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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
64/95

アナスタシア Ⅹ

 試合開始のサイレンが鳴ると、アナスタシアは肩にかかっていたジャケット払い、ナトラとジャスパーと一緒になって飛び出した。ヴィチェンツァ・クレーターを底に向かって降ることたった三十秒ほどで、真正面から高速でやってくるネリアンカの姿を捉えた。

 カーキ色のクォンツァルテの制服の上から指揮者(リーダー)襷をかけた彼女は、背中から生える白くて大きな四枚の翼を拡げて地上二十メートルほどを飛行。長さ九十センチほどの黒鉄の戦棍(メイス)を両手で持っていた。

 何より驚いたのは形相だ。奥歯を噛み締め、グシャリと顔を歪ませて、今にも泣き出しそうだ。カジノで話をした時の穏和な表情とは違いすぎてアナスタシアには同一人物に見えなかった。


 ナトラとジャスパーも同じことを思ったのか、

「スゲー顔してる。おじさん怖くなっちゃう」

「翼の副作用(リバウンド)か?」

「んなわけにゃーべ」


 直前にクォンツァルテヘッドコーチの訃報(ふほう)があった。まだ心の整理がついてないに違いない。彼女の心境を想うと、戦うことに申し訳なさを覚えてしまう。

 などと逡巡(しゅんじゅん)していると、アナスタシアの顔を見なくても察したのか、ナトラが静かに叱る。


「おいこら、アーシェ、分かってんだろうな」

「ああッ、やーるぞッてーの!」


 頭を振って雑念を払い()えたアナスタシアは魔導具(ガジェット)を起動。〈嘲笑う白刃(トーネード)〉で短槍を一本造り、〈蝶々発止(ファンブル)〉の板を蹴ってネリアンカに向かって飛び跳ねた。


「そぅらッ!」


 同時に、全身をバネのように伸ばして槍を突き出す。対したネリアンカは二枚の翼で自らの身体を覆った。

 電光石火の貫撃は刀身(ブレード)こそ厚い翼を通ったものの、続くハンドル部分になると万力に捕まったみたいにビクともしなくなった。

 〈偽天契約(エンジェル・ダウン)〉は翼を創り空を飛べるようになる魔導具(ガジェット)だが、見かけによらず頑丈で防楯(シールド)として機能する。


「ナトラーッ、やっぱ無理だよー!」

「見りゃ分かる」

「くあああッ! ふんっぬらぁ! 落ちろよぉ」


 ヒステリックな絶叫と共に翼をバサッとはためくと、槍から手が離したアナスタシアは宙を舞う。ネリアンカが無防備の槍姫に反撃しようと戦棍(メイス)を振りかぶった瞬間、ナトラは「ふッ」と〈座鯨切(ざくじらぎり)〉を抜刀した。


 伸びる刀身(ブレード)がネリアンカを襲う。

 彼女は攻撃を中断し戦棍で斬撃を受ける。

 ガキィィンッと(つんざく)く鋼音が試合場(バトル・エリア)中に響き渡った。


「ぐぅッ! なんのッ、これくらいでェ!!」


 言葉とは裏腹に、ネリアンカの姿勢が崩れ次の動作がモタついた。

 座鯨切(ざくじらぎり)の伸長時、その勢いが刀身(ブレード)に乗る。まともに受ければ、魔導師(ドライバー)であっても姿勢を保つのが困難なほどの衝撃で、空を飛んでいる場合はより顕著だ。

 チャンスと見た落下中アナスタシアは、再び〈蝶々発止(ファンブル)〉を蹴って急上昇し、体勢の悪いネリアンカに迫る。

 右手にはやはり短槍。今度は突きではなく、全身を独楽(こま)のように回りながらの斬りつけ。

 しかしまた翼で受けられ、今度は(きっさき)が羽根の合間に埋まる。

 だが二度目ともなれば分かりきっていた事。だから、アナスタシアの狙いはこの次だ。

 勢いそのままに埋まった槍を軸にしてクルリと身体を上下逆さになると、気合の入った叫びをあげる。


「いっくぞ!」


 両手で槍をしっかり持って〈蝶々発止(ファンブル)〉を最大出力で蹴った。


「さぁらぁッ!」

「んぐッ!」


 |錐揉《きりも〉み回転しながら二人は急速落下。

 景色がグルグル回り酔いそうなのも予定通り。アナスタシアは五感をフルに使って身体を動かす。

 先に刺しておいた槍を両足で踏んで、閉じようとしていた(ガード)を強引にこじ開けた。さらに左手は短槍サイズの嘲笑う白刃(トーネード)を用意。


「とったらぁ!」


 翼の間隙に槍を突っ込もうとした瞬間、神経の冷える嫌な予感。世界が鮮やかさを失い、スローモーションになる不思議な感覚。

 アナスタシアは咄嗟に体ごと腕を引いてネリアンカから離れる。

 次の瞬間、翼の内側から紫電が撃ち放たれた。


「うわッ、こっわッ」

 大迫力の閃光が網膜に焼き付き、ノイズじみた音が空気を震わす。

 アナスタシアは落下しながらネリアンカを見る。恐ろしい形相で差し向ける戦棍の頭の部分には紫電が帯びていた。

 電撃使いは身近にいるが、それとは比較にならない威圧感(プレッシャー)と気迫の強さである。回避していなければ左腕は丸焦げになっていただろう。

 魔導具(ガジェット)、〈雷迅二式(サンダーボルトⅡ)〉。雷を発し、敵を破壊する戦棍である。打撃時に流し込むのがメインの使い方だろうが、中距離戦もこなせる厄介な代物である。〈偽天契約(エンジェル・ダウン)〉の突進力とも相まって、彼女を真正面から迎え撃つのは難しく、突破力は今大会屈指である。

 ネリアンカは姿勢を戻し、落下するアナスタシアを狙うが、ナトラが〈座鯨切(ざくじらぎり)〉を再び伸ばし、撃ち下ろす。ネリアンカは雷撃準備をやめ、これを防御した。

 衝撃でやはり大きく弾き飛ばされるが、無理に踏ん張らずこれを勢いに変えて一度落下し、翼をはためかせ上昇。

 〈座鯨切(ざくじらぎり)〉が届かない高さまで行くと、ネリアンカはストレッチするように広げて翼をバサバサと振ると、羽根の合間に埋まった短槍がすっぽ抜けた。

 そして空高くから地上を見下ろす。

 彼女は本格的に戦闘モードに入って魔導具(ガジェット)のみならず、全身からバチバチと電流が放たれていた。

 間違いなく強敵である。


 その間に着地していたアナスタシアは、見上げ、

「いやー、死ぬかと思った」

「試合中ずっとだぞ、お嬢ちゃん」

「面白くなってきやがった!」

「結構」


 痛いのは嫌だ。でも、何もできないのはもっと嫌だった。何より、高揚感がアナスタシアの身体を掻き立てた。


「よし、キラミヤ行くぞ!」

「ああ」


 曇天を背にしたネリアンカは相手にナトラとジャスパーができることはもうない。二人はクォンツァルテの本陣(ホーム)に向かって再び走る。

 こうして一対一(タイマン)が始まった。

 と言ってもいきなり派手に撃ち合う展開にはならなかった。ネリアンカは翼を大きくはためかせてさらにさらに高く上昇。試合場(バトル・エリア)には高度制限がないから、空を使って大回りに移動し、オヴリウス本陣(ホーム)の真上に着くつもりだろう。ネリアンカの狙いはあくまで降着(タッチダウン)。こんなところでアナスタシアと戦闘をする必要がないのだ。

 想定通り、アナスタシアも引き返す。最高速はネリアンカの方が速いが、〈蝶々発止(ファンブル)〉を使い、最短距離で戻れば時間的に余裕があった。

 本陣(ホーム)まで戻り、着地すると、“仕込み”中のエイドリアンが目を丸くして出迎えた。


「えッ? もう戻ってきたの! ヤバイ感じ?」

「ヤバイ。だから早くしろって」


 目を凝らして上空を確認すると、雲下を泳ぐ飛行船(一等席)よりさらに向こうにネリアンカが滞空していた。通常ではありえない高度だ。


 アナスタシアは大雑把感覚で、

「七百メートルくらい?」

「どうかなぁ? そんなには高くないと思うけど?」

「……動かないね」

「……動かないな」


 すぐに降下してくると思っていたが、なかなか行動を起こさない。ネリアンカの動きに合わせて対応する予定だったのだが、かえって困る。


「さて、どうするかなぁ」


 事前のミーティングで彼女の行動はいくつか想定していたが、高高度で滞空(このパターン)は考えられていなかった。距離が離れすぎている、動き出す様子もない。彼女の意図が読めない。

 休憩でもしているならありがたいのだが。

 アナスタシアの方から突っ込んでも良いのだが、いかんせん高すぎる。かといっても、ネリアンカが降りてくるのを待つのも性に合わない。


「……私も上昇(あが)って良いかな?」

「結構高さあるよ? 大丈夫、色々?」

「放っておくわけにもいかないよ」

「ノープランかよ。まぁ好きにしたら? アレの対応は君に任されてんだからさ」

「うーん…… よし、行ってくる」


 思うところが色々あるが、“待ち”は性に合わない。

 エイドリアンの他人事な「ガンバレー」を背に、アナスタシアは〈蝶々発止(ファンブル)〉を踏んだ。

 一跳ねで、ピョーンと五十メートルほど上昇。

 連続起動(リレイズ)してグングン上昇する。

 跳ねるごとに気温が落ちて、冷たい風を頬に感じる。

 高度五百メートルにあるはずの飛行船の横をスルリと抜け、さらに二回跳ねると、灰色の空で二人は激突した。

 ネリアンカは先ほどのヒステリックな表情からは幾分か落ち着き、しかし辛そうな表情だった。

 滞空は、心を整えていたのだろう。


「ネルさんッ! 来たよ!」


 呼吸も忘れる空中戦は一分ほどだった。

 アナスタシアは両手に〈嘲笑う白刃(トーネード)〉の短槍を持って、早く、鋭く、斬撃を繰り返すが、相手は帝国ラウンドMVP。堅牢な翼と重厚な戦棍、そして電撃。反撃を受ける毎に短槍は砕け、弾き返されていくが、何度も何度も空中で跳ね、食らいつく。

 お互いに無傷のまま二人は降下していった。

 正確な高度は不明だが、オヴリウス本陣(ホーム)まであと三百メートルは切っているだろう。

 だが、ネリアンカは降下をやめた。

 地上近くには緑色に発光するの大量のハチドリが飛び交っているからだ。

 本陣(ホーム)の真ん中には“仕込み”を続けるエイドリアン。彼の持つ、底の抜けた鳥籠から次々とハチドリが生まれて、布陣し、殺風景なクレーターの一端に色を差していた。

 自律型魔導具エキストラ・ガジェット、〈螺旋風(ウィンドリル)〉の仕事である。既に百羽以上いるだろ。これでは迂闊に突っ込めない。

 アナスタシアは〈蝶々発止(ファンブル)〉を起動(レイズ)。そして宙空に現れた六角形の板の上に足を乗せるが、能力が発動しないように制御して、空に立つ。


「ハアハア、どうしたのネリアンカさん、ふう、もう終わり?」

「ちょっと…… 静かにしてほしいッズ」


 言葉使いこそ丁寧だったが、直後に左手の人差し指を噛んだ。ストレス過剰による自傷だ。よほどメンタルが切迫しているらしい。


「おっかないおっかない、あとは任せたー」


 この場をアナスタシアに任せたエイドリアンはクォンツァルテ本陣(ホーム)に向かって一目散に走り出す。


「にがさねぇッズ!」

「おっと!」

「邪魔っズらぁ!」


 紫電を撃つために雷迅二式(サンダーボルトⅡ)をエイドリアンに差し向けるネリアンカの正面に移動し、射線を塞ぐが、彼女はお構いなしに撃ち放った。


「うおぁ〈蝶々発止(ファンブル)〉ッ!」

 普段は足元ばかり展開する跳ねる板を、珍しく自らの正面に展開した。紫電がこれに触れると、百八十度方向を変え、ネリアンカの翼を掠め曇天に消えた。

 アナスタシアは主に移動用として使っているが、〈蝶々発止(ファンブル)〉は、本来は迎撃用(カウンタータイプ)防楯(シールド)だ。人間のみならず様々のものを対象に弾き飛ばす事ができ、雷も範疇に含まれる。

 とはいえ流石に、雷撃を綺麗に跳ね返すことは難しく、閃光は虚空に消えた。

 これで警戒してくれれば幸いだったが、彼女は雷撃を続ける。もはや狙いがアナスタシアなのかエイドリアンなのか分からないほど、雑な狙いだ。おかげで防御はかなり楽だったが、“滞空”込みの〈蝶々発止(ファンブル)〉の連発で、ゴッソリ魔力(エーテル)を消費。魂魄不振(エンジン・ストール)を起こして頭がクラクラしてきた。


「お嬢ちゃーん、あとはガンバー」

「能天気かよ」

「ちぃッ」


 そうこうしているうちにエイドリアンは雷撃の射程距離の外に出た。彼がクォンツァルテ本陣(ホーム)降着(タッチダウン)するのが今回の勝ち筋だから、サッサと行って良いのだがもうちょっと感謝してほしい。


 頭を振って気を取り直し、

「こっちも仕事なんでね、時間、稼がせてもらうよッ!」

「それが…… なんなんズ? おまえなんてッ あたずはッ…… 殺してやる」


 平静を取り戻したと思ったネリアンカの表情はまたグシャリと歪み、涙目で、支離滅裂な暴言を吐いた。

 アナスタシアはその感情が僅かしか自分に向けられていないと理解していたが、悲しくて、恐ろしかった。

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