ナトラ ⅩⅩⅠ
煙幕結界攻略のため煙飛沫を浴びるナトラは、冷めた頭で後悔していた。最初の接触では異様だったテンションのクォンツァルテのメンバーが、戦いが再開すると国の代表としての顔を見せている。殴り合いをしたせいで逆に落ち着きを取り戻したからだ。
オヴリウスが進撃すると、ナトラの相手をライセヒが、ジャスパーの相手をアヴローラが対応。これだとクォンツァルテにとって相性の良いマッチアップだ。
そのため、ナトラとジャスパーは機会を見てマッチアップを変えようと試みるが、その度に足元に停滞してる煙がブアッと巻き上がり、それに隠れて仕切り直されてしまう。
ジリジリとクォンツァルテ本陣に近づいてはいるものの、イマイチ決め手を欠いている感は否めない。
さすがは最強のワンパターンだ。
ナトラ、ジャスパー、エイドリアンの三人は、体制を整えるのため少し後退。
イラつく舌打ちをしたジャスパーが、
「イマイチうまくいかんな」
「もー、二人ともちゃんとしてよ」
「アーシェ、そっちはどうだ?」
とナトラが〈伝々鳩〉に問いかけるが、アナスタシアからの返答はなかった。切羽詰まっているのだろう。
代わりにエイドリアンに問う。
「向こうの螺旋風に残りは?」
「あと十七…… 六…… 五」
彼は鳥籠の中の光球をカウントダウンする。
〈螺旋風〉なくなればアナスタシア側の均衡は破られ、あっという間に降着されるだろう。
考えている時間が惜しい、勝負所である。
「一列縦隊で突っ込んで、あとは流れで」
「だな」
ジャスパーがすぐに同意するが、エイドリアンが嫌がる
「それ僕が狙われるやつだよね? ちゃんと守ってくれるんだよね? あと十羽」
「安心しろ、先に俺らが死んでやる。よし俺から行く、ついてこい!」
と返答を待たずにジャスパーが駆け出すので、ナトラは彼を追い、後ろに張り付く。
「話聞いてよッ、もうッ! 痛いのはイヤだよ!」
などと言いつつ、最後尾のついてくるあたり、彼も戦闘用魔導師である。
〈螺旋風〉が直線状に煙を切り開くと、意図を察したのか、クォンツァルテの面々も対応する。ジャスパーとマッチアップしたいであろうアヴローラが真っ先に動いた。
それを確認したナトラは、
「ジャスパー、ジャンプ」
「お?」
戸惑いながらも彼は、グッと力を込めてアヴローラに向かって跳躍。同時にナトラはしゃがんで、抜刀するため〈座鯨切〉に手をかけた。
「ちぃ」
二人から狙われている自覚があるのか、アヴローラはすぐさまジャスパーに向かってジャンプ。密着していれば、ナトラは抜刀ないという判断だろう。実際、ナトラからは二人の姿が重なって、片方だけ斬るのは不可能だ。
二人は空中で衝突、いくつかの攻撃と防御を重ねながらも密着し、そのまま着地した。
構わずナトラは抜刀する、
フリをした。
「ッは?」
実際には柄から手を外しただけだ。
アヴローラの表情からは、仲間ごと斬ろうとしてくる不可解と、フェイントだったことへの怒りが滲み出ている。同時に、彼女は目の前の脅威を忘れたしまったようで、ジャスパーの肝臓撃ちへの対応ができなかった。
「うおりゃああ!!」
「ぐおッ、おぉ」
無防備な横っ腹に〈積み上げる幸福〉が突き刺さると、くの字に曲がったアヴローラは二メートルほど宙に浮き、組み合っていた二人の身体が離れていく。
チャンスだと思ったナトラは、柄に手を戻した。
しかし抜刀を阻止しようと、煙中から黒鉄の蛇がシュルンと飛び出し口を開きナトラを襲う。
先程見た、蛇の光芒は短距離拡散型の殺傷力の低いタイプだった。よってこれに構わず、宙を舞っているアヴローラの腹を狙って〈座鯨切〉を抜いた。
彼女は苦悶に揺らぎながらも、振り下ろす太刀筋に合わせて両腕で防御を試みる。
刀身はアブローラの両腕は切断。更に内蔵を深く屠る。両断できなかったが、十二分に致命的であった。
「ぐッ」
直後にアヴローラの〈打ち上げ棺〉が発動。オレンジ色の球体がアヴローラを包み込み、天空の飛行船へと飛んで良いった。
ナトラが仕事を果たした瞬間、至近距離にいた黒鉄の蛇の口から光芒が一発放たれた。
防楯は間に合わなかった。
ナトラは抜刀の体勢のまま光芒を浴びる。被害は主に上半身。威力はそれほど強くないが表皮を焼くには充分だった。丈夫に作られてた制服は吹き飛び、直接かかった顔面は悲惨だった。
右目が吹き飛び、左目の赤く滲む。皮膚は爛れて表情筋が剥き出しになって、激痛と共に視界がバチバチと煌めく。自己暗示がなければ叫び悶えていただろう。
ナトラは聴覚を頼りに、蛇の頭を捕まえて地面に押さえつける。蛇は鎖をナトラに巻きつけて締め殺そうとしてくるが利害は一致している。
このまま試合まで決着するまで抑え込みたい。
そして、勝機を伺っていたエイドリアンがナトラを追い抜いた。
「キラミヤ! 君のことは忘れないよー!」
「良いからいけ!! ばかやろー!!」
と嘆くジャスパーに仕事は早く、既にライセヒにマッチアップを変えている。
「ようやく気前良くヤレる! 新人くんよぉ!」
「あ…… くっそおお!!」
ジャスパーは、火を噴いて突っ込んでくるライセヒに対して、流れるようなバックステップを踏みながらジャブを三連打し鎧に刻印すると、強烈な右フックを打ち込んだ。
金属同士がぶつかる甲高い音が響く。
衝撃で、重そうな鎧野郎は舞い上がり、十メートルは吹っ飛んで、地面に落ちた後も焔を制御できずにそのまま明後日の方向に転がって行く。
当然、ジャスパーは追いかける。
それで試合を諦めたのか、ライセヒは姿勢を戻すこともせずに叫んだ。
「フィア! 逃げろーー!!」
「はいぃーー!!」
フィアに戦意はなく、躊躇なく〈打ち上げ棺〉の鈴を潰して降参。性格的にも戦略的にも個別戦闘を想定していないらしい。
「あーあ、いっちゃった」
エイドリアンは至極残念そうに呟きながら本陣に向かって走る。これで彼を妨害する者はおらず、あとは降着を決めるだけである。
「時間の問題か」
実際には大した時間ではないはずだが、彼の悠長なランニングフォームのせいで、やけに長く感じる。
そして無事エイドリアンがクォンツァルテ本陣の地を踏むと、サイレンが鳴った。
同時にオヴリウス陣地の方からもサイレンが鳴った。どうやらあちらの攻防も決着がついたらしい。問題は、どちらが先かである。
「判定は!?」
スピーカーからノイズ混じりの放送が流れる。
『ただいまの、オヴリウス帝国対クォンツァルテ諸島の試合の結果は……』
ご丁寧に間を開ける。観客向けの演出なのだろうが、もどかしくて仕方ない。
『オヴリウス帝国の勝利です』
喜んでいる暇などない。すぐさま〈打ち上げ棺〉の鈴を潰して、ナトラは飛行船の医務室へと飛んでいった。