ゲートは姿を消す。