ユーリ Ⅱ
六月十三日 水曜日
ゼプァイル・シティは、元々は何もない荒野だったが、金脈が発見されるとすぐにゴールドハンター達が集まり、さらに商人たちが集まって発展し、それから金融、物流の起点として整備されていった。つまり先に都市ができて、後から国として成立したのである。
街並みは常に最新で、コンクリートのオフィスビルが乱立し陽の光でギラギラと。遠目からでは蜃気楼のようですらある。その街の周りは三方を荒野が広がっているが、北側にはヴィチェンツァ・クレーターがあり、今回はここが試合場に設定された。
そのためクレーターの周囲には各国のキャンプ地が間隔をあけて設営されている。当然、オヴリウス帝国代表もキャンプを設営していた。
この日の午前中、布陣されたばかりの〈大いなる卵胞〉。内側には出来立てホヤホヤの〈灼煉離宮〉。土中の成分によって色や艶に差異が現れるのだが、今回のはダークブラウンの一色の殺風景な印象である。その三階の一番奥にある部屋がユーリにあてがわれた執務室だ。ここには、ニスの光沢が美しい大きな執務机と、資料の入ったダンボールの山が所狭しと並べられている。
ブランド物のスーツを着て整髪料で髪を整え、どこのファッション誌に出しても恥ずかしくない格好のユーリは、ドッシリと椅子に座り人を馬鹿にするような笑みを浮かべ、デスクの前に立つシエスタ相手に声を浴びせていた。
「でーすーかーらー、何度も不可だと言っているじゃ、あーりませんか」
「そこを何とかして欲しいとこうしてお願いしているのです」
悔しいそうには奥歯を噛んだシエスタが頭を下げた。プライドの高い女が恥ずかしげもなく懇願する様を見ると、ユーリの征服感が満たされて最高の気分だ。
彼女の用件は、先の銃撃事件を捜査するための、ゼプァイル・シティ警察への申請であった。
まともな国であれば、国別対抗戦代表団が関わったならそれなりの捜査を行うのが普通である。ところがゼプァイル商連は拝金主義で、警察もその例に漏れず、最低限の初期捜査はともかく本格的な捜査をさせるためには、誰かが相応の金銭を支払う必要があるのだ。
ユーリは高揚感を覚えながら彼女の旋毛を眺めていると、痺れを切らしたシエスタが再び顔を上げた。
「ゼプァイルで金がかかるのはいつもの事だろう? 予算は近衛から追加がある。問題はないはずだ」
「近衛の予算は帝国政府の予算。これを精査せずに湯水のごとく使うだなんて…… 帝国臣民が許しても私が許しません。そもそも我々は今、帝国政府とは無関係ということになっています。にも関わらず皇太子という地位を引き合いにしている時点で無理筋なことを理解してますか?」
国別対抗戦参加者は外交問題を回避するためを所属国の市民権を停止し、代わりに同盟事務局が管理する外交特権を得ている。
すなわち“形式上”は、エドワードは帝国の人間ではなく、連なって皇太子ではないことになっている。 無論と形式を重んじているのはユーリくらいな者であるが。
「ことは急を要する、殿下の御安全を保証するのに必要なものだ!」
「本当ですかー? 大体、死んだのはオヴリウス代表団とは関係ない極東の娘と、この報告書には書かれていますが? 我々の被害とて、“イザコザに巻き込まれただけ”。完全に我々の守備範囲外ですよ。それとも? 一般人じゃないんですか? この少女」
無論、ユーリとてスズリの素性は把握しているが、書類上は一般の渡航者である。だからこその攻め方がある。
デスクの上に置かれた一枚の報告書をこれ見よがしにトントンと叩いた。
「イヤ、それは…… 無論我々とは無関係な娘だ…… だとしてもッ、殿下、いや、代表団のすぐ近くで事件があったのは事実だ! 調査する必要性は十分にあると判断する!」
「判断するのは事務監である僕の仕事です。違いますか? 違いませんね? 過去の事例を参考に、今件の事態は終了したものと判断します。いいですね?」
「しかしッ、実態はそう甘くはない!」
ユーリは得意げに微笑んで背もたれに身を預けると、デスクに積まれた資料の山を自信満々に指差した。
「実態? そんなものは幻です。真実はいつも書類の中にある。そうでなくては法治は成り立たない。どうしてこんな簡単なことが分からないのですか? それともあなたが提出した報告に不備があるのをお認めになりますかー?」
ぐうの音の出ないほどの正論、これに反論できるものはそうそういない。秩序を重んじる近衛相手であればなおさらである。
「……手をこまねいていれば団員に危害が及ぶかも分からない。情勢が読めないのなら、先手を打っておくべきだ」
「起こってもいない事を根拠にされても…… あなたは預言者ですか?」
「……殺されるのは貴方かもしれないのですよ?!」
「ルールに殉じるなら本望ですねー」
ニコニコとしていると、彼女はそれ以上何も言い返せなくなったようだ。よほど悔しいのか、下唇を強く噛み締めた。
愉悦である。
「貴官は、どこまで……」
もはや返す言葉もないのだろうが、しかし黙ってられないのか、怒気をこめて恨み節を吐く。
「……あなたは、やはりノルマンディー伯爵の野望のために、このような妨害行為をしているのか?」
「シエスタさん、勘違いしないで下さい。私はあくまで事務監としての職責を全うしているだけです。そうでなければ、とうに更迭されているでしょう? 不備があるのはそちら側ですから、勘違いなさらぬよう。で?」
「……失礼する」
ユーリが勝ち誇った気分になると、シエスタは早足で部屋から出て行った。
部屋の外から響いてくる足音の余韻に浸りながらデスクで仕事を始める。
ユーリは孤立無援だ。
団員たちには嫌われ、帝国本土からの情報も制限される。
しかし新聞や公的機関の広報誌を大量に集め、分析する事で、世界の情勢は幾らでも推測できる。
するとどうやら、この国でもまだまだ波乱起こりそうな予感がして、心がワクワクしてくるのだった。




