フラれて安心する私は、多分とても恐ろしくズルい
フワッと設定です。魔法の言葉、『これはファンタジー』を三回唱えてからお読みください。
終わりの竜の番は人間だった。寿命も種族も言葉も違うお二方はそれでも仲睦まじく、どーにかこーにか子を成した。その子は竜と人の姿を持ち、竜と人、どちらでもなくどちらでもあることから竜人と呼ばれた。それが私達、竜人の始まり。
「で、その話を聞かされて俺にどうしろと?」
「えっとつまり、竜人の番が人間ということは、そう珍しいことでもないんだよ!ちょっと我慢がきかずに会って速攻拐っちゃうだけで!」
「それ誘拐。犯罪だから」
「いやだからつまり……伴侶として番ってください!」
「嫌だ。諦めろ」
これで通算46敗を決めた竜人である私、ユーリカルディアは、かなり理性的な竜人であると思う。出会って我慢がきかずに速攻で拐う竜人が殆んどだという中、46回フラれながらも人間の流儀に従い口説きまくっているのだから、この忍耐力をちょっと誰か誉めてほしい。
顔も性格も頭も武力も竜人の中では最高の部類であると自負している私を46回もフッてくれたこの男は、アーシュカ・ミューラー。町で出会ってすぐに番ってほしいと公衆の面前で土下座した私を引き笑いで一刀両断した、私の伴侶である。
アーシュカは人間では珍しい双黒を持つ男だ。黒い髪に黒い瞳。竜人の黒竜種が双黒だが、人間はせいぜい単黒が国に3人いるくらいだと聞いている。
ちなみに私は白髪金眼の白竜種。飛行や治癒(その他)などが得意だ。
「うぅ……アーシュカ、それで今日は何の知識をお求めかな?」
「そうだな……、この世界の成り立ちや、神について教えてくれよ」
アーシュカは何も知らない男だった。出会ってからずっと口説き続ける私にうざいと言い放ち、1日1回口説かれる代わりにいろいろ教えろと約束させられた。それからは朝会ってすぐに口説きフラれ、何かを教えるという流れになっている。
「この世界の成り立ちね…、古くから伝わる伝説でいいかな」
「あぁ」
全ての始まりの神がいた。神は始まりしか創れずこの世界に終わりはなかった。増やすことしかできず減ることのない世界は、すぐに神の手に負えなくなった。神は終わりの始まり、竜と人を創った。竜には知能と力を与え、人には知能と知識、団結力を与えた。
竜と人は神から終わりと始まりの宝珠をそれぞれ賜り、神に代わってこの世界を管理し始めた。竜は空から、人は地上から終わりと始まりを注いだ。世界は安定し、安寧を迎えた。
「竜人の始まりの話で終わりの竜って言ったよな。竜はなんで終わったんだ?」
「簡単なことだよ。数が増えなかったんだ。竜は竜人よりも番を求める本能が強くてね、他で妥協できないから子孫を残せない竜が多かったんだ。…まぁこれが世界の成り立ちかな」
「ふーん……。なんかよくわかんねぇ」
「謎な部分が多いんだ。ごめんね」
「いいけどさ。じゃあ神は始まりの神だけか」
「うーん…、神という神は始まりの神だけかな。ただ滅んだ竜も私達竜人の中では神様みたいなものなんだよね」
「へぇ、ありがと。勉強になった。じゃ、また明日」
「うん、また明日」
アーシュカは私と話すと、すぐに宿の部屋に籠もってあまり出てこなくなる。
私はアーシュカと別れてすぐに国の屋敷の自室に転移した。すぐに中から鍵を掛けてようやく、私は安心したのか力が抜けその場に座り込んだ。
今日も、フラれた。
良かった。アーシュカはまだ私が知っていることに気づいてない。じゃなきゃあんなフリかたしない。
アーシュカは、いや、三浦飛鳥は異界人だ。始まりの神が自分が始まりではないものがみたいと連れてきた、何も知らない普通の人間だ。
私はユーリカルディア。竜人原初の七柱が一柱、白竜のユーリカルディア。竜に仕える一族の長。竜に最も近しいモノ。
始まりの神に仕える竜。竜に仕える私達白竜の一族。つまり始まりの神は私達にとって神様の神様。
我らが神、終わりの竜である父に告げられ、彼の手助けをしに人間の国に降りてきた。彼にこの世界の知識を与え、どう生きるかを見たいとおっしゃる始まりの神。知識を与える役は私だ。私はただ、何も知らない彼を哀れだとしか思わなかった。飛鳥に実際に会うまでは。
一目で分かった。私の番。私の伴侶。私の、モノ。えもいわれぬかぐわしい香り。甘い訳でもないのに脳を溶かすようなその香りに、魂ごと精神を溶かされる。衝動で襲いそうになるのを理性で押さえ込み、彼に近寄った。
断言できる。この時私は冷静ではなかった。彼が番だと気づいた時点で国へ帰り、役目を代わってもらい牢に籠るべきだった。竜に最も近しい私が、番である彼を哀れだと思うだけで済むわけがない。我が事のように悲しみ、我が事のように苦しみ、我が事のように怒るだろうと簡単に想像がつく。我らが神である父、その父が崇拝する始まりの神に逆らってまで、彼の望みを叶え、元の世界に戻さなければという衝動に駆られる。彼がこちらに来たからこそ私は番に出会えたというのに。
感情の共有。竜に最も近しい私は、それでも竜ではないから上手く制御できない。彼の望みは我が望み。彼の悲哀は我が悲哀。彼の苦痛は我が苦痛。彼の怒りは我が怒り。
神を尊ぶ私の精神に、神を呪い恨む彼の感情が流れ込む。彼がこちらに来てくれて良かったと思う気持ちに、来たくなかったという彼の嘆きが重なる。ずっと一緒にいたいという願いが、早く帰りたい。夢なら覚めろという彼の願いを苦しめる。苦しめられる。
あぁ、神よ。何故彼を呼んだのですか。何故彼だったのですか。
わかってる。始まりの神が彼を呼ばなければ、私に彼と出会う手段はない。竜人は万能に最も近しい。だがそれは始まりの神の加護があるこの世界でだけのこと。他の神が管理する世界で彼の神の加護はほぼ意味を成さず、その世界の神が絶対である。だから界渡りなど双方の神が了承し、協力しなければ不可能。
だけど姿を見なければ、声を聞かなければ、匂いを嗅がなければ、体温に触れなければ。…彼に、飛鳥に、出会わなければ。こんなに苦しくなかっただろう。こんなに醜くならなかっただろう。こんなに切なく、ならなかっただろう。
私の、私だけの番。私の半身。貴方は自分の半身がこの世界のどこにも感じられない恐怖を決して理解出来ないだろう。だから私は嬉しいのだ。どんなに貴方に同調し嘆き哀しんでも、私の中の私は狂おしいほどに喜んでいる。
私は彼にフラれて安心している。彼に受け入れられれば、私は罪悪感と狂おしいほどの喜びに殺され、きっと彼も傷つける。
逆に彼に全て知られたなら、フラれるだけじゃすまされない。憎まれるだけじゃすまされない。嫌悪されるだけじゃすまされない。拒絶され、視界にも入れてもらえず、声も聞かせてもらえず、匂いや体温に触れさせてもらえずに、私から彼を全て取り上げられるだろう。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!彼を、飛鳥を見ずにはいられない。飛鳥に触れずにいられない。飛鳥と出会わなかった頃には戻れない。そうなったら私は壊れ、飛鳥を壊すだろう。
ズルいってわかってる。でも、まだ気づかれてない。受け入れられてない。そうとわかると安心するんだ。
だから私は毎日毎日、口説いて告白して確認する。気づいてないか、受け入れられてないか。
フラれて安心する私は、多分とても恐ろしくズルい