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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
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セイリス Ⅰ

 崩壊したラジオスタジオで観戦していたセイリス・A・ラフラカンテはゾッとした。あのルシウスが肉弾戦の結果倒れるなんて想像もしていなかったからだ

 仰向けに倒れた彼の顔面は完全に潰れて血塗れで、右眼はドロンと眼窩から飛び出し、左眼は破裂。顎は完全になくなり、舌先がドロンと垂れていて。折れた歯がいくつも転がっていた。

 セイリスはすぐにルシウスの脈拍を確認する。


「……死んでます」

「イヤハヤ。これでアンダーコロシアムの命脈の尽きましたな。素晴らしい」


 ルシウスを殺したジャスパーというと、頭部は完全に潰れて頭蓋骨そのものが原型をとどめておらず、弾けた血と骨と脳漿が、ヒビ割れた壁にべっとりと散乱していた。

 ヤン老人は二人の死体にパチパチと拍手を送る。


「いやはや、ルシウス君もマーベリック氏も見事に戦い、死にましたな。実に良いものが見れました」


 隊員たちも同じ想いなのか拍手。もちろんセイリスも続いた。数秒の間続いた拍手は、ヤンがパンッと大きく叩いて仕切ると全員の意識はもう次のステップに進む。


「セイリスさんは皇太子ハンティングを続けてください。私とパトラさんはタイミングをズラしてから、ルシウスの死体を抱えて建物を降下します。下で落ち合いましょう」

「はあ? オレもかよ」


 不貞腐れた声と一緒に透明人間が姿を見せた。“黎明(れいめい)の魔女”、パトラ・パトロシアンである。その瞳の色は緑色。燻んだ金髪のドレットヘアー。彼女の肌は石炭のように黒く光沢があり、暗い室内でも輝いて見えた。女性としてはかなりの長身かつ筋肉質で黒豹のよう。美人と呼ばれることの多いセイリスから見ても憧れてしまうほどだ。

 見惚れている場合じゃない。パトラは能力の特性上、全裸なのだ。


「わ、わ、わぁ。見えちゃってます!」

「あんだよセイリス、童貞かよ」


 だが当人は元より、セイリス以外の誰一人として恥じらう様子がない。致し方ないので、セイリスは自分のマントを脱いて彼女の肩にかけた。


 そんな常識的なことは気にせず、ヤン老人が、

「パトラさん。あなたの能力の脅威は、相手を疑心暗鬼に陥せるところにあります。ヘタに所在をバレるよりも高みの見物をしていた方が効果的でありましょう。そもそも、刻印も消えてませんしね」


 確かにパトラの腹には〈積み上げる幸福(テンカウント)〉の刻印が薄光したままだった。刻印時に魔力(エーテル)が尽きない限りこのままだろう。暗いところではかなり目立つ。これでは彼女の能力は全く意味をなさない。


「ちぇ」


 ヤンの言葉で一応納得したのか、しかし釈然のしないらしく、瓦礫の上でしゃがみ込んでしまった。

 セイリスは、お尻は痛くないのかなと思いつつも話を続ける。


「負傷者が後発なのは理解しますが、ヤンさんは戦わないのですか?」

「ええ、私の仕込みも最低限ですし、これ以上は足手纏いでありましょう」


 セイリスは「そんなことはない」と言いかけて綴んだ。ヤンも長い期間の潜入でかなり疲労しているだろう。この上、不完全な装備で使っても仕方ない。


「分かりました。我々、第一小隊はこの場の処理後、ターゲットを追って降下します。下で合流しましょう」

「承知しました」

「では、この場の処理をしましょうか」


 セイリスは部屋中で縮こまっているラジオスタッフに視線を向ける。彼らはこれまでの戦闘で何人か死んでしまったが五人は生きている。物陰に隠れたり、身を寄せ合ったりしているが、戦う意思はない腰抜けに見えた。


 その中の誰かが、

「ちょっと、ま……」


 命乞いを聞いている暇はない。シエスタは手信号(ハンドシグナル)で手早く、“構え”、“発砲”と命じると、隊員達が一斉掃射。血飛沫が舞う。

 各員が数発撃つと、ラジオスタッフ達は動かなくなる。


「死は救済ですから、仕方ありませんね。さてと、床を壊します。発破の用意を」


 目下、〈銀色の仕業(シルバリオン)〉で造った蓋があった。硬化するとかなりの強度で物理的な方法で破壊するのは難しい。しかし水銀自体を相手にする必要はなく、どこか別の床を破壊すれば、問題なく下階への道が開ける。

 隊士達が適当な場所に爆薬を仕掛け、いざ発破しようとした時だった。魔力(エーテル)の尽きたのか、水銀はドロンと融けて、下階への道が開ける。

 なんとも気の抜けた事である。


 ヤン老人が、クスクス揶揄う。

「結果オーライですかな?」

「ルシウスに感謝ですね。どれどれ…… これはまた随分と張り切りましたね」


 近づいて穴の奥を観察すると、部屋の中を〈心開魚(ディスカス)〉が埋め尽くして、まともに見ることができない。当然威圧感(プレッシャー)もパンパンで、他の魔導具(ガジェット)魔導師(ドライバー)の存在に気づくのは困難だろう。


「こんなことだろうと思っていましたが。降りてください」


 セイリスは危険性を承知した上で一番近くにいた部下二人に命じる。彼らは「了解」と躊躇することなくに下階に降りた。

 当然〈心開魚(ディスカス)〉が彼らにコツコツとぶつかるが、これといって変化はなく、一人が素手で捕まえて握り潰してみると、簡単にぐしゃりとつぶれて霧散した。

「やはり魔導具(ガジェット)に対してどうこうするヤツだったみたいですね」

「検索を開始する」

 下階の二人は、ライフルを構えながら二分ほど室内をウロウロすると、穴の下まで戻ってきた。


「どうですか?」

「ターゲットは確認できないが、壁に穴が開いている」

「また穴ですか? 全員で降りましょう。それではヤンさん、後はよろしく」

「御武運を」


 セイリスは先に他の隊員を降ろし、最後に降りた。

 〈心開魚(ディスカス)〉の群れの中に実際に入ってみると、呼吸をすることすら気を使い、隊員同士お互いの顔も確認できない。「コッチだ」と声のする方に手探りに進むと、なぜか〈心開魚(ディスカス)〉の密度が徐々に落ちて視界が開けていく。

 コンクリートの壁には斬撃によって開けられた穴があった。人が通るには十分な大きさで、〈心開魚(ディスカス)〉が溢れるように外に出ていってしまっている。隣の建物とは一メートルほど離れていて、視線を下に向けると路地が左右に伸びていて大通りまでは十数メートル離れている。路地は暗く、ゴミが散乱しているが、眼下に人間が隠れることのできるモノはない。


「路地にも人を配置しておくべきでしたね…… ここから外に出たか、穴はミスリードでまだ建物内に潜伏しているかの二択ですか…… みなさんッ、予定通りターゲットを追い立てながら下の本隊と挟み撃ちにしましょう」

 忘れずに手信号(ハンドシグナル)で“解散”と命じると、隊員達は二人一組になって検索を始めた。


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