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「この世界は創造神マキトによって作られたと言われている。創造神マキトは、天界での生活に飽き、静かな自分の庭を求め、この地を生み出したとされる。この世界を作り出した際に、大地や海を作り出しただけでなく、あらゆる自然の摂理や魔力の源である魔素を創造したと言われている。その様は、手を一つ振れば、大地が裂けて河が出来、足を一つ踏めば、山々が連なり生まれ、息を一吹きすれば、あらゆる生物が生まれたという。そうしてこの世界が作られた後に、創造神マキトはこの世界を大変気に入り、オルタスと名付けたという事だ。それがこの世界の始まりとされる」
カシナは言葉を一度切り、良翔に視線を向ける。
良翔も頷き、話の先を促す。
「その後、長い年月が流れ、オルタスには多種多様な生き物が存在するようになった。やがて、その中でも群を抜いて大きく繁栄する種族が出て来た。神龍メーダが率いる、ドラゴン族の大国だ。彼らはその強大な力で縦横無尽に駆け巡り、気に入らぬもの、欲しいものがあれば、侵略し、奪い、破壊し、全てを思いのままにしたのだ。その結果、その強大な力によって、世界の様相は大きく変わってしまった。かつて美しかった緑は焼けただれ、水は濁り、空は炎で赤く染まってしまったという。それを目にした創造神マキトは悲しみ、哀れな者達を一掃し、世界を浄化する事を決め、オルタスに自分の分身となる者を送り込んだ。そして、その使者は創造神マキトより授けられた力により、諸悪の根源たる神龍メーダ率いる大国を滅ぼし、たちまちに全てを元通りにしたとされている。またドラゴン達もその大半を失い、使者が存在を許した者達にも、自然の加護無くしては存在を許さぬ体に変えてしまったとされる。故に、血筋に当たるアースワイバーン達もそれは同じく引き継がれ、今もこうして自然への信仰を持ち続けている」
カシナは話を終え、良翔を見る。
そして、ユックリと口を開く。
「この物語は、この世界に住むものなら誰もが知っている程の話だ。そして、問題なのは………」
良翔は、カシナの話を聞き、なんとなく先ほど口にしたキーワードの重要さを感じる。
「……俺の職業か…」
良翔は呟き、カシナに視線を戻す。
カシナは表情を変えずに、良翔に応える。
「ああ、その通りだ。神と同じ能力を持つとされる職業を持つ者が、我々の前に現れた。それはつまり、この世界で全ての生き物を巻き込んだ、異常事態が起きている、もしくはこれから起きようとしている、という意味になる。そして、更に厄介なのは…」
カシナが言葉を切った為、良翔は気になり先を促す。
「厄介なのは……?」
カシナは良翔に真剣な眼差しを向け、口を開く。
「創造神の使者は………、決して、我々の味方だとは言いきれぬ事だ。先程も話した通り、使者の目的は、創造神マキトが望んだ世界に、この世界を作り直す事だ。つまり、浄化だ。そこに我々の存在が許されるかどうかは創造神マキトの望んだ世界がどうであるかによる。望まれた世界が我々を悪と判断するものならば、我々は浄化の対象となり、存在する事を許されないだろう……」
良翔は、カシナからその言葉を聞き、心が落ちていくのを感じる。
そして、苦笑いをしながら
「つまり、創造神という職業の俺は、カシナさんやバンダン達の敵となりうる存在である、という事か…」
と自嘲気味に呟く。
良翔の中では、たった数日の間でしか彼らと接しては居ないが、間違いなく、彼等は仲間だと、疑いもなく思えていた。
そして、それは周りの様子からしても、疑うべき要素はどこにも無かった。
だが、良翔のその凄まじいまでの力は、味方であるうちはとても頼もしい。
しかし、一度こちらに向けられる可能性が有ると分かれば、その力はこの上なく危険だ。
その考えが頭に一度でも入り込めば、良翔がどれだけ彼等に親切に接しても、いつか裏切られるかもしれない、という思いから彼等が心から良翔を許す事は無いだろう。
良翔はそう思われてしまっても仕方ないと思い、表情を曇らせる。
暫しの沈黙の後、バンダンが口を開く。
「良翔…、確かにお前の職業は、創造神、なのか?間違いは無いのか?」
良翔はバンダンの真剣な表情に頷き返す。
「ああ、間違い無いよ」
それを聞いたバンダンは頷き、そして、大声で笑いだした。
良翔は何事かと驚き、バンダンを見やる。
「グワハハハハハ!!お前の力の秘密がやっと分かったぜ、良翔!凄い奴だとは思っていたが、まさかそこまでとはな!!お前って奴は最高だぜ!!まさか、俺が生きてる内に、おとぎ話の存在に会えるなんてよ!!自分の幸運にここまで感謝した事はないぜ!!」
「な、…バンダンは、俺が危うい存在だとは思わないの……か?」
すると、バンダンはニヤリと笑い
「思わないねぇ。カシナはああ言ったが、心の中ではそうは捉えてないさ。お前が神の使いってんなら、今お前がこうしてアースワイバーン達、おっと、今は大地の守護者だったな、コイツらと俺達の共生を望んだんだ。それはつまり神の意志ってやつだ。そして、それを俺達も望んでいる。俺達はちゃんと神の意志に沿ってるって事だ。だから、何も心配する必要はない。俺達が他者を省みず自分達だけの世界を作ろうとしたら、そうは行かなかっただろうな。それに、良翔、お前も反対しただろう。な?カシナ?」
良翔はバンダンの話に、目が点になる。
話を振られたカシナにそのまま視線を向ける。
「ああ、バンダンの言う通りだ良翔。私が話したのはあくまで世間一般での話だ。だが、我々は結果としてお前の意志に沿って選択が出来ている。ならば、これ程心強い事はない。私が言いたいのはお前はこれから、ただの冒険者では済まないと言う事だ。多くの者の動向を見、判断し、進んで行かなくてはならない。時と場合を見て、自分の職業、自分の立場を強く意識しなくてはならない。今みたいに、ついでのような感覚では、大問題[・・・]だと言う事だ」
そう言い、ニヤリと笑う。
良翔はこの時ほど心から安堵した事は無い。
はぁぁぁ、と大きな溜息をついた。
それを見た、バンダン達は大笑いする。
その間、相変わらず、アースワイバーン達は伏せたままだったが。
「そうか…、なら良かった。俺はてっきり……。まぁ、結果オーライならそれで良いさ」
良翔はそう言い、ノアに振り返る。
元はと言えば、ノアが振った話題からこんな話になったのだ。
ところがノアの様子は悪びれる感じもなく、良かったね、とニコリと笑っている。
良翔はなんだか腑に落ちない気がして、ノアにも聞く。
「ノアはこうなる事を想像してさっきの話を振ったのかい?」
『もちろん♪大体、良翔が危ない存在だなんて思われる訳ないわ』
良翔は軽く溜息を吐いて、続ける。
「どちらかと言うと、危ない存在だと思われる訳ない、という思い込みの方が明らかに強かっただろう?全く、ノアの無茶振りには、冷や汗かいたよ。ノアの職業も創造神なんだし、これで上手く話がまとまらなかったら、俺だけでなく、ノアだってどうなってたか分からなかったんだぞ?」
そう、良翔が言うと、ノアはニヤリと笑って
『心配させたのはごめんね?でも、結果として、私が言った通り、危険な奴だなんて、結論にならなかったじゃない?だから、私の読み通りよ♪何も問題なし♪』
「全く……」
良翔は呆れたが、これ以上追求する気にはなれなかった。
ふと、静かな周りが気になり、良翔は顔を周りに向けると、バンダンがまたしても、口を大きく開いて、ワナワナ震えている。
カシナとニーナもバンダンと同じ様に、口をあけ放ち、閉じれずにいる。
「え……、今度はどうしたんだ……?」
すると、ノアが呆れた様に応える。
『大方、創造神なんて職業持ちが、良翔だけに限らず、私もそうだったって事に驚いてるんじゃないかしら?創造神!?なんて、反応してたんだからね、2人もいっぺんに現れたら、そりゃあ驚くんじゃないかしら?』
「ああ、なるほど。なら、大した問題じゃなさそうだね」
『ええ、そうね♪』
「お前ら…、何2人で何事もない様に話をまとめてやがる……」
バンダンが口を開けたまま、パクパクと呟く様にそう言うと
「大問題だぁぁぁ!!」
とカシナの叫び声が、森の中にこだましたのだった。
そしてアースワイバーン達は、もはや言うまでもなく、より一層に、地面が少し凹むほどに大地に額を擦り付けている。