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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
68/95

アナスタシア ⅩⅠ

 既に日は暮れて外は暗いが、試合場ヴィチェンツァ・クレーターと距離が離れてないせいか、またまだキャンプの外から熱気が伝わってくる。

 試合後、特に怪我のなかったアナスタシアは〈灼煉離宮(クリムゾン・ハウス)〉の食堂にいた。シャワーを浴びた後なのでストロベリーブロンドの髪を下ろし、寝巻きのネグリジェを着ていたが、ドリスがはしたないとクドいので、渋々と肩に真紅のジャケットを羽織っている。


 食堂の一通り団員が揃うと“重役席”のエドワードが、

「それでは、勝利を祝して…… カンパーイ!」


 エドワードの音頭で祝勝会は始まると、面々に微笑みが耐えず賑やかで良い。さすがに初勝利の時と比べるとみんなのテンションが低く、料理も普段の食事と大差ないが、それでも和気藹々とした空気がキャンプの中に充満していた。

 やはり勝つに越したことはないとアナスタシアは思った。

 食堂の中にはテーブルが三列あって、席はおおよそ派閥ごとに固まって座っているが、一ヵ月以上も共同生活していると、垣根が少しは消えてきた印象だ。

 アナスタシアは、ブリュンベルク派閥(身内)の面々に囲まれてフライドチキンを頬張っていたのだが、ハンシェルがいないのに気がつき、キョロキョロすると彼がミドと話をしているのが見えた。


「ミドさーんッ」


 試合で活躍したと思っているアナスタシアとしては、ミドには褒めてもらいたいと深く考えずに声をかけて彼女の元へ歩く。


「あら、どうしたの?」

「あー…… とりあえず、席」

「へい」


 渋い顔のハンシェルを立たせて、彼が使っていたミドの隣の椅子に座ったアナスタシアは、期待を眼差しをミドに向ける。


「試合に勝ったんだし、褒めてもらおうと思って」

「あなたのそういうところ、好きよ」

「でへー」


 ミドは気だるげに、アナスタシアの頭をポンポンと数回撫でたが、すぐに手を下ろしてココアのマグカップに手を伸ばした。ミドの性格上、これでも温情なのだろうが、少し物足りない。

 すぐに元の席に戻る必要もないから、ハンシェルを立たせたまま話題を振る。


「二人は? 何してたの?」


 アナスタシアが何気なく訊くと、ミドの眉がピクリと動き、ハンシェルの方は露骨に視線が泳いでいる。

 怪しい。


「ま、これからのスケジュールのことをね」

「ミドはヘッドコーチ代理だし、俺は前衛(フロント)コーチ代理なんで、色々あるんですよ、お嬢」

「スケジュールねぇ、へー…… ミドさんミドさん、私次の試合も出れるよ。怪我してないし、元気だし」

「お嬢、他のメンバーのノルマもありやすから」

「アーシェちゃん、各ラウンド一回づつ出てくれれば良いって、前に言われたでしょ?」

「それは大会が始まる前の話でしょ? 色々バタバタしてるし、元気な奴が出たほうがいいでしょ? ミドさんだってハンシェルだって慣れないコーチ業で大変でしょ?」

「とにかく、予定は未定。お嬢はしばらくゆっくりして英気を養ってください」

「アーシェちゃん、ナトラ君がアイレーの世話になってるの知ってる?」

 急に話が変わった。


 〈アイレーの骨織(ほねお)り線虫〉は重体患者に使う魔導具(ガジェット)だ。みんながナトラのことを話題にしないのは、てっきり軽傷だからだと思っていたが、どうやら思っていたより人望が薄いらしい。


「顔とかの再生はチャッチャと治さないと障害出ちゃうから」

「まあ大半は皮膚の再生ですし、一晩もありゃ回復しやす」

「贅沢な話」

「いやもうまったく」


 などと、二人で気のない話を進めてしまう。

 なにやら邪険にされているようでアナスタシアはショックである。大人の話をしているところに割って入った自分が悪いから癇癪(かんしゃく)も起こせない。


「……そっか、じゃあナトラのこと揶揄(からか)ってこよー」


 居心地のわるアナスタシアは手土産に料理をいくつか皿に採って、医務室に向かった。

 活躍したはずなのに。

 医務室は〈灼煉離宮(クリムゾン・ハウス)〉の地下にあった。帝国ラウンドの時のテントに比べるといささか手狭だが、気密性が高い分衛生的らしい。

 入室すると入口近くにルルゥの診察ブースがあって、衝立の奥にベッドが並んでいる。


 人の気配はするのでアナスタシアは、

「こんばんはー」

「おや? 君に怪我はしなかったのではないのかね?」


 衝立の向こうから、手に〈癒々着々(ピン・ハンド)〉を装備しているルルゥが出てくる。彼女は検査するような目でアナスタシアのことを観察するが、これといった怪我がないことを確認すると、不思議そうに首を傾げる。



 アナスタシアは手の持った皿を見せつけると、

「お見舞いです」

「ああ、キラミヤか。こう言ってはなんだが、感染症対策を考えると見舞いは控えて欲しいんだがね」

 と苦言を述べたルルゥは懐のシガレットから一本取り出し、口に咥えた。

「咥え煙草で言われましてもね。ナトラここ? 来たぞ〜」


 アナスタシアは誰の了解を得ずに衝立の向こうに顔を出す、するとベッドに座る人間の顔は、人体模型のように筋肉が剥き出しだった。唐突にグロテスクなものを見たから思わず顔を背けてしまった。


「あ、人違いでした」

「合ってるよ。かえルナよ」


 確かにナトラの声だ。仕方なく、恐る恐る顔を彼に向ける。眼窩は二つとも空っぽ。鼻もなく穴があいて、唇もないから歯列が剥き出しで、リンパ液でテカテカしていた。もはやナトラと認識するのが困難なレベルである。会話も不自然である。というか、不自然ながらも会話が成立している時点で大したものである。

 どうやら、〈アイレーの骨織(ほねお)り線虫〉の処置を受ける前に、光芒(ビーム)で傷んだ皮膚の切除手術を受けていたようだ。

 ドン引きしているアナスタシアをよそに、ルルゥのシガレットケースから一本取ったナトラは、魔導具(ガジェット)のライターで自分のとルルゥの煙草に火をつけると、唇のない口で美味そうに吸って「プハー」と紫煙を吐いた。

 視力を失っている事を忘れてしまいそうになる。


「きょーのしあい、どうだ?」

「ん? 試合? ……ん〜〜、やっぱネルさん強ぇって感じ。正直、タイマンじゃどうにもならないと思う。それに……」


 アナスタシアは、ネリアンカの実力よりも感情の方が気になっていた。試合中は狂乱状態で、試合後に敗北を知った彼女は、地面に突っ伏して号泣し続けてしまった。アゼンヴェインへの気持ちに整理がつかないのは想像に難くない。

 その姿をジャーナリスト達に写真を撮られてしまったのは本当に気の毒だった。

 医務室直行のナトラは、まだそのことを知らない。明日になれば新聞が出回るだろうが、わざわざ喋ることではない。


「……なんでもない。ネルさん強かった。私はそのネルさんを見事抑え込んだってわけ」

「ほーか」

「……でだ。肉持ってきたぞ、肉」

「あ? にく、しゃヒにいへ!」

「何言ってるのかわからないよ」

 アナスタシアはクスクスと笑いながら彼の膝の上に皿を置く。


「ありアと」


 煙草を灰皿に置いた彼はフライドチキンを手に取り嬉しそうに噛み付く。

 食べるには食べれているが、唇が無いせいで肉汁がトロトロ(したた)っている。

 見るに堪えない。

 だが、憂鬱な気分が晴れる。


「ハハッ、残りは明日にしとけ」

「ア? ああ……」


 当初の予定を済まして気が緩むと、薬品とも肉とも煙草とも違う臭いが鼻先を掠めているのに気がつく。


「……なんか臭うな」

「奥で死体が寝ているからな。それだろう」

「は? え? 誰?」

「汽車の時の死体だ」

「あー…… あの女の子?」

 どのように安置しているのかは聞いていないが、死体だ。腐敗臭もするだろう。


「引き取り先が決まってなかったが、この前行った共同霊園に決まった。明日には送る」

「事務監は? どう説得したの?」

「説得も何もないよ、“正規の旅券”相手じゃ事務監はなにもできない。旅行客と同じようにそのまま共同霊園行きってことさ」

 とルルゥが説明すると、顔なしナトラは安堵したような表情筋である。


「そっかそっか」

「アんダよ」

「いや、その女の子のこと引き摺ってなかったみたいで良かったと思って。結構心配したんだぞ」

 見当違いの心配だったらしく、ナトラはポカンとした。


「ヒトが死ぬなんれ、めずらヒくもアい」

「ふーん。じゃあさ、なんでクノさんにはこだわってるの?」

「……ワからネェよ」

「あ、うん」

 打って変わって暗い雰囲気になって、それ以上声をかけられない。


 ナトラが綺麗に食べ終えたチキンの骨をポイッと皿に乗せるとルルゥが、

「さてキラミヤ、アイレーに入れ」

「アい」


 促されてナトラは水槽に向かう。

 追いかけなくちゃと思ったが言葉が見つからず、その間に彼は梯子を登って、ザブンと水槽に浸かる。

 ルルゥが水槽に手を当て魔力を注入すると、水槽の底から白い糸のようなニョロニョロと伸びてナトラの上半身にまとわりつく。こうなるともうコミュニケーションの取りようがない。


「私、なんか、マズイこと言っちゃった」

「ん? 彼は気分を害していたのかね?」

「……ルルゥ先生はもっと人の顔を見た方がいいと思う」

「何を言う。顔面が吹き飛んだから彼はこうしてアイレーに入ったんだ」

「そういう話ではないんだけどなぁ」


 せっかく試合に勝ったのに疎外感。もうちょっとくらいチヤホヤしてくれても良いのではないかと、アナスタシアは置いてけぼりになったみたいで憂鬱である。

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