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コツコツ
部屋をノックすると、中からニーナの声が聞こえる。
「開いております。どうぞお入り下さい」
良翔は声に従い、静かにドアを開ける。
中へ入ると、ソファーの上に、アースワイバーンの姫が安らかな寝顔で横たわっていた。
ニーナは入室して来たのが良翔だと知り、姫の横から立ち上がり、歩み寄って来た。
「お姫様の様子はどうなんだい?」
「大地の守護者の姫君は、先程治療をおえ、眠りについたところです。ひどく疲弊しておりましたが、命に別状は無いかと」
「そうか、ニーナさんご苦労様。助かったよ」
ニーナは良翔に言われ、首を左右に振る。
「いえ、私はほとんどかすり傷の治療をした程度でして、姫君は終始、良翔様の事を気にされてました。あそこで救い出されていなければこの様な状態でなかった事やそこまで精神的にも肉体的にも追い詰められていたと。そして、助け出された際に良翔様に危害を加えてしまった事を非常に気にされていらっしゃいました」
ああ、と良翔は姫を助ける際に噛まれた手の事を思い出す。
「危害と言っても腕を噛まれた程度だからな、今まで忘れていたくらいだよ」
そう言い、袖をまくり何も跡が残っていない事をニーナに見せる。
「そうですか。それなら姫君も少しは安心されるでしょう」
良翔は頷き、再び姫の寝顔に視線を向ける。
傷はニーナが治療してくれたお陰で、スッカリ綺麗になくなり、長い苦しみから解放された様に安からに眠っている。
ふと、ニーナが口を開く。
「良翔様に、お伺いしても宜しいでしょうか」
ん?と良翔はニーナに顔を向ける。
「良翔様は今回の四島を操っていた男の件をどの様にお考えでしょうか」
ニーナにそう言われ、良翔は少し、考えてから口を開く。
「正直、全て憶測だから、あまり当てにしないで欲しいのだが、今回のこの男は、少なくとも、四島が転生者である事を知っていた上で、この様な話をしたと見ている。その前の裏クエスト擬きも、四島の転生者としての能力を測っていたんだろう。その結果、なんの目的があって、この様なやり方を教えたのかは不明だが、四島にタリスを落とす様伝えたんじゃないかと考えている。つまり目的はタリスをあの様な形で支配する事を望んでいたと考えるのが自然だと思う。まぁ、結果は失敗に終わったけどね。そして、気になるのが、冒険者達がこの街から大量に出て行ってしまっている事だ。この街に冒険者を置いておきたくなかった理由があるんだろう。その理由が少しでも分かれば、その男の狙いの一旦が垣間見えるんじゃ無いかと思っている」
「冒険者が少なくなる事で、得られるメリット…、ですか…」
ニーナも考える。
「そうだな…、例えばタリスの街の戦闘出来る人員が減るとか、クエストをこなせる処理能力が落ちるとか、かな?」
良翔が付け加えてそう言うと、ニーナはそこから想像しうる事を口にする。
「戦闘出来る人員が少なくなれば、タリスを武力で落としやすくなる。クエストをこなセル量が減れば…、多くの問題が蓄積していき、同時にタリスの街に不安や不満が多くなっていく…」
良翔は頷き、話を続ける。
「そう、そこが個人的には気になっている所なんだ。タリスを武力で落としたければ、アースワイバーン達500匹で攻めて仕舞えば話はもっと早かった筈なんだ。だけどそうはしなかった。つまり相手はタリスを落とす事を目的としていなかったって事になる。では、何が目的なのか。このままその男の目論見通りに事が運んでいた場合、タリスはどうなっていたのか。四島によるアースワイバーン達を使った支配。冒険者の減少による、街の治安の悪化。未回収クエストの増加。それらに共通するのが、住民達によるタリスへの不信、不満といった感情が生まれやすいという事ではなかろうか、ということなんだ」
ニーナは良翔の話を聞き、目を見開く。
「たしかに、相手の目的が、良翔様が仰った通りなら、今回の行動を四島に長期間かけて行わせた事にも説明がつきます。そうなると、相手の目的は、多くのタリスの住民に負の感情を、タリスの街自身に抱かせる事が目的だったと言えますね。つまりその負の感情がタリスに蔓延する事で、相手が成し得たかった事が実現出来る、もしくは実現する為のキッカケに成り得たという事になりますね」
良翔は再び頷く。
「ああ、その通りさ。だが、問題はそれを成し得る事で一体何が出来るようになるのかが分からないんだ。ニーナさんは何か思い当たる節はないのかい?」
ニーナは少し考えるが、首を左右に振る。
「いえ、残念ながら私にも検討がつきません…」
「ま、そうだよね…。それにこれはあくまで想像だからね。他に目的がある事も十分に考えられるし、今はそいつの足取りを追うのが一番手っ取り早いとは思うよ」
ニーナも頷き
「そうしますと、西ですね…」
「ああ、そうなるね…」
良翔は再びニーナから視線を眠っている姫に移し、考える。
「この世界で俺が望んだ事は、別に英雄とかになりたい訳じゃない。だが…、こんな子を平気で目の前で生み出されるのを、見て見ぬ振りをする程、年老いてはいない……」
良翔は密かに決断する。