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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
93/95

ベアトリーチェ Ⅰ

 狙撃を終えたベアトリーチェは、硝煙の香り立つライフルを抱えて森の中を走って移動していた。森林迷彩のマントを羽織り、フードを被り、プラチナブロンドの髪と宝石のようなアイスグレーの眼を隠す。悪目立ちするお人形のような容姿は、スナイパーにとっては命に関わる。

 目立ちたくない。

 すぐ隣にはセイリスが。彼女は狙撃の補助のために同行していた。彼女の容姿も目出つタイプだが、子供じみたベアトリーチェと違い、可憐で清楚で大人びた印象である。


 セイリスは背後を気にしながらも、リラックスした様子で、

「それにしても見事な狙撃でした。おかげで面倒臭いのをパージできました」

「他に取り柄、ないですから」

「百発百中ですか」

「単発必中です。狙撃なんだから、バカスカ撃ちません」

「おや、一本取られました」


 ベアトリーチェが抱える愛用のライフルはエリンオリン1869。他の猟犬部隊(ハウンド)隊員に支給されているM3パーピャスと違い、弾丸が一発しか装填できない旧型で狙撃鏡(スコープ)もない代物だが、精度はかなり良い個体である。


「でも、口封じなら…… こんな回りくどい事しないで、普通に殺せば?」

「あなたがいなければそうしたでしょうけど…… 一応、評議会から派遣されてきた人ですから。“戦闘中に敵に捕まったから致し方なく殺した”なら言い訳になるでしょう?」

猟犬部隊(ハウンド)って、そういうの、気にするタイプでしたっけ?」

「私も面倒と思いますが、備えあれば憂いなしって隊長がね」

「……はぁ。あの、隊長さんって、そんなに凄い人なんですか?」

「指揮官としては凄いですよ、指揮官としては」


 失言を自覚したらしいセイリスは唇の前で指を立てて、

「今のはナイショですよ?」

「はい」


 などと雑談をしながら森の中を五キロほど走ると、猟犬部隊(ハウンド)本隊が揃っていた。彼らはみな森林迷彩のマントで、背嚢を背負いライフルを担いだ状態で死者を埋葬していた。戦闘直後だが、これといって高揚しているわけでもなく戦友の死に哀しんでいるわけもなく、淡々と情報の隠滅作業をこなしている。

 そこから少し離れたところでボケッと突っ立っていた、指揮官としては凄いロイ・ウーラートが煙草を蒸しながら迎え入れた。


「ご苦労さん。少し休憩してくれ」


 その傍には、セイリス・Aが座って書類整理をしていた。


「どうかしました?」

「相変わらず、ウリ二つだと、思って」

「イヤだな、それを言うならウリ六つですよ」


 セイリス・ラフラカンテは六胎の魔女である。同じ外見の身体が六つあり、それを一つの人格で操っている。距離的な制約もなく、いろんなところに散らばっていても五感を共有できるらしい。

 狙撃の補助をしていたのがセイリス・B。Cは埋葬を指揮していて、DとEとFの姿は見えない、どこかでなにかをしているのだろう。

 常人には理解しがたい魔女である。

 ベアトリーチェとセイリス・Bは適当な木の根に座って水筒に口をつけた。てっきり、合流する頃には埋葬は終わっていると思っていたから、休む時間ができてラッキーである。


 額に汗が滲むロイは腰を摩りながら、

「しかし、ルシウスが生きていればこういう作業も楽できたんだけどねぇ。まさかルシウスが死ぬとは思わなかったなぁ」


 死人などの珍しくない猟犬部隊(ハウンド)で、死後に隊士が話題に上がるのは珍しい。


「……ベアト、あなたはアレと仲が良かったじゃないですか。大丈夫ですか? まさか哀しんだりしてますか?」


 などとセイリスが常識的な心配を、挑発的な言い回しで訊いてくるが、おそらく本当に心配しているのだろう。しかし仲間の死に(いた)むなどという感情は、とうの昔に枯れている。


「アレがいたら、いつか妊娠させられてましたから。むしろ死んでくれて、良かった。死は救済ですよ」

「そういう意味の言葉ではないのですが……」

「ところでセイリス、アレは、あのままでいいんですか?」


 ベアトリーチェは、埋葬しているパトラを指を差した。パトラは案の定、全裸であった。おそらく先の戦闘時に異能を活かすために脱いだのだろう。漆黒の肢体を惜しげもなく木漏れ日に曝しているが、恥じらう様子は皆無で、堂々としていた。


「いえ、せめて下着は着けてほしいとさっきも言ったんですが…… もう諦めました、お手上げです」

「呼んだか? 魔女ども」


 彼女の耳に入ったのか、パトラは埋葬作業を投げ出してベアトリーチェたちに近寄ってくる。


「呼んではないけど…… パトラって露出狂?」

「違う、私のこの美貌を服なんかで隠すのは人類の損失だと思っているだけだ。カスども、喜べ、崇めろ」


 大言壮語などではなく、パトラのプロポーションはズバ抜けてセクシーなのだ。身長は高く、手脚はスラリとしなやか。胸は豊かで腰はクビれてお尻引き締まっている。高級感のある漆黒の肌も相待って、芸術品と言って差し支えなかった。


「ひゅー、言うねぇ」


 ロイが率先して囃し立てると、気分が良いのか、パトラはクルリとその場で回ってみせた。

 男性隊士たちが続いて軽口を吐く。しかし“面白いものを見ている”程度のそれである。


「ああもう、風紀が乱れる……」

「セイリス、今更全裸で興奮するような童貞なんてここにはいねぇよ」

「同意」


 やはりこの部隊は狂っている。狂わなければやってられない。


「あ、隊長、先遣分隊は無事トートバスに到達。退路確保しました」

 雑談をしていると、書類整理をしていたセイリス・Aがいきなり報告を始めた。

 彼女は、誰から声をかけられたわけでもなかったが、しかしその口ぶりは、先遣隊にいるような臨場感を持っていた。


 報告を受けたロイの表情は隊長らしいモノに変わり、

「埋葬は?」

「もう完了します」

「よろしい。諸君、次の死地に赴くため本隊も移動するッ。全隊、二列縦隊整列ッ! 忘れ物するなよ?」


 煙草を捨てたロイの、冗談混じりの命令が飛ぶと隊士たちは嬉しそうに整列を始める。

 結局、たいした休憩にはならなかった。

 適当なところに並んだベアトリーチェは、チラリと仲間が埋葬された場所を見た。

 やはり、何の感傷も湧いてこない。

 これが人間性の喪失というモノだろうか。


「全隊進めッ」


 ロイの命令に黙って従う猟犬部隊(ハウンド)は、朝の森をゾロゾロと行軍を開始する。

 次の行き先は海なのか、山なのか。

 いずれにせよ、ベアトリーチェは狙い撃つだけだ。

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