ルルゥ Ⅲ
シトシトと雨の降り出した。
オヴリウス帝国代表団医療班、班長代理ルルゥ・ヘンドラムはゼプァイル・シティのとある路地裏にやってきた。雨足は大したことないのだが、ポニーテールにした赤髪はただでさえ酷い癖毛だが、湿気のせいでいつもよりモワッとしている。
そこは繁華街に面しているが、暗く、細く、好んで近づく者は少ないだろう。入り口は黄色いテープで区切られ、内外には大勢の警官が煩わしそうな表情を浮かべて密集していた。
「ここでいい」
「へい」
鞄を持ち直したルルゥは、護衛役として同行していたハンシェルに傘を渡してから黄色いテープをくぐる。
十メートルほど奥に進むと、壁に寄りかかるようにした、首のない裸の女の死体が座していた。相当な出血をしたのだろう彼女の身体は雨で洗い流せないくらいの鮮血がベットリとへばりついていた。
その死体の前には、見知った白髪の老顔がやたらとデカいパイプを燻らせていた。
「お久しぶりです」
「おう、しばらく見ねぇうちに痩せたか?」
彼の名前はシシロ・クロフォード。どこかの小国出身の医者で各国を転々とし、今は同盟事務局に医官として腰を据えている。特にルルゥと仲が良いわけではないが、何度か一緒に仕事をした事がある。
「正直、代表団の医者がここまで重労働とは思いませんでした」
「今大会はなぁ、流星事件があったからなぁ。同盟事務局も、ピリピリしてるよ」
「にしても、よく公表しましたね。コレ」
「仏さん、珍しい死に方をしてるからなぁ」
「そうですね」
ルルゥは挨拶もそこそこに死体の前にしゃがみ、すぐに検死を始める。
首の傷は見た事のないモノ。少なくとも教本には載っていない独特のモノ。ルルゥの知らないモノ。
「こういう仏を見るとワクワクするだろう?」
「いえ、私は死体にはあまり」
「そうか、ウマが合わねぇな」
「で? 魔力残滓は?」
「取れた、同定もした。〈骨喰の王〉っつう八十年ほど前に行方不明になっている魔導具だ」
聞いたことのない魔導具だったが、同盟事務局のデータベースに載っているのなら正規の手続きで検索できるだろう。
シシロは口から白い煙を大きく吐きながら、
「これと似たような首なし死体が最近ゼプァイル市内で相次いで上がってる」
「また物騒ですね。初耳ですよ」
「俺もさっき知ったんだ。仏さんはみんな身元不明だから同盟事務局じゃなくてゼプァイル市警が捜査してたのよ」
「なるほど、国別対抗戦との関係は?」
「そこがイマイチ曖昧でな。おかげでどっちが捜査の指揮を取るかでギスギスしてるよ」
「はい?」
「捜査をするのが同盟保安か、市警かで揉めてるんだよ」
「なぜ?」
「警察は面子があってナンボだからだ」
「はて?」
ルルゥには全くもって意味がわからなかった。
諦めたのか彼はガックリと肩を落とし、
「……ま、医者には関係のない事さ」
と言ってパイプに口をつけた。
ルルゥは彼を無視して一通り検死すると、医療機器を鞄にもどし、
「死体は確認しました。私たちは帰ります」
「おう。国別対抗戦が終わったら医者連中で呑みに行こうや」
「はい、では」
きっと実現しない約束をして規制線を越えて路地を出ると、金髪を五分刈りにした地黒の男がいた。クォンツァルテ諸島代表団総監督、ラザール・ガレイジュクだ。彼は傘も刺さずに立っていて、ルルゥを睨みつける。身の危険を感じるくらいに殺気を纏っていた。
庇うようにハンシェルが傘を差し出してきたハンシェルが小さな声で、
「先生、大丈夫ですかい?」
「関わりたくないところだが……」
しかし死者の関係者だ。挨拶もなしに帰るわけにもいかない。ルルゥにも、それくらいの常識は持ち合わせていた。
「この度は…… お悔やみ申し上げます」
「お前らか?」
「いいえ」
「そうか…… いや、いいんだ、どっちでも。言いたいのは、ウチのモンに手を出したからには、キッチリ落とし前つけるからって話だ。それだけ、広めてくれればいい」
「……広めてよろしいので?」
「ああ、必ずぶっ殺す」
「剣呑ですな」




