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騒がしい音が聞こえ、意識を戻される。
ユックリと目を開け、ボンヤリ壁に掛けられた時計を見る。
いつもより少し遅い時間だ。
サッサと起きなくてはいけない。
自分にそう言い聞かせ、ベッドからのそりと起き上がる。
眠気のせいか、少しフラつく足元を注意深く見ながらキッチンへ向かう。
キッチンへ着くと換気扇を付け、タバコに火を付ける。
窓から差す朝の日差しが、飲み物から上がる湯気と混ざり、揺らめいている。
口から吐き出されたタバコの煙とその揺らめきが薄く混ざり、段々と薄く消えていく。
そんな景色をボンヤリ眺める。
「また、今日が始まるな…」
タバコを吸い終え、気だるい気持ちに鞭打って、ようやく毎日のルーティーンである身支度を始める。
「昨日の夕飯は美味かったな…」
身支度をしながら、昨晩の夕飯を思い出す。
子供の世話をしながら、忙しく作る嫁(芽衣[メイ])の夕飯だ。
笑顔が多く、いつもテキパキ働く、我が家の司令塔には感謝しきりだ。
だが、そんな芽衣が作る、決して不味いわけではない(むしろ美味い)夕飯は、長い時間と共に新鮮味を欠いた食べ慣れたいつもの味という認識になっていた。
そんないつもの夕飯の筈が、ひょんな事から手に入れた粉によって、翌日にその味を思い出すに至る程の印象を残していた。
「今日は不思議といつもより美味しいね!」などと2人で驚きながらも、ニコニコ食べていたのを思い出す。
顔を洗い、歯を磨き、服を着替える。
身支度を終える頃には気怠かった気分もスッカリ晴れていた。
自宅を出る迄の残り少ない時間をタバコとコーヒーで過ごす。
「良翔〔ヨシト〕シャツ出てるよ〜」
名前を呼ばれ、振り向くと、まったく、といった顔ではみ出したシャツを指差しながら芽衣が近づいて来た。
どうやら、朝の怒涛の子供達の送り出しを済ませて来たようだ。
「あぁ、本当だ」
飲みかけのコーヒーを飲み干す。
シャツを直すついでに立ち上がり、その足で玄関に向けて歩きながら笑顔を向けて芽衣に言う。
「じゃぁ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい!今日は帰りが早いと良いね♪」
同じく笑顔で芽衣が答える。
「あぁ。努力するよ」
良翔はそう返しながら、いつもの徒歩15分程の駅への道を歩き出す。
芽衣に見送られながら、駅へ向けて歩き出す。
いつもの見慣れた風景を眺めながら、黙々と歩く。
そしてまたも思い出す。
「また、今日が始まるのか…」
今年で35歳になり、自分で言うのもなんだが、世間的にも恵まれた環境だと言えるだろう。
良き妻があり、子供にも恵まれた。
念願のローン付きマイホームもある。
自分の欲求に従い、ここまでは順調に来た。
後はそれなりにやり甲斐のある仕事で金を稼ぐだけだ。
だが、現実はそんなに上手くはいかない。
良翔には大きくのし掛かる問題があった。
仕事だ。
良翔は最近転職したばかりだった。
知人から、似たような職種で、より大きく羽ばたける場所で働かないかと声を掛けられたのだ。
マンネリ化してきていた前職に比べて、それはとても甘美な響きに聞こえた。
良翔は意を決して数年働いた職場を去り、紹介された職場へと転職したのだ。
転職当初は思い切りやろう、全力でやろう、と息巻いて挑んだ職場だったが、事あるごとに、空気を読め、周りと同調しろ、と求められる環境に、次第に気持ちを削がれ、いつしか浮き始めてしまっていたのだった。
あまつさえ、陰口を叩かれる様になってしまっていた。
これまでの1年半の間に、その雰囲気を嫌という程感じ取った良翔は、段々と口数を減らしていき、いつしか、大嫌いな職場へと思いが変化していったのだった。
どうして、真剣に何かを変えて行こうとする時に、多勢の当たり前を飲まなければいけないのか、良翔には理解出来なかった。
本文をお読み頂きありがとう御座います!
初めまして。縞熊模様です。
拙い文章で、所々ご不満な内容に思える場所等あるかも知れませんが、暖かい目で見守って頂けますと幸いです。
これからなるべく継続して、投稿してまいりますので、是非よろしくお願いしますm(_ _)m