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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
9/95

ナトラ Ⅴ

 五月二日、木曜日。

 結成式から十二日後、国別対抗戦(オリスタイラム)開幕を明後日に控えたこの時期に、ナトラはようやく正式契約を結んだ。

 おかげで契約金を使って煙草を買えた。

 ユニホームとして支給された真紅のジャケットと黒のズボンは、ナトラにとって着慣れない縫製であったから、少し窮屈で息苦しい。だが元々持っていた着物はアナスタシアにズタボロにされているので、ありがたく使うことにした。刀を納めるホルスターもオマケで付けてもらったので、これで文句を付けたらバチが当たるだろう。


 国別対抗戦(オリスタイラム)では六大国が各ラウンドごとの持ち回りで試合場(バトル・エリア)を担当する。第一ラウンドは帝国領ジャルガン旧市街で行われる。

 ジャルガンは大昔に石切り場として栄え、白い石造りで統一された綺麗な町並みだったが、三十年ほど前に震災によって壊滅的な被害を受けた。元々、人口の減少に四苦八苦していた町で、ちょうど良い機会だからと復興を諦め今に至る。ひび割れた石材からは植物のツタが延びて絡まり、若木も生えて緑に溢れていた。

 その旧市街から五キロほど離れた所に大きな河が流れており、観光客を乗せた船舶が停泊し、河辺には屋台街が出来上がっていた。屋台の規模はまちまちで、帆布(はんぷ)を木の棒で支えただけの簡素なテントから、普通の商店と大差ないしっかりした家まで千差万別である。

 旧市街と屋台街のちょうど中間地点の草原に、オヴリウス帝国代表団のキャンプ地はあった。

 見た目は、直径は二百メートルほどの白くて巨大な半球体。独特の威圧感(プレッシャー)があったから、到着してすぐに魔道具(ガジェット)で作られたものだとナトラはすぐに気づいた。

 迂闊(うかつ)に触ると危険な気がしたから、トランクケースを地面に置いて、(ふところ)から出した扇子で触れてみると、表面に稲妻模様が走りバチリッと弾ける音が鳴る。

 これはやっちまったかなと後悔していると、水面から飛び出すように、武装した女が白壁から飛び出してくる。


「誰だぁコラッ?!」


 女の身長は低く、巨大な鉤爪のついた鉄甲を左腕に付けていた。

 ダークブラウンのセミロング髪が風に揺れる。真紅のジャケットと黒いズボンを着ているから、オヴリウス代表団の関係者なのは間違いないだろう。

 彼女は鉤爪を振りかぶり突進してくる。

 反射的に抜刀してこれを弾くと、威押されたのか彼女は足を止めた。


 一歩さがり適当な間合いを作ったところで、

「申し遅れてすまない、キラミヤ・ナトラだ」

「キラミヤ? お嬢をボコった奴か、コロス?」


 明らかに殺気が増しジリジリと踏み寄ってくる。

 それでアナスタシアのお仲間と察する。


「いや、仲間だから、ほら」

 契約した時に貰った帝国の紋章を彫られた銀の懐中時計を見せる。


 だがそれでも彼女の態度は変わることはなく、

「それはそれ、これはこれだ!」

「勘弁していただきたい」


 しばらく見合っていると、内部から陽気な声が、

「うお、ナトラじゃん久しぶり。ようやく来たな」

「アナスタシアかッ?!」


 振り返ると、桜色の髪を三つ編みにしたアナスタシアが、白い壁からヒョッコリと顔だけ出していた。そういえ前回あった時も髪型が変わっていて、結構印象変わるなぁ、などと呑気に考えていた。


 彼女は、プレゼントを持ってきた親戚のおじさんに会った時みたいな無垢な笑みを浮かべ、外に飛び出し、

「チェストォォ!」


 横に広げた腕を、ナトラの顔面にぶつけてくる。

 これをあえて無抵抗に受ける。

 この手の技は体重ありき、華奢なアナスタシアの一撃はナトラにとって威力はないだろう、と。

 ペチンッと軽い音がなる。

 軽い脳震盪が起こる。

 想像よりもずっとキツイ。

 次があればちゃんと(さば)こう。

 少しトロけた視界に負けずナトラも身体を動かす。自分の頭を彼女の肩の下に滑り込ませ、自分の腕を回して彼女の頭をグッと引き寄せる。

 すると肩が極まり、また頸動脈が締まるのでかなり苦しいのだ。

 いわゆる肩固めである。

 彼女は「がー!」とか「うー!」とかバタバタ暴れる。


「お嬢、今助けます! ブッコロシテヤル」


 と叫んで突進するドリス。

 アナスタシアを放り投げて反撃しようとすると突如、男が現れた。

 やはりジャケットを着ていて、背は高く、髪は赤銅色。何より顔に一文字の傷があって、それを見てすぐに、特別試験(セレクション)の時にアナスタシアの側にいた顔だと気づいた。

 彼は、ゴツンと拳骨を落とす。


「ドリスッ、ヤめねえかッ!」

「うぎゃ!」

 相当痛いのか、ドリスと呼ばれた女はその場に涙目で(うずくま)る。


 男は丁寧に頭を下げ、

「スマンな、うちの馬鹿たちが。俺はブリュンベルク侯国のハンシェル・ケリードーン。馬鹿が馬鹿やったら、ぶっ叩いてくれ」

「いえいえ、こちらこそ中立国出身(よそもの)が混じって迷惑をかけると思いますが、どうぞご指導お願いします」

「それでその、お嬢を離してもらっていいか」

「そうか? ああ、もう十分か」


 肩固めを解くと、アナスタシアはその場にヘタリこみ「ゼーゼー」と荒い息をしている。


「次は…… はあ、負け、ないから」

「これで最後にしていただきたい」

「ドリスッ、てめえは仕事が残ってんだろうが!」

若頭(かしら)ぁ痛えよ」


 ハンシェルがドリスの耳をつかみ引きずってテントの中に戻っていった。


「もしかして、代表メンバーってあんな人ばかりか?」

「まさか、“ブリュンベルク派閥(ウチ)”だけ、だよ」

「どうだか」


 代表団といえ一枚岩ではない。

 帝国内にいろんな派閥があって、それぞれ魔導師(ドライバー)を寄越している。ただそれでも、帝国代表は本部長(グラディス)の眼鏡に叶った者ばかりだから、足の引っ張り合いとはないと聞いている。


 事前にもらった名簿を思い出したナトラは、

「ブリュンベルク派閥は八人だっけ?」

「ああ、派閥だと大きい方だな。ふう…… 行こう、よっと」

 呼吸が整うと、アナスタシアは無駄に一度逆立ちしてから起き上がり、軽い足取りで入口に向かう。


 すると、何かを思い出したように歩を止め、

「ナトラ」

「うん?」


 クルリと振り向いて、愛嬌のあふれる会心の笑顔で、

「これからよろしくなッ!」

 陽を浴びて輝くアナスタシアが、まぶしくて仕方なかった。


「ああ」


 グッと背伸びをした彼女は、気持ち良さそうに「んん〜」とうなると、

「よっしゃッ、面白くなってきやがった」

 張り上げた声は、青空に消えていった。

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