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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
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グラディス Ⅰ

 蛍光灯が照らすオヴリウス帝国のテントの中にグラディスは居た。

 長机が一列になるように組まれて、帝国国務省の高級官僚たちが座っている。彼らは、やれ「帝都から遠い」だ、「土臭くて嫌だ」とかグチグチ唱えているが、ほとんどの人間はいなくて支障がないのでサッサと帰ってほしいと嫌気が差していた。

 ホント、何しに来たのだろう?

 彼らに挟まれる格好で、グラディスは真ん中の席に座っていた。わざわざ座り心地の良い椅子を用意したのに、たったの二時間でグラディスの腰はキリキリと悲鳴をあげている。

 それとは別に、入り口近くにポツンとパイプ椅子が置かれていた。


 今回で第二十三期目となる国別対抗戦(オリスタイラム)。全六ラウンドに別れ、それぞれが六大国のいずれかで開催される。各ラウンドごとに総当たり戦をするから合計で三十戦試合を行う。

 参加できる人数は三十二人で、未登録の枠があれば国別対抗戦(オリスタイラム)開幕後でも追加で召集できる。

 試合は週に一回、土曜日に行われ、半年以上の長丁場となるため、純粋な戦闘員(アタッカー)だけではなく、彼らを支える事務員(スタッフ)も大量に用意しなくてはならず、しかもそれも三十二人の登録枠に含まれるから大変だ。

 オヴリウス帝国代表団は、三十二人のほとんどが決まっており、開幕に向けてあと数人取ろうかどうか、というところ。

 今は、先ほどの特別試験(セレクション)で候補にあがった者たちの面接の時間である。


「次は?」

「天龍院のキラミヤ・ナトラ。彼が最後です」

 誰かが問うと、秘書の一人が彼を呼ぶためにテントの外に出て行った。

 名前を聞いて、グラディスはハッとした。アナスタシアと試合をした若者であった。


「大丈夫ですか? 特別試験(セレクション)を見た感じだと、だいぶ原始的な魔導具(ガジェット)に見えたんですが?」

前衛(フロント)なんちゅうもんは本来ああいうのじゃ。最近のは仕掛けが凝りすぎだ」

「動きも良かった。即戦力なのでは?」

「広報としては中立国の人間を取るのはやめていただきたいのですが……」


 各々の立場で好き勝手に言い合い、テントの中は喧騒に沈む。彼の潜在能力が認められている証拠だ。


「連れてきました」

 秘書の後ろから入ってきたナトラは治療をまだ受けていないのか、左手は氷袋に浸かっていた。


 それを心配した誰かが、

「別の日にするか?」

「いえ、慣れているので」

「じゃあ、座って」

「どうも」

 (うなが)すと、淡々と返事して椅子に腰掛ける。


 グラディスは重い空気を払うように、喉を鳴らしてから、

「キラミヤ・ナトラ君。貴方はどうして、国別対抗戦(オリスタイラム)に?」

「はい自分は長年、国別対抗戦(オリスタイラム)の……」


 用意していたであろうセリフが、突如声が止まる。

 言葉が喉に詰まって出て来ない様子だった。


「カンペを見ても構わんぞ?」


 役人の一人が意地悪く揶揄(からか)うと少し場の雰囲気が弛緩する。

 ナトラは考えを巡らせているのか、視線を伏せたまま落ち着いている。


「言いたくない?」


 グラディスは(さと)すように問いかけた。

 深く呼吸をするとナトラの目付きが少し変わり、(まと)う雰囲気も変わった。


「いえ、自分は……」

 そうして彼は、記憶の糸を辿って、身の上話を始める。


 前回の国別対抗戦(オリスタイラム)では天龍院からクノという女が参加した。

 天龍院の名は、国別対抗戦(オリスタイラム)の関係者にとっては縁遠いからグラディスは中々思い出せなかったが、話を聞いているうちに(おぼろ)げに、爽やかな立ち振る舞いの女が脳裏に浮かんだ。


「確か、その女死んだんじゃなかったかい?」

「はい、剣聖ウォルフに斬り殺されました」


 なんでもないような言い方なのが逆に痛々しい。

 ウォルフガング・フランベルゼは、国別対抗戦(オリスタイラム)において三大会連続最優秀選手を獲得した男だ。あまりにも完璧な戦いから“剣聖”と通り名がつくほどで、大陸中に名声を轟かせている。

 クノが消えてからの四年間、ウォルフガングと戦うため研鑽(けんさん)を積んできたとナトラは語った。

 彼の話が終わると、オペラ歌手を思わせる低声が突然響いた。


「つまりは復讐が目的かね?」


 強い口調ではないが力のある言葉で、まるで犯罪者を尋問する検察官だ。白髪をオールバックにした鼈甲(べっこう)眼鏡の老紳士。目尻の(しわ)こそ目立つが精悍な顔つき、鋭い眼光は猛禽類のそれだ。彼はケイネス・ローランド・フォン・ノルマンディー伯爵。帝国国務省の長官で、グラディスにとっては一応の上司になる。


「そう…… ですね、自分は剣聖ウォルフに一泡吹かせたいんです」

「君の姉弟子のことはとても残念だ。だが我々は国別対抗戦(オリスタイラム)に尽くしているのだよ。全ての試合に集中できない人材を採用するわけにはいかないな」

「もちろん試合に出れば全力を尽くします」

「どうかな? 剣聖ウォルフが亡くなれば気が変わるに違いない」

「そんなことは」

「おいおい、老人を置いて勝手に話をすすめないでおくれ」


 グラディスは、このまま自分の職責を踏み躙られるのが看過できない。

 何よりこの男が嫌いだ。


「ノルマンディー伯爵、代表団の選考は全部私の仕事。これは陛下の御意向だよ?」

「これは失礼。ただ、外国人の素行調査は私の管轄かと思いまして」


 彼は仰々(ぎょうぎょう)しく肩を(すく)めた。

 舌打ちしたい衝動を抑え、グラディスは話を進める。


「そのクノさんが所属していたのは?」

「ゼプァイル商連です」

「そっちに行かなくていいのかい?」

「実は何度か接触したんですが、(ことごと)くフラレました」

「情けないねえ」


 グラディスが呟くと、ナトラが「ハハ」と乾いた声を出した。

 天龍院には前回大会の時のモノだけでは無く、ゼプァイル商連とのコネクションはいくつかあったのだが、どのルートを通じても出場のための交渉すらさせてくれないありさまだ。


「おかしいね」


 ゼプァイル商連は戦闘用魔導師タクティカル・ドライバーの水準はそう高くない、前回大会では最下位であった。今回も苦戦を強いられるだろう。

 にもかかわらず、安値で契約できそうな魔導師(ドライバー)を目の前にして、話もしないのは彼らの常識から反している。


「やはり、厄介事(やっかいごと)に巻き込まれそうですなぁ。リスクは回避するのが賢明です」


 ケイネスの言うとおりである。

 確かに、特別試験(セレクション)の内容は取り立てて優秀という印象ではない。あくまで“候補者の一人”くらいなものだ。それに引き換え、彼のバックボーンは危うい。

 だか、彼の言いなりになるのはゴメンだった。

 何より、グラディスの博打は大穴狙いである。


「あんた、剣聖ウォルフを倒せるかい?」

「問題ありません、そのためにここまで来ました。断言しましょうか? 剣聖を殺しますよ」


 強い言葉に返す言葉が出なかった。

 蒼い顔をした彼の返事は鬼気迫っていて、キリキリとした威圧感(プレッシャー)が場を支配する。

 しばらく沈黙が続くと、ナトラは悲しそうに視線を下げた。きっと、本音の本音を言ったことを後悔しているのだ。

 グラディスの直感が“大穴”と確信した。


「ノルマンディー伯爵、良いね?」

「本部長判断であるなら、ただ……」

「うん?」

「今ここで契約するのはよしておきましょう。皆さんにも時間が必要でしょうから」


 テントの中を見渡すと、官僚たちの顔は悩ましげな顔をしていた。不安要素をあげればキリがないからだろう。

 肝の小さい連中である。


 ここで強引に契約すると、あとで(しわ)寄せが来ると考えたグラディスは、

「……そうだね。小僧、細部を煮詰めるのは今度にしようか」

「自分は構いません」


 また日を改めて話をすることを決め、ナトラは医者と共にテントを後にした。

 それを見送ると、グラディスは一人の男を呼びつける。


「カイト、どうだい?」

「けっこう綺麗っすね」

 透明な板を持って来たカイトは、そこに描かれている波線について丁寧に解説した。


「やましいのはなし?」

「何ヶ所か跳ね上がるんですよね…… ここ、ウォルフの名前が出るたびに。まあ信頼できるのでは?」


 カイトは魔導具(ガジェット)を使い人の精神状態を測る専門家だ。老いた頭ではよく分からなかったが、専門家がそう言うのだから問題ないだろう。


 すると、ケイネスが、

「それにしたって、すり抜けることはあるのでしょう」

「可能性なんてキリないよ。あんた、自分が悪魔じゃないって証明できるかい?」

「ご冗談を…… いずれにせよ、こちらでも調べせていただきます。終わり次第、ご連絡差し上げます」

「なるべく早く頼むよ」

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