ネリアンカ Ⅰ
クォンツァルテ諸島代表団キャンプのテントは全て同じで、諸島内で昔から使われている白い円錐形で中央に柱があるタイプの物だ。
テントは、管理している者によって敷かれる絨毯が変わり、会議用テントの絨毯は茶色ベースに白い刺繍が縫われていた。その中には大きなスクリーンがあり、大量の椅子がそちらを向いている。
ネリアンカはポールにもたれ掛かり膝を抱えて座っていた。
先ほどまで、対オヴリウス帝国作戦会議を行っていたのだが、ネリアンカは全く話を聞いていなかったので居残りである。
クォンツァルテ諸島代表団の総監督、ラザール・ガレイジュクは椅子の一つをネリアンカの前に移動させてどっしりと座った。
「全く頼もしいことだよ、俺が新人の時はよ、あのスクリーンに穴が開けるくらいガン飛ばしてよ。殴り合いながら作戦決めてたんだぜ?」
彼の年齢はちょうど五十。体格は現役時代と遜色ないが、肌のハリツヤは無く年齢以上に老けて見える、皺の深い強面が印象的な男である。就任して初めて大会であるが、今日まで戸惑いの色を見せた事がなく指導力もあり、同時に団員に精神的な強さを求めるところがある。
ネリアンカは涙声を振り絞り、
「総監督…… ずみまぜん……」
「ネル、アゼンのことは一旦忘れろ」
ラザールが突き放すように言った。
ネリアンカは、涙を蓄えた眼でキッと睨みつけるが彼は全く動じる事なく、睨み返してきた。
クォンツァルテ諸島代表ヘッドコーチだったアゼンヴェインは、対オヴリウス戦のファーストオーダーが決まったので祝い酒をしてくると言い残し、ゼプァイル・シティの夜市に一人で消えたのだ。他の代表団ならば一人で街に繰り出す事はまずないのだが、おおらかな気風の諸島代表団ではありきたりな出来事に過ぎない。
しかし、それっきりなんの連絡もないまま二日が経過し、八時間前、彼女の遺体がゼプァイル・シティの路地裏で発見されたと連絡があったのだ。
流星事件でクォンツァルテから死人が出なかったから、ネリアンカにとっては自分の同僚が死ぬのは初めてのこと。しかもそれは自分の師匠と呼べる人だから余計に胸が締め付けられる。
「忘れろって…… 死んじまったから、もう考えても意味ねぇってことっずか?」
「ネリアンカ、お前の役割はなんだ?」
「試合で、エースで…… 勝つ事です」
「そうだ。お前がやらなきゃいけない事だ。そうあいつに教わったんだろ?」
「はい……」
「犯人には、我らクォンツァルテの同胞に手出しした報いを絶対に受けてもらう。絶対にだ…… だから気が熟すまでやるべき事をしろ」
ラザールの言葉にはグツグツとジックリ煮え立つ強い意志を感じた。
しかしそう簡単に気持ちが切り替えられるほど、ネリアンカは器用ではない。
「とにかく試合は明日だ。それまでに作戦の確認しておけ。ま、お前がやる事は今までと、そう変わらん」
「はい……」
ラザールが会議用テントから去ると、ネリアンカは一人渡された資料に目を通す。だがいつまで経っても頭の中には入ってこなかった。
よく分からない、暗い感情を持て余した。この感情が良くないものだとは理解できる。しかし、どう処理すれば良いのか分からずに、ただただ思い出が巡る。
「うう、アゼンヴェイン……」
溢れる辛い感情は、ボロボロと涙となって落ちた。