ケイネス Ⅰ
帝国国務省の長官室は、ケイネスの趣味で骨董品がいくつも置かれていた。黄金の女神像、色鮮やかな壺、ルドルフ大帝の肖像画。ひとつひとつが国宝級の逸品で、ほかにも何気なく置かれている調度品の数々は最高級品ばかり。ケイネスの権力を如実に表している。
代表団結成式を終え、この部屋に戻ってきたケイネスが夜風を入れるために窓を開けると、営業マンが飛び込んで来た。
男はこちらの話を聞きもせず、ただひたすらに自分の持っている商品を紹介し続ける。
「なぁええやん、お安ぅしときますさかい。一回くらい、うちの商品買うてぇなぁ」
「必要ありません。間に合っております。どうぞお引取りを」
「そんなつれへんなぁ…… 人助けとおもぉて一回だけ、な?」
窓辺に腰を掛けた彼は身体を伸ばし、ケイネスに顔を近づけていた。
感情の読めない細い目と冷たそうな白い肌。爬虫類を思わせる男。かれこれ五分ほど男の話を聞いているが、全身を締め付ける不快感でめまいを起こしそうだ。確かネズミ用のホウ酸団子を先月末に部屋に置いたはずなのだが、彼には通用しないようだ。
三回、ノック音が響く。
「入りたまえ」
「失礼しま……」
部屋に入って来たのはメルト・トルテン。ケイネスの次席秘書官だ。刈り込んだ頭は一見すると男の子のようだが凛々しく着こなすスーツからは、いかにも官僚の匂いを漂わせている女性だ。
ケイネスともう一人の男を見たメルトは、血相を変えて懐から拳銃を抜き声を張り上げる。
「誰だッ! 貴様、閣下から離れろッ!」
「カカッ、おっかないなぁ」
男は道化師を見つけたようにせせら嗤うと、メルトの顔はさらに険しくなった。
しかし、発砲はできるだけ控えてほしかった。美術品に当たったら一大事だ。
「メルト、銃を下せ。彼はもうお帰りだ。下まで送って差し上げろ」
「は? いえ…… はい」
「ほな、連絡待ってます」
男は鼻歌を歌いながら、メルトと共に執務室をあとにした。
ケイネスはデスクの引き出しから葉巻を一本取り出し火をつける。香ばしい煙が鼻を抜け、少しは心が落ち着いた。
数分後、再びノックが響く。
「入りたまえ」
「失礼します」
執務室に入るや否や、冷や汗を浮かべたメルトは深々と頭を下げ、
「申し訳ございません。警備には強く抗議しておきます」
「ああ。調べておいてくれ」
彼の残した名刺をメルトに見せると、彼女は先ほどよりも顔が青くなった。優秀な娘だが、表情筋が正直なのが欠点だ。
これはこれで愛嬌があっていいが。
「……かしこまりました」
「それで、本題は?」
「は、全て予定通りに」
「結構だ」
これで下準備は整った。そう思うとこれまでの疲れがドッと押し寄せる。椅子から腰をあげたケイネスは、窓に近づき星空を見上げた。
すると夜空を切り裂く流星がひとつ落ちた。
メルトは嬉しそうに、
「吉兆ですね」
「迷信に頼ると、痛い目を見るぞ」
「は、肝に銘じておきます」
釘を刺しておいたが、ケイネスからしてもこの流星は出来過ぎに感じられ、思わず口元が緩む。
「紅茶を淹れましょうか」
「そうだな。ウィスキーをタップリ入れてくれ」
「はい、タップリ」
彼女はそう答えたがほとんど酒の味はしないだろう。
紅茶の香りが広がる前に、ケイネスは葉巻を灰皿に押し付けた。