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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
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シャルロット Ⅱ

 視察のために険しい森の中を四時間も歩いたシャルロットは疲れていた。おそらく、クォンツァルテ隊の中で最も疲弊しているだろう。森の中の闇のような深い黒髪は乱れ、制服の中の谷間は汗で蒸れて気持ち悪かった。せめてもう少し足が長かったら木の根を跨ぐのも楽だったろうにと、自分の低身長を呪った。

 視察など断ればよかったのだ。ウォルフガングに挑発され、焚きつけられて、引き下がれなくて、後悔しているシャルロットであった。


「マカロン食べたい」

「ああッ? なんか言ったかい!?」


 すぐ前を歩くクォンツァルテの前衛(フロント)、ピアス女のアヴローラが振り返り、姉か母のように叱る。


「……なんでもないッ」


 無駄愚痴の一つも吐いておかないとやってられない。糖分欲しい。

 ところがそんな後悔は、目の前で大爆発が起こったことで頭から吹っ飛んだ。鼓膜が破けてしまったかと恐れるくらいの大爆音。シャルロットがクォンツァルテ隊に同行したのはただのクジ運だが、どうやらババを引いたようだ。

 地図上では敵陣まで残り四キロを切った地点、ワイヤーを蹴ったのは、一人で五十メートルほど先行するライセヒ・イーリャードであった。しかし、その身は装甲型魔導具(ガジェット)、〈守護主義(アイギス)〉によって覆われ守られているため無傷だ。

 しかし作戦は大きな傷を負った。

 光はともかく、爆音に関しては聞き間違いのないほどの大音量で響いたのだ、仕掛けた者に筒抜けだろう。

 ところが、ラザールの号令は嬉々としていた。


「よーし! 作戦変更だ! 総員ッ、戦闘準備ぃ!!」


 そしてクォンツァルテ隊は、各々魔導具(ガジェット)を構えて活性化(ハイライト)。呼吸が止まるほどの威圧感(プレッシャー)を放った。魔導師(ドライバー)であれば数キロ先からでも知覚するであろうくらい強烈である。

 事実上、開戦である。

 活性化(ハイライト)をして良いのならシャルロットとしてはありがたい。筋力も心肺も五感も向上し、小さな身体のハンデはなくなり、強力な魂魄(エンジン)をブイブイ回せる。これでようやく、ストレスから解放される。

 しかし、オヴリウス隊はピクリとも気配を漏らさずにいる。薄情なことに、どうやら救援に駆けつける気はないらしい。


 アヴローラは西の方に視線を向けながら、

「アチラは動かないようだねぇ。団長ッ、どうする?!」

「元からアテにしてねぇよッ! 行くぞぉ!! 進めぇ!」


 ラザールの号令で、クォンツァルテ隊は進軍を再開する。クォンツァルテ隊は全く恐る様子もなく、速度は先ほどとは比べ物にならない戦闘用(タクティカル)魔導師(ドライバー)のそれで、一歩で木の根をいくつも飛び越えていく。

 隊列も移動に適した一列縦隊から、戦闘に向けて二列横隊に変わり、いよいよ暗い森の中で戦闘の匂いが香ってきた。


「は?」


 数分走ると、突如として視界が開ける。広い暗い夜空が不快だ。

 どうやら猟犬部隊(ハウンド)はアジトの周囲の樹々を広く伐採して障害物を取り払って、さらに切株の合間を縫うように塹壕を掘って、そこには森林迷彩のフードとライフルがズラズラと並んでいた。さらにその奥、伐採空間の北端にモスグリーンのテントがズラズラと並んでいた。

 シャルロットは一眼見て、一朝一夕に築ける陣地ではないと理解した。

 復讐者を迎撃するための大舞台にクォンツァルテ隊が踏み入ると銃撃が始まった。

 銃口たちが(またた)き、魔力(エーテル)(まと)った弾丸の群れが飛来する。

 しかしクォンツァルテ隊は派手に進軍していたのだ。これくらいの歓迎は覚悟していた。指示されるまでもなく各々が防楯(シールド)を張って防御を固め、これを凌ぐ。


「撃ち返せ!!」


 ラザールの指示と同時にクォンツァルテ後衛(バックス)組による応撃が開始、雷やら火の玉やらが飛び放たれる。射撃のできない前衛(フロント)防楯(シールド)を張って防御を担当。シャルロットが疎外感を覚えるくらいに息のあった連携であった。

 だが猟犬部隊(ハウンド)の隊士たちも熟練で、塹壕に身を潜めながら細かく移動をして的が絞らせず、当たっているのかも判然としないまま、ただ土と切株が爆ぜていく。

 こうなってはお行儀良く見守っていても仕方がないと、好戦心に火がついたシャルロットも魔導具(ガジェット)起動(レイズ)した。シャルロットの周囲にポツポツと光球が現れると、その中の一つから光芒(ビーム)が半円の放物線を描いて落ちる。その一発は“銃撃”のかなり手前で落ちた。初撃は観測のためのもの。着弾跡を参考に目算で、敵アジトまで四百メートルほどだろう。


「……遠い」


 〈集束煌(レンブラント)〉は弾道距離があるほど威力減衰する。性能を完璧に引き出せる距離は直線で六十メートルほどだが、それは防楯(シールド)を持っている対魔導師(ドライバー)の話。生身相手なら、有効射程は数倍に伸びる。

 だが、それにしても遠い。これでは敵に曲射して天頂方向から撃ち落とすと威力を維持できない。

 シャルロットは、直線的な軌道でクォンツァルテ隊と共に塹壕を吹き飛ばすよう〈集束煌(レンブラント)〉を連射。光芒(ビーム)は雷や炎と混じって輝く。

 今夜は脇役、これくらいで勘弁してやろう。

 などと(ふけ)っていると、両手に〈斬菱(テトラポット)〉を展開したアヴローラがシャルロットの前に立って、防御を買って出る。


「手ェ出して良いのかい? 視察さん」

「ただの自衛行動」

「はッ、なら仕方ないねぇ!」


 視線を感じそちらに目を向けると、シャルロットはラザールと視線が合ったが、彼は声をかけなかった。シャルロットはあくまで視察。配慮と受け取っておこう。


「次、煙幕」

「はい」


 試合と違い、冷静を保っていたフィアは、指示に通り〈白中夢虫ホワイトアウトエフェクト〉を起動(レイズ)。杖の先から羽化した蝶々が次々と舞うと、虹色の羽から噴き出すように鱗粉を振り撒いてクォンツァルテ隊を覆い包む。

 心の準備が足りなかったシャルロットは、視界が真っ白になると方向感覚を失って転びそうになってしまう。だが、アヴローラの声で天地を自覚できた。


「おい、大丈夫そうかい?」

 以前の試合で煙幕結界の中に入った時と違い、声がクッキリと聞き取れるし、方向も距離感も明確だ。


 戦闘中は動揺を敵味方に悟られるな、という師匠(アレックス)の教えを守るため、シャルロットは平静を声色に乗せないように、

「……なんだ、会話が出来るの」

「散乱させる条件は弄れるからね、今は光だけだ。敵味方入り乱れているならばともかく、味方しかいない現状ではリスクなだけだからな。自衛、頑張ってくれよ。死なれると後始末が面倒だからね」

「それは問題ない」


 アヴローラの話を聞いているとさらに落ち着いてシャルロットの精神は完全にフラットに戻る。

 猟犬部隊(ハウンド)の方から見ると、巨大な煙の塊だろう。威圧感(プレッシャー)でも内部を伺うことはできないから、最新のライフルはヘタな鉄砲に変わる。前衛(フロント)防楯(シールド)に当たる銃弾数が明らかに減って、風切り音が増えた。

 シャルロットからも敵が見えないが、どうせ視察(オマケ)なのだから精度はどうでもいいだろうと、クォンツァルテ隊の射撃と同じ方向へ〈集束煌(レンブラント)〉を撃ち込んでいると、ラザールがさらなる指示を出す。


「……フィア、煙幕をゆっくり前進」

「はい。私たちは?」

「部隊は射撃しながら後退。森に戻る」


 煙幕結界は風に逆らいながら敵アジトの方向にスーッと流れていき、お互いに様子見のような射撃戦を三十秒ほどこなす。

 煙幕抜けたクォンツァルテ隊が再び月下に身を晒した頃だった。ボンと金属的な爆発音が一発。威圧感(プレッシャー)が夜空に打ち上がった。

 見上げると薄光する“点”が。


 自由落下してくるそれをシャルロットは撃ち堕とそうとして狙いを定めるとアヴローラが、

「真面目すぎるぞ、怪物さん」

「あ?」


 揶揄(からか)いを(いと)わしんでいる間に、煙幕結界の中に“点”が着地、爆発。金属の破片が飛び散り、綺麗なドーム型をしていた煙幕がイガグリのように乱れる。


 状況を読めないシャルロットは、

「爆弾でも打ち上げてる?」

「迫撃砲だぁ、知らないのかよ?」


 迫撃砲は爆弾を打ち上げる兵器。殺傷能力は、着地時の爆発によって砲弾の破片を爆散させるところにあるから、目標に直撃させる必要はない。

 活性化(ハイライト)によって威力が数倍に増しており、魔導師(シャルロット)からみても脅威である。


「堕としても良かったんじゃない? 煙の中に落ちる保証ないし」

「私たちとズレてんのがバレんだろうが」

「フィア!」

「はい」


 ラザールの一声でフィアが持った杖に念じると煙幕は再び綺麗なドーム型に戻った。内部にいると誤認させ続けたいわけだ。

 伐採空間から森の中に戻ったクォンツァルテ隊は停止。二十メートル離れた煙幕結界を挟んで両陣営はさらに射撃戦を続ける。

 勘で〈集束煌(レンブラント)〉を撃ちつつ見守っていると、先ほどと同じくポンとした爆発音が、今度は連続で絶え間なく繰り返され、打ち上げられた砲弾の並びが吸い込まれるように煙幕結界の中に落ちる。

 そして瞬く爆音。

 一発だけならともかく連発されると圧巻で、繰り返される爆風で煙幕(スクリーン)は霧散して、なおある余波は夜闇には鮮烈すぎて目に沁み、また耳を(ろう)した。


 シャルロットは近代兵器の精度の良さに感心して、

「ほー、迫撃砲ってあんなに綺麗に落ちるモノなの」

「イヤ、普通はもっとバラけるモンだが? 良い腕

してやがるねぇ」


 煙幕が消えたことで、猟犬部隊(ハウンド)は森の中にいるクォンツァルテ隊を捕捉できるようで、攻撃の精度が上がる。銃弾は樹々を粉砕しながら、砲弾は適度に散りながら、金属のカケラが嵐のようにクォンツァルテ隊を襲った。

 土砂と火薬で酔ってしまいそうだ。

 制圧力に負けて自然と二列横隊から密集隊形に変わり、互いに防楯(シールド)を重ねて厚みを確保した。


「フィア、煙幕は?」

「この爆発の中では無理です」

「チィ、鉄の味がする」


 このまま防御に徹していても、(らち)があかないが、攻撃に転じる隙もない。クォンツァルテ隊だけで打開するのは難しく思える。


 最前で、身を挺してライフル弾を防いでいたライセヒが、

「団長、どうします?」

「……〈轢蛙(ヒキガエル)〉を展開しつつ、さらに後退してオヴリウス隊を待つ」

「団長ッ!?」


 ずっと言葉数の少なかったネリアンカが突如高い声を上げる。アゼンヴェインの(かたき)を打とうとここまでやっていたのだから、気が逸るのは理解できるが、まだ無理をする状況ではない。


「敵の練度が想定以上に高い。まだ〈骨喰の王(ボーラードルフ)〉も出てきてねぇしな」

「ンでもぉ!」

「黙りぁ!!」


 ラザールが怒鳴り、張り手の音がパチーンと森に響く。もしかしたら敵陣にまで届いているかも知れない。


「いいかッ、心がどれだけ燃え盛ってもッ、頭は冷静でいろ!」

「……おす」


 ネリアンカは、それ以上反論しなかった。

 ここまで猪突猛進な印象だったが、どれだけ感情が(たか)ぶろうとも最後の一線を越えないところが団長の所以(ゆえん)なのだろう。

 シャルロットとしてもこのまま貧乏クジを引き続けるのは御免だ。あちらの部隊にも苦労をしてもらわなければ割に合わない。

 東の空は少し白んでいた。

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