ミド Ⅶ
ミドは密集陣形となったオヴリウス隊の中心で指揮を取っていた。銃撃、爆撃、白い怪物。オマケに味方の魔導具の数々。ミドは騒々しい戦闘音で耳に苦痛を感じながらも部下に指示を出す。
「エイドリアン君、森の索敵網を広げて。バレてもいいから。間違っても背中取られないでよ」
「ハア、アー、はいはい、クッソ」
心底疲れた様子の彼は〈螺旋風〉をさらに作り出し、森の中に散開させた。
戦況はオヴリウス・クォンツァルテ隊の有利で硬直しつつある。
〈骨喰の王〉の白い怪物は、再生力と膂力に優れているものの特殊能力があるわけでもなく、前衛は揃っている今であれば問題にならない。
頭蓋骨を触媒に使っているなら数に限りがあるはずだ。アジトに乗り込む際のリスクを削りたいからここで処理できるのは嬉しい展開である。
銃撃も迫撃砲も制圧力は増したが、まだ防御に問題ない。不利なのは猟犬部隊のはずだ。
硬直した戦況を打開するなら、新しい兵器を出すか、オヴリウス隊かクォンツァルテ隊の後背に回り込むか、北に逃げるかの三択である。
「前衛は西から突入する準備をしてちょうだい」
射撃戦ではオヴリウス隊に出し惜しみはない。目一杯だ。クォンツァルテ隊の同じようなものだろう。猟犬部隊に対応される前に近接戦に移り決着をつけたい。
「よぉし! 片付けたぞ!」
とハンシェルが報告。送り込まれた怪物は破壊しきった。
するとクォンツァルテ隊からピィィィと笛の音が。彼らも怪物を破壊したらしく、前衛を敵アジトに突っ込ませる。
「私たちも行くわよ」
すぐさまミドが手信号を出すと、オヴリウス隊の前衛陣も猟犬部隊アジトに突っ込む。
四百メートルほどの距離、魔導師なら二十秒とかからない。
すると近接戦の準備のためか、敵の銃撃は前衛がアジトに到達する前に止み、同時に伐採空間の至る所から煙幕が沸いた。魔導具で制御されているわけではないから、視覚的な妨害は限定的だが、同士討ちを避けるため、後衛も射撃を止めさせ様子を伺う。
耳を澄ましているとミドは異変に気づく。
静かすぎて見えない。静かすぎて気色悪い。普通もっとバタバタしないだろうか。
〈骨喰の王〉の怪物に気を取られているうちに猟犬部隊の動向を失念してしまった。
「いや、失念させられた…… か」
〈玉撞き遊び〉で調べたかったが、それよりも先に両隊の前衛がアジトの中に突入。
「警戒して!!」
気休めに、珍しく大声を出してしまった。
それから一分ほどの静かな時間が経って、「ミドッ、来てくれ」というハンシェルの呼び声。やはり尋常ではなかったらしい。
少し悩んだが、クォンツァルテ隊も合流しようと移動しているので、ミドたちもアジトに駒を進める。
ノコノコとケムいアジトに歩いていくと、両隊の全員が集まることになった。塹壕やテントには血痕が多少残っているが、百人以上いるはずの猟犬部隊たちは煙となって消えてしまったようだ。
オヴリウスの前衛たちの顔を見ると、全員が困惑の表情を浮かべていた。その中で誰よりも反応の良いアナスタシアが袖をガシガシ引いてきた。
「ミドさん敵がいないどうしよう!?」
「みたいね、服伸びるからやめて。チャフは?」
比較的落ち着いていたハンシェルに問うと、
「北に反応している。調べてくれ」
と首根っこを掴んだ〈縛猫〉を見せる。それは北を見て「フーッ」と睨みつけていた。
「みんな静かにね」
北に何かあるのかと思い、ミドが人差し指を立てて「シーッ」と唱えると、ガヤついていた空気が止まった。そして〈玉撞き遊び〉を起動して鋼玉を一発撃ち込み、返ってきた高音に耳を尖らせる。
大自然の中だとノイズが多いから判然としないが、ズチャズチャと人間が走る時みたいなの音がする。
「距離は三百、独り。何か担いで逃げてる…… 大きい箱かしら?」
「〈骨喰の王〉じゃねえのかッ?」
「私の耳じゃそこの判断はできないけど……」
何かが背負い森の中を動いているのは間違いない。〈縛猫〉が反応しているなら、決め打っていいだろう。
だが、あくまでも単独でだ。二百人居たはずの猟犬部隊が忽然と消えている。
この状況での単独走はあまりにも不自然に思えた。
「エイドリアンくん。できるだけ範囲を広げて索敵。彼らが人間ならまだ周囲にいるはず」
「もうやってますってーの」
疲労困憊エイドリアンは〈螺旋風〉を既に散開させていた。なんだかんだ仕事は確かである。
「よし。ガレイジュク団長ッ」
と声を張りながら少し離れたところにいた彼に駆け寄る。
ラザールは苦いものを噛み締めたような顔で、
「こっちはお手上げだ。とにかく手当たり次第だな」
今にも顳顬の血管が切れそうだ。
どうやらクォンツァルテ隊も自律型魔導具を召喚して伐採空間を索敵をしているが、成果は上がっていないらしい。
「そっちはどうだ?」
「北に……」
情報を伝えようとしたその時だった。テントが、塹壕が、木箱が爆発した。それ自体は大した被害はないのだが、光と音が花火のように凄まじく、ミドなんかは特に眩んでしまった。
「防楯ぉぉッ!!!」
ラザールが叫ぶと、ほんの一瞬遅れて銃撃が襲う。
声のおかげで全員反応は良かったが、何人か餌食になってしまったようだ。
情報を共有する前に第二ラウンドが始まってしまった。
「フィアは?!」
「撃たれてます! 魔導具は扱えませんよ」
「手当しろ! 死なせるな!」
「はいッ」
不意打ちを食らってもラザールの年季の入った指示はどこか安心感があり、両隊の士気が落ちず、むしろ燃えていて、防御陣を構築しながら冷静に負傷者の手当てを始めた。ミドにはできない芸当で感心してしまう。と思えるのも心に余裕があるからだろう。
それはさておき、猟犬部隊の攻撃は、オヴリウス隊とクォンツァルテ隊がいた方角から放たれている。いつのまにか立場が入れ替わって、十字砲火を受けている状態だ。
「どんな手品」
銃声を“観る”と、今までのライフルと違い一発一発がかなり重い。おそらくより強力な銃火器を温存していたのだろう。射点はかなり遠くの森の中から。途中にある樹々は、予め細工をしておいたのか、綺麗に“道”ができている。
さらに、ポンポンと聞き覚えのある音が連続すると、榴弾が夜空から振り注ぐ。
十字砲火と迫撃砲。塹壕も崩れて障害物無し。〈骨喰の王〉は出てこないが、先程の銃撃戦よりも不利か。
こういうことのないように魔導具を使いながら索敵をしていたと言うのに、どうやって移動したのだろう。
オヴリウス隊とクォンツァルテ隊は完全に密集してお互いに防楯を合わせているが、反撃する手段もなくジリ貧だ。
このままだと削り殺される。
そうなる前に対応を思案していると、ナトラが銃撃の中すぐ隣まで来て、
「ミドさん!」
この状況でもリラックスした彼の声を聞いて安堵した。普段なら不快な声量だがこの状況では堪忍してやろう。彼には実戦経験がある。こんな時、何か妙案があるのかと期待してしまう。
「手短に」
「俺にアーシェ、ネリアンカ、シャルロット、〈縛猫〉を貸してくれ。“北”を追う!」
「私たちは?」
「自分達でなんとかしてくれッ!」
「こんにゃろう」
同期くらいにしか使わないような悪態をつくと、ナトラは目を丸くした。
もっとも、北上する一人が気がかりなのは間違いない。ただの囮で戦力分散が目的なら掌の上で踊っていることになるが、〈縛猫〉が反応している以上、当初の目的の魔導師である可能性が高い。
ならば、追手を出す意義があるとミドは判断した。四人は多すぎる気がするが、致し方ない。
ミドはラザールと目配せする。彼は北の逃亡者の事を承知していない筈だが、コクリと頷いた。
「……分かったわ、三人の指揮権を委ねます。行きなさい」
ナトラが「ありがとう」と神妙に言い残して去っていくと、ミドは不出来な弟を持った気分になった。