ウォルフガング Ⅳ
七月十八日 水曜日。
初夏の夕暮れのトートバスの街中を、ウォルフガングは白馬に跨り威風堂々と手綱を握っていた。風はやや強いが、丁寧に整えた髪が崩れるほどではなく、むしろ爽快な気がして気分がいい。シンカフィンの蒼い制服を綺麗に着こなし、どこに出して恥ずかしくない“剣聖”の姿である。
たまには乗馬での移動も悪くない。
知名度バツグンのウォルフガングには道行く人々から黄色い声が飛ぶ。その度に愛想よくニコニコとした笑みで手を振って応じた。通り名がある以上は常に、相応の振る舞いを心得ている。対して、同じく馬に跨り並走するアレックスは制服がどこかヨレた印象で覇気がない。現役時代はもう少し凛々としていたのだが、立場の問題なのか歳なのか。
二人の目的地はトートバス港に停泊している蒸気船グラン・ペルアイナ。オヴリウス帝室所有の豪華クルーザーである。
四日前ゼプァイルラウンドが終わり、メディア対応などの雑務も終え、開催地に向かえる前にリフレッシュするためにシンカフィン代表団はトートバスで数日滞在していたところ、招待状が届いたのだ。差出人はエドワード。趣旨は今後のソヒエント対策のための協力関係の確立。話を聞いた瞬間、ウォルフガングはこの会談に出席したくてたまらなくなった。
「おいウォルフ、一応言っておくがな、お前さんはあくまで護衛役。目立ちなさんなよ」
アレックスは、中年らしい禿げ上がった頭をかきながら配慮を求めた。
招待されたシンカフィン代表団本部長は、リスクヘッジのため欠席。アレックスがその代理として出席。護衛としてウォルフガングが同行することになった。
「俺だってそうしたいが、向こうが俺を主役扱いしてしまうからなぁ」
「これだよ…… で、お前さんはどう思う今回の提案」
「悪くない。代表団同士の小競り合いならともかく、部外者の荒らされるのは、誰にとっても本意ではないからな。本部長も前向きなんだろ?」
「そうなんだが、かえって余計な事件に巻き込まれる気がしてなぁ。ま、俺の独断で決めて良いと言われてるが…… 気楽にやるしかないかぁ」
言葉とは裏腹に、アレックスは夕焼けを哀愁のこもった眼で仰いだ。
「対ソヒエントはいつか、誰かが解決すべきものだ。むしろ当事者となれることを光栄に思えばいい」
「試合に悪影響が出てもか?」
「国別対抗戦の建前を忘れたわけではあるまい? 国家交流と平和維持。試合は手段であって目的ではない」
「目的なんだよ、大抵のヤツはな」
そうこうしているうちに港に着いた。馬を預けて船着場へ向かうと、帝室所有の豪華客船グラン・ペルアイナが停泊していた。
「絢爛だな」
少し古い船型の気がするが、白と紺の塗装は夕陽に良く映えて所々を縁取る黄金色の装飾が輝いており、船自体が美術品。
それを見たアレックスが指し示して揶揄うように、
「まさか、本物の黄金使ってないよな」
「まさか、真鍮だろう?」
真鍮だとしても職人の腕は確かだろう。波止場から見ているだけでも良い保養になる。
船の側部から伸びるタラップの前では侯爵令嬢と侍女が立って待っていた。
二人はオヴリウスの制服である深紅のジャケットを襟元正しく着ていた。アナスタシアはストロベリーブロンドを髪飾りでシニオンにして普段よりも大人っぽく装い、ドリスも眼鏡をかけて慎ましい印象だ。
アナスタシアは貴族然とした口調で、
「シンカフィンの方々ですね。ようこそいらっしゃいました」
と上品な微笑みで出迎えた。
普通なら代表団の序列の上の方が出迎えるだろうが、アナスタシアを使うあたりに帝国世論を意識しているのが伺える。なんだかんだブリュンベルクの肩書きは強い。
「お出迎え、ご苦労さまです」
それにしても気に食わないのは、アナスタシアの愛想笑いである。
揶揄ってやろうと軽口を開く。
「カジノでは随分と世話になった」
「……は?」
アナスタシアは笑みを崩さずに悪態を吐いた。
挑発すると、黙っていられない気質なのだろう。子供はこれくらい威勢が良くなければいけない。
「お嬢ーッ、今日はダメッ、本当にダメッ。お願いします後生だからッ」
泣き出しそうなドリスが袖をクイックイッと引いて宥めると再び貴族の令嬢らしい言葉遣いに戻る。
「どうぞこちらへ、本部長がお待ちです」
不機嫌を隠したアナスタシアがドリスと共にタラップを登っていく。どうやら今回のオヴリウスの本気度は高いらしい。
「……さて、行きますか」
ライバルの本拠地に足を入れるためか、アレックスは少し緊張した様子だったのでウォルフガングは彼の背中を推してタラップを進めた。
船体側部の甲板に達すると、〈縛猫〉が出迎えた。愛くるしい猫体を惜しみなく脚に擦りつける。おそらく、敵性判断の材料を探しているのだろうが、解っていても和んでしまう。
アレックスはしゃがみ、虎色の一匹を撫でて、
「どこかの姫よりも、よほど愛嬌があるな」
「ハハ、違いない」
「何かおっしゃいましたかッ? どうぞこちらへッ」
さておき、目の前の開け放たれた扉を通るとロビーエリアになっており、上下に繋がる階段と、獅子をモチーフにした銅像と、扉がいくつかある。
「どうぞこちらへ……」
船尾側の部屋からアナスタシアがまた声をかけるから、観賞を諦めて歩を進める。
そこには広い部屋で、防犯のためかカーテンは閉められている。紅い絨毯や絵画なども飾られて、いかにも帝国風なのだが、しかし似つかわしくない大きな木製の円卓があって、席が六つ用意されていた。
「みなさま、シンカフィン代表団の方々がいらっしゃいました」
微笑みの侯爵令嬢が部屋中に告げると、エドワードはナトラとヒソヒソをやめてウォルフガングたちに駆け寄ってきた。
エドワードは真紅のジャケットを着て、頭には美しい青いダイヤが装飾された〈澄碧冠〉が輝いている。
「ようこそいらっしゃいました」
エドワードは歓迎の意を示しながら、迷わずアレックスに握手を求めた。彼の表情は朗らかな中にも覚悟めいた瞳をして、また一つ大人になった気がする。
アレックスは彼の手を握り、
「本日はお招きに預かり光栄です。体調はいかがです?」
「ご心配にはおよびません」
「有意義な会談にしたいものですな」
「はい。もちろんです」
銃撃事件の後、彼の心志がどう転ぶか勝手に憂いていたウォルフガングだったが、とりあえず悪い方には進んでいないようでホッとした。
円卓にはある六つの椅子のうち二つは、ゼプァイル代表とクォンツァルテ代表によって既に埋まっていた。
皺の深い強面が印象的なクォンツァルテ代表総監督ラザール・ガレイジュクは、腕を組んだまま目を瞑って動じず出された紅茶に手をつけた様子もない。彼の後ろには護衛のネリアンカが〈偽天契約〉の翼を広げているが、周囲に対する気配りが薄く、状況に集中できていない気がした。
スポーティなサングラスをかけた、ゼプァイル代表団本部長代理ハロルド・ジストジエラは護衛も付けずに、オヴリウスの団員を捕まえてニタニタガヤガヤと談笑をたのしんでいる。
そして空席が二つ。
アレックスは人数を見て心配になったのか、冷や汗を拭いながら、
「我々が三国目…… イヤ、オヴリウスも含めて四国目か、時間はギリギリでしょう?」
「はい、できれば全ての国に参加してほしあったのですが…… 時間になりましたので、始めましょう。そちらの席に」
エドワードが促した椅子にアレックスが座り、その背後にウォルフガングが立った。
すると円卓の周りにうろついていたオヴリウスの団員たちは、護衛に残ったナトラを除いてロビーの下がった。
エドワードは心を鎮めるよう「フー……」と息を吐いてから、
「本日はお忙しい中、時間を作ってくれていただきありがとうございます。今回はかしこまった場でもありませんから、長い挨拶は避けますが、でも本当にありがとうございます」
と手短に、丁寧に、深々と頭を下げた。〈澄碧冠〉がズレないのだなぁと、間の抜けたことを思ってしまって、ウォルフガングの口元が緩む。
眉間に皺を寄せたラザールが威圧的に、
「で?」
「はい、アゼンヴェイン・ヌスエーク氏を殺した犯人を、僕たちは知っています」
クォンツァルテのモチベーションを担保するためだろう、エドワードが過程をスッ飛ばした返答をした。その瞬間、ネリアンカの目の色が変わる。まるで獲物を見つけた肉食獣のようで、明らかに威圧感が増した。
これといった威嚇行動があったわけではないが、あまりの迫力にウォルフガングは〈竦む我が身に一喝を〉を起動。ナトラも、部屋の外のオヴリウス団員達すら臨戦態勢になってしまった。
“一触即発”を背中で感じたラザールの額に汗が滲ませ、
「……ヌルいこと続けたら、容赦しねぇぞ」
“ネリアンカを制御できない”というのが正確だろうが、エドワードは臆せず続けた。
「では順を追って。先日、僕がラジオ番組の出演中に襲われたことはご承知と思いますが、その際に敵が使用した魔導具に頭蓋骨を触媒とするものがありました」
と言うと、エドワードの背後に控えていたナトラが一つの布包を円卓の上に置き、解き、真っ二つになった一組の古い頭蓋骨を提示した。
「アゼンヴェイン氏の遺体と、現場から回収した遺留品とを照合した結果、同じ魔力残滓が検出されました」
「それが確かだって保証は?」
「僕が昏睡中に、同盟事務局の調査によって判明したことです。必要があれば担当者に取り継ぎますが?」
「イヤイヤ、同盟事務局が信用できるのかって話だよ。オメェは襲われた時は内通者が手引きしたって話じゃねぇか」
「……ナトラさん、話してください」
エドワードは背後に控えていたナトラに向かって申し訳なさそうにお願いすると彼が口を開く。
「銃撃事件の時、自分はそこでトウドウ・クノの顔を見ました」
「あ? 誰だよ? その女」
「前回大会、商連ラウンドで死んだ極東の魔導師だよ、総監督。公営霊園に埋葬されていた。〈骨喰の王〉には触媒に使った骨の情報が反映されるなら、優秀な魔導師の骨を集めていたと推測できる」
ナトラの口ぶりは飄々としていた。
クノの話といえば、前夜祭で対峙した時に鬼の形相をしていたから、ナトラの心中を杞憂していたウォルフガングだったが、おそらく人形と向き合うことで感情の落とし所に見当がついたのだろう。
「フランベルゼ氏も覚えがあるのでは?」
とナトラが振ると、全員の視線がウォルフガングに集まる。
本来なら発言権はないのだが「どうなんだ?」と上司に訊かれては黙っている方が不躾だろう。
「おっしゃる通り、私はその場で件の魔導具を見ている。トウドウ以外にも、そこでアゼンヴェインの顔を目撃しているし、他にも見知った顔を見た。おそらくトートバスの公共霊園を一通り掘り起こしたのだろう」
不愉快な話である。
「カカッ、付け加えるならウチでも同じ情報を得とるよ? ま、断片的なモン繋ぎ合わせて推測しとるだけやから物証はないけどなぁ」
ハロルドのサングラスの奥の目は笑っていた。言ったことはウォルフガングと矛盾しないからありがたいはずなのだが、あまり心良く思えない。
「……そうかい、まぁ今はそれでいいや。具体的に、何をどうする?」
少し首を傾げたラザールは、それ以上詮索するのをやめた。物証はないにしても関係者がこれだけ口を揃えるなら信用できるということなのだろう。
ウォルフガングは小声で、アレックスに自慢する。
「やはり目立ってしまった。世界を俺を休ませてくれないな」
「……お前さん、連中に肩入れしすぎやしないか?」
「前提条件の整理で話が滞っても仕方あるまい? これからどうする?」
「協調に積極的に加担する理由はやはりないな。見守ろう」
ラザールとネリアンカも小さく言葉を交わし、ハロルドは取り出したメモを捲り内容を確認している。
そして、各々が状況整理をした時を見計らって、エドワードが「コホン」と喉を鳴らして本題に入る。
「理由は不明ですが、今回の国別対抗戦ではソヒエントと思われる妨害が頻繁しており、このままでは大会の運営自体が破綻するのではないかと、僕は危惧しております。そこで、各々の代表団が協調してこれに対抗することを提案いたします」
「敵の敵は味方ゆうことかいなぁ?」
「いいえ、ジストジエラ本部長代理。そもそもの国別対抗戦の建前を思えば、外敵に対して我々が手を組むのは正道です」
エドワードの主張は正しく思える。
しかし国別対抗戦はあくまでも政治の場。理屈通りでも“はい、そうですか”とならない。いかに各国の利益を用意できるかが重要だ。
「具体的な内容ですが…… 一つ、情報共有のための窓口の設置。二つ、襲撃に備えて、長距離移動を合同で行う。三つ、敵対勢力を排除する必要がある場合、合同で部隊を編成し作戦を行う。基本的な提案は以上です」
ウォルフガングは驚いて「ほぉ」と小さく息が漏れた。先の二つはともかく、三つ目はかなり剣呑。ソヒエントに対して受け身にはならずに攻勢であるというスタンスな訳だ。エドワードの人物像からは遠いように思えたが、しかしこれくらいの条件でなければ、クォンツァルテを引き込みことはできないだろうから、妥当と言えば妥当である。
小考したハロルドが、
「んー…… 情報を提供してもいいけど、対価はいただくよ? 僕の本業は情報屋。情報は僕の商品な訳で、タダでホイホイ差し出してたら食いっぱぐれてしまうわぁ。ま、その分内容は保証するで」
「……具体的に、どのくらいの金額を想定しているのですか?」
「それは状況とネタによるとしか言えへんなぁ。相場がないのが相場や」
「……逆に言えば、あなた方にメリットがあるならディスカウントしてくれるわけですね?」
「せやね」
ハロルドは軽い口調で同意した。彼らも前向きに考えているということだろう。
ところが、静観していたアレックスは悩ましい薄い頭を抱えながら、「んー……」とひとり唸る。こういう時アレックスは大抵、消極的にモノを考えている。彼の判断でシンカフィンはこの協調から外れるかもしれない。
それは避けたいウォルフガングは耳元で囁やく。
「……アレックスよ、協調路線から外れると、ソヒエントに対して弱腰だとバッシングを受けかねないぞ」
「トカゲの尻尾になるのは俺なんだぞ」
「うまく行った時の手柄も君のものさ」
「出世はもういいよ」
と彼は重々しいため息をついた。
実際、出世するごとにアレックスの疲弊の色は強くなる。彼のプレッシャーの受容量はヘッドコーチが限界だろう。
「……お前さん、そんなに協調したいのか?」
「ああ、将来的に大きなアドバンテージになると思うんだ」
「根拠は?」
「新しい時代が来るからさ」
と調子の良いことを言ってみた。
根拠はない、しかし新時代というものはいつだって目前にあり、結局は一歩を踏み出すかどうかなのだ。
エドワードは進もうとしている。このまま指を咥えて見ているということは、すなわち彼の後塵に配するということである。
「シンカフィンのみなさんは何かありますか?」
これまでヒソヒソと言葉を発していないアレックスに気を遣ったのか、エドワードは意見を求めた。
アレックスは少しの時間眼を瞑り、顎に手を当てると、キッと厳しい眼に変わり、
「発言しても良いだろうか?」
「どうぞ」
「正直、我々はこの提案を魅力に感じてはいない」
と明言するが、エドワードは表面上は動じなかった。心中は穏やかではないだろうが、このくらいの揺さぶりは想定内か。
アレックスは気にせず続ける。
「現状シンカフィンに実害はなく、警備に不安を感じてはいない…… ソヒエントに目を付けられるリスクを背負うとなると、本国を説得する見返りを提示してくれなくては首を縦に振れない、エドワード本部長」
「単なる“協調路線”では不十分ですか?」
「そのような曖昧なモノでは…… 少なくとも、政治家連中は納得しない。我々は所詮、雇われの身なのでね」
「分かりました。ではこうしましょう。正式な協力の締結は後回しにして、試しに、一つの作戦を実行するというのは」
「作戦?」
「はい。件の僕を襲った、そしてアゼンヴェインさんを襲った猟犬部隊に対する鎮圧作戦です。その過程、結果を元に正式に協調関係を締結、というのは」
そうきたか、と感心した。
作戦がうまくいけば、それが実績として世論を刺激でき、協調路線が前進する可能性が高まる。協調自体がうまくいかなかったとしても、現在最も有害な存在に打撃を加えることができる。
しかし、悪い方に転ぶ可能性もある。作戦が失敗すれば各代表団の戦力低下。さらにはソヒエントの怒りを買い、次の襲撃を招きかねない。
「クォンツァルテの皆さんはいかがでしょうか?」
エドワードが問うと、顔を紅潮させたラザールがどこか楽しそうに、
「俺らはやるぜ、俺らだけでやったって良いくらいだ。はは」
執念深いクォンツァルテからしたら、アゼンヴェインの仇討ちだけでもしたいのだ。オヴリウスも“使える”なら渡りに船だろう。
アレックスは、神妙な面持ち慎重に言葉を選びながら、
「……その場合、我々は戦力を出せないぞ」
「戦力に関しては、ウチらもやなぁ」
シンカフィンとセプァイルは早々に作戦を降りた。実績作りのためにリスクを負うより、途中加入の含みを持たせて静観するのがベターだろう。
ウォルフガングからしたら、もっと踏み込んでほしいところだったが、決定権がない以上は致し方ない。
アレックスは降りた事に卑屈になる様子はなく淡々と交渉を進める。
「ただ、戦力は出せんが視察は派遣したい。経過を、あなたたちの伝聞だけで評価するよりもより確実なはずだ」
「同感やな」
「その場合、あくまでクォンツァルテとオヴリウスの連名部隊ってことになるな。戦力を出さねえ連中に名誉を分けるわけにはいかねぇからな。帝国さんもそうだよな?」
「はい」
クォンツァルテとオヴリウスが主張すると「ええよ」「我々も構わない」とゼプァイル、シンカフィンが了承した。名前を出さないのは、メリットでもある。どう転んでもソヒエントの怒りを買うのだから。
「ほな、大雑把な方針は決まりやな。名前はどうする? 仮にとはいえ、決めておかないと後々面倒やで」
「それでは、ハロルドさんが決めてください。そう、ネーミングライツというのが流行っているのでしょう? 今回の情報の先払いということでどうです?」
「情報? なんの?」
「猟犬部隊の居場所、です。ゼプァイル商連で二百人もの武装集団を探すくらいワケないでしょう」
エドワードは早速、面倒になりそうな情報と金をまとめて消化しにかかる。
気に食わないところがあるらしく、ハロルドは円卓をトントンと叩ながら、
「ネーミングライツねぇ、んー…… 買い叩かれてる気ぃするけど…… ま、お試し価格っちゅうことで、それでええよ。名前、考えとくわぁ。連中、トートバスの北の森におるよ」
と、あまりに自然に情報を出したのでウォルフガングは耳を疑った。エドワードも同じだったのか、少し困ったような声で聞き返す。
「あの…… 今なんと?」
「せやから、君を襲った連中、猟犬部隊。トートバスの北の森の中におるよ。ゼプァイルラウンドが終わって港の出入国管理が甘くなるのを待っとったようやね」
「既に把握していたんですね?」
「そらそうやろ。君の言う通り、銃持っとる奴が二百人もゾロゾロしとったら気づかな、商いでけへんよ」
彼の態度は気に食わないが、協調が決まる前に「どうしてサッサと情報を提供しなかったのか?」と追求するのはお門違い。それよりも必要な情報が揃っていることの方が遥に重要だ。
ラザールは心底嬉しそうに円卓を叩き、火がついたように立ち上がる。
「よーし条件は揃った、グズグズする理由ねぇ、今すぐ行くぞッ」
「……そうですね。準備不足は明らかですが、チャンスを逃すわけにもいきませんし、早い方がいい」
エドワードは複雑そうな表情で了承した。
“今すぐ”というのはあまりにも早急だが、ここまできてブレーキをかけると、クォンツァルテは単独での作戦を主張してしまい、せっかく纏まりかけている協調関係が破綻するだろうから、エドワードとしては追従するしかないようだ。
四陣営は手早く今夜の方針を決めて一旦解散となり、帰り支度をしている最中の事だった。
ネリアンカが今にも人を殺しそうな剣幕でハロルドに近づき緊張が走る。
「本当に、アゼンヴェインを殺した奴らがそこにいるんすね?」
「モチや。俺は情報屋が本業、保証するで」
殺気をものともせずにケロッと返事。ハロルドの胆力は相当なものである。