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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
85/95

ハロルド Ⅰ

 トートバス市街地を出発して四時間。

 想像以上に暗く、樹々の音がザワつく夜の森の中を、ゼプァイル代表団本部長代理ハロルド・ジストジエラはオヴリウス隊と共に最後尾をひっそりと歩いていた。ハロルドには珍しくゼプァイルの黒いジャケットを着いて、サングラスを外すことなく闇夜に溶けるようであった。目的は視察。戦いを見届け、今後の協調関係に投資する価値があるのか判断するためである。

 それにしても森歩きは想像より辛い。地面自体は平坦なのかもしれないが、巨大樹の根が隆起し、絡み合ったそれは延々と続くアスレチックのようであった。威圧感(プレッシャー)を放ちたくないから活性化(ハイライト)ができず、細かいアップダウンは意外に疲労を誘い、オヴリウス隊の呼吸は心なしか荒い。特に“素”の体力のないミドなんかは辛そうだ。鋼玉の入った革袋を持たせてなお、ゼーゼーと〈玉撞き遊び(キスショット)〉を杖にしている。


「ジャングルジムとは良く言ったものやなぁ」

「確かに、言えているな」


 疲労の色のない言葉を返したのは一つ前を歩くウォルフガングであった。彼も視察として参加しているが、シンカフィンの蒼い制服とピリピリとした戦意を纏っていた。当然魔導具(ガジェット)も装備して、誰がどう見ても戦闘要員にしか見えなかった。


「おや、何かあったようだ」


 ウォルフガングの言葉通り、一列縦隊の先頭を四十メートルほど先行して歩くナトラが止まり、ライターの火で合図を送ってきた。無言で隊列が止まると、彼が引き返してきて隊列中央の隊長(ミド)に報告する。


「ワイヤートラップだ、時間をくれ」


 ナトラは返事を待たずにトラップの所にまた進み、またライターを取り出して小さな灯りを頼りに辺りを検索する。


「休憩」


 と指示を出したミドが真っ先に木の根に腰を落とすと、癒しを求めてかアナスタシアが抱いていた〈縛猫(チャフネコ)〉に手を伸ばす。

 他の団員たちもその場で身を休める。

 しかし緊張感まで弛まない。

 無駄口を叩かず、煙草も吸わず、周囲に神経を尖らせている。仮に今銃声が響いたら即応できるだろう。ハロルドの想像以上にモチベーションが高い。

 感心しつつ、彼らと同じように手頃な木の根に腰掛けると、すぐ隣にウォルフガングも座ってくる。


「不思議かね? 彼らの怒りが」

「は? 怒っとるん?」

「無差別攻撃の流星事件とは違い、明確な意思で襲撃をかけられているからね。まして仲間の亡骸を利用されては引き下がれないのだよ」


 彼の口調は“自分もそうだ”と言わんばかりのモノであった。

 理解しかねる。


「骨の話? 死人にこだわるなんて、なんや無駄なことやな、一銭も儲からんやん」

「案外、死人が出るよりも、死人を冒涜される方が怒りを買うものだよ」

「分からんなぁ」

「ほほう、では君はなぜ今ここに? 情報は既に共有したんだ。本部長が来る必要あるまい?」

「本部長代理や。ま、金貰っとる以上、最後まで面倒見なあかんやろ? 充実のアフターケアが売りやねん」

「真面目だな」

「おおきに。しっかしワイヤーとかセッコいマネすんなぁ」

「試合しか知らない者にはピンとこないだろうが、近代兵器をナメない方がいい。魔導具(ガジェット)では感知しづらいし、火薬さえ調達できれば威力も悪くない。地雷を踏めば、魔導師(ドライバー)といえども行動不能になるぞ」

「なんや見てきたような口ぶりやなぁ」

「見るどころか、踏んだことがあるぞ私は」


 と得意げに右脚を掲げてクイクイと足首を振った。

 そんなしょうもない話を視察二人でしているとナトラが戻ってくる。


 ミドが「どう?」とミドが訊くとナトラは、

「ただワイヤーを張ってるだけだった」

「そう? じゃ進めるのね」


 立ち上がろうとしたミドの様子は見るからに安心していたせいか、ナトラは掌を(かざ)して首を振る。


「いや、多分この先に大量にワイヤーを用意しておいて、そのいくつかが爆弾に繋がっているんだと思う。“ワイヤーは大したことない、気にしなくていい”と、そう誤認させるヤツだよ。爆薬だって節約できるし」


 するとドーン、と東の方から爆発音が一発聞こえてきた。


「……まあ、プロがそう言うなら信じましょうか」


 かなり距離があり、樹々が邪魔で詳しいことはハロルドにはわからないが、クォンツァルテ隊のやらかしだろう。方角的にはオヴリウス隊よりもかなり先行しているから、トラップの性質を誤認して強行したようだ。

 あるいは、仕掛けを承知の上で強行したのか。


「あちらさんは踏んだみたいやなぁ」

「そのようだ。当然、猟犬部隊(ハウンド)は我々に気付いただろう。隊長さん、どうするのかね?」


 ウォルフガングが急かすようにミドに問うと、彼女は視線を流しジックリ考え込んでから、

「……当初の予定通りの進軍して、予定通りの時刻に攻撃するわ」

「え? 助けないの? 後で文句言われない?」


 彼女の隣でソワソワしていたアナスタシアには意外だったのか、ミドの袖をクイクイと引いて訊く。すると女隊長は心底面倒臭そうに続けた。


「言われる。でも、今ここで私たちが速力を上げると敵に気付かれて十字砲火にならないかも。それじゃ別働の意味がない」

「だったら予定のポイントに移動してすぐに攻撃ってのは?」

「中途半端な行動は同士討ちの元になる。息の合った連携なんて夢のまた夢なのよ? 分かった?」

「……最悪、協調が破綻しちゃうか」


 今のところ、代表団同士に信頼などなく、利害の一致によって共闘しているに過ぎない。同士討ちとなれば、オヴリウス()クォンツァルテ()とが国別対抗戦(オリスタイラム)そっちのけの戦争になりかねないから、“まだマシ”なのだろうが、それにしてもこのまま見殺しの方が穏和だと判断したのは随分と身勝手だと、ハロルドには理解できなかった。


「死ぬんが自分でも、同じことが言えるんかなぁ」

「言えるさ」

 ハロルドの独言に、ウォルフガングが断言して返した。


「……なんや、女隊長さんがそこまでこの戦いに命かけてるとは思ってなかったんのやけど?」

「そうか? むしろ私から見れば、彼女たちは命を賭けられるほどに仲間想いなのだがね」


 世の中、金が全てだろうに。


「仲間ねぇ…… 金で命が買えるよーになればええのになぁ」

「まったく。そうであったなら、どれだけ良かったものか」


 絶妙に噛み合っていない二人の会話など無関係に、状況は進む。

 クォンツァルテ隊は戦闘を始めたのか、距離があってもハッキリと分かる威圧感(プレッシャー)を放つ。


「可哀想だけど彼らには囮になってもらいましょう。そうと決まれば、ヘマを踏むわけにはいかないわ。ここからは警戒度をあげて進みます」


 仲間思いのミドがそう命じると、再び静かな進軍を開始した。

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