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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
ゼプァイル商連ラウンド
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シエスタ Ⅰ

 列車からトートバスのネオン看板が見えなくなっても、車内の緊張感が解ける事はなかった。

 帝国近衛の一員であるシエスタにとってこの程度の事態は想定内だから既に平常心を取り戻していたが、ほかの団員たちに車窓の景色を楽しむことなくただ静かに(うつむ)いて、ガタンゴトンと揺れる音が耳障りに響いていた。

 シエスタは、アナスタシアとエドワードがタオルを持って煙草を咥えたナトラに近寄るのを、後ろから見守っていた。

 彼の服には、童女の血糊がベッタリと。

 二人はどう接すれば良いのか分からないのだろう。言葉を探すアナスタシアの視線が右へ左へ行ったり来たり。エドワードも手を握ったり開いたりしている。

 それでもアナスタシアが言葉を紡ぐ。


「ナトラ、そのままだと…… あんまり良くないって」

「あんだよ」

「あーっと……」

 彼女は次の言葉が出てこないようで、ただナトラの頭にタオルをかけた。


 するとエドワードがゴクリと唾を飲んでから、

「衛生的に良くありません、着替えた方がいいです」

「……そうだな」

 覇気が全くない。下手に構っても焼け石に水だろう。


 シエスタは二人の耳元で、

「放っておきましょう、彼もプロです、すぐ元に戻ります」

「大丈夫でしょうか?」

「まあ、天龍院の仕事ならこういう事はつきものでしょう……」

 ふと昔を思い出したシエスタは胸の真ん中がシュクシュクと。


「やはり…… 後輩に死なれると心が痛みます」

「そういうものですか」

「はい」


 二人の心配そうな表情は変わらなかったが、一応納得したのか、三人でナトラのそばを離れる。

 アナスタシアは自分の席に戻ったが、シエスタとエドワードは遺体の元に行くため列車の前方に向かった。

 二人は客車の先にある金属の扉を開け、貨物車に入る。本来なら鶏の飼料が積まれていたのだが、強引に整理してスペースを作っていた。

 その狭い所で器用に検死をする医師のルルゥと看護師のリーリス。


「様子はど…… うっぷえッ」


 スズリの切り開かれた(はらわた)が眼に入ったのか、エドワードは青い顔をして口元を押さえる。本当ならこんな所に案内したくはなかったが、警護の都合上離れるわけにはいかず、せめて彼と死体の間にシエスタは割って入った。


「どうだ?」

「リーリス、先にあれを」


 ルルゥが面倒臭そうに指図するとリーリスが血染めの手帳を差し出してきた。

 パラパラ開いてと見てみたが極東の文字で書かれていたから内容は分からなかった。


「キラミヤに読んでもらうしかあるまい? さ、今は検死を続けよう。手伝ってくれ」

「はい」


 ゴム手袋とマスクをつけて、遺体の(かたわら)に座った。

 それから三十分ほど。手早く検死が済ませた頃に服を着替えたナトラがやってきた。


「キラミヤ、もう大丈夫か?」

「ああ、平気だ」


 表情も声色のいつもの調子であったが、どこか違和感があった。そもそもナトラは、クノの復讐で国別対抗戦(オリスタイラム)に参加する程度には根に持つタイプなのだ。疑念は晴れない。

 やはり自分が注意しなくてはならないなと、シエスタは気を引き締めた。


 するとルルゥが、

「死体をいじっても面白くないな。次は生身を頼むよ」

「先生ッ」


 冗談のつもりなのだろうが、ウィットが効きすぎてシエスタは肝が冷えた。ナトラが微動だにしないからなおさら恐ろしい。エドワードも同じ想いなのか、視線が左右に揺れる。


「ともかくッ! とりあえず、これを見てくれ」

 雰囲気を変えたくてスズリが持っていた手帳を差し出す。


 ナトラが乾いた眼で中身を確認すると、

「ゼプァイルに来てからの記録だな。各国の大使館関係者を中心に見張っていたらしいが、そっちの方はこれといって収穫はないな。で、良いのか? つーか大丈夫か? 俺がスズリを知っているのはシンクが聞いてる。警備班は聞いたまま報告をあげるぞ?」

「ん? なんの話だ?」

 ルルゥにはピンと来なかったらしいが、リーリスが完璧な捕捉してくれる。


「近衛と提携している天龍院の人間がゼプァイルで諜報活動しているのは、殿下にとってにとってスキャンダルじゃないかと、そういう話です」

「いけないことなのか?」

 まだピンとこないらしい。リーリスとシエスタで説明を続ける。


「グレーですね」

「表向き、民間人として国別対抗戦(オリスタイラム)の観戦のために入国しているから、滞在自体は問題ない。はずなんだが……」

「その裏では諜報活動をしていたわけですから公になれば国際問題でしょうね。まあ似たようなことはどこの国もやっているので、お互い様というか、予定調和と思いますが」

「並の官僚なら知らぬ存ぜぬでも、“あの”事務次官殿がなにを言い出すか読めないな」

「あーなるほど」


 マッド女医はようやくピンときたようでポンと手を叩く。

 ユーリ・エーデルフェルトは“大人の事情”なんて理由を見逃してくれるほどお人好しではない。彼を封じるためにはそれなりの言い訳を用意しておく必要があると、シエスタは考えた。

 ところが、エドワードは特に問題にしなかった。


「大丈夫だと思います」

「理由は?」

 ナトラがボソリと訊くとエドワードは自信を持って答える。


「皆さんの懸念は逆なんですよ。スズリさんは極東のパスポートを所持して、正規の手続きを踏んでゼプァイルに入国しています。これは、ナトラさんの言葉よりもよっぽど重い。事務監とってはグウも音もでないと思います」

 シエスタとナトラは互いに怪訝(けげん)な顔を見合わせた。


「そんな簡単に納得するでしょうか?」

「しますよ。書類主義は彼の生命線ですから。トボければそれまでです。少なくとも物証が彼の手元に届かなければ大丈夫です」


 ナトラはまだ生乾きの血糊手帳を大事に持って示し、

「つまりはコレ次第ってことか」

 ナトラの眼はしっかりとエドワードを見据えていたので、彼の精神はそこそこ回復したのだろうとシエスタは判断した。

「厳重に扱わなくてはな」

「そうだな、俺の(カバン)の奥の方に隠しておくよ。エドワード、いいな?」

「はい」

 エドワードは悩む様子もなく了承した。


「……いいのか? こういう隠し事はお前の政治信念を曲げることのならないのか?」

「なりません。そこまで子供じゃありませんよ」

「そうか、すげーな」

「はい、僕は成長しているのです」


 長年側に居続けたシエスタから見てもここ数週間で彼の立ち振る舞いは急激に大人びていく。少し前まで、幼さの抜けない子供だったと思っていたのに、不敬の念を覚えながらも、うっかりすると親心で涙が落ちそうである。


 シエスタはそんな気持ちを押し殺しながらも、

「ヘンドラム先生も、リーリスも、そういうことで良いですね?」

「ああ、構わないよ。そんなことより本題に入っても?」

「……進めてくれ」


 今までも充分本題なのだが、医師であるルルゥにとってはそうではなかったらしい。不敵な発言が続くから、シエスタはついついジトーッとした視線を向けてしまったが、彼女は悪びれずに肩をすくめ続けた。

 悪い人ではないのだが。


「診た限り、傷は全て銃創だった。大半は先ほどの銃撃だが、一番古いのは十二時間前ほど前だな。で、その全てから魔力残滓(ゴースト)が検出されたわけだが……」


 人や物に魔力(エーテル)を流し込んだ場合、その供給が途切れてもしばらくの間は、魔力は染み付いたまま離れない。これを魔力残滓(ゴースト)という。薄れて消える前に専用の魔導具(ガジェット)で検査すれば、使った人物や魔導具(ガジェット)の同定もできる。


「銃創の主人は全て別人だった。魔導具(ガジェット)の反応はない」

「まあ、さっきの活性術師(エクステンド)の部隊だろうな」


 魔導具(ガジェット)はその特性上、一つ造るだけでも膨大な時間がかかり、絶対数が少なく、非常に高価である。更に、政治的な判断により封印されているものも多く、戦闘用となると尚更(なおさら)である。それに対して見れば、一定の水準以上の魂魄(エンジン)を持っている人間はずっと多い。

 つまり、才能はあるが魔導具(ガジェット)を持っていない人間があぶれている状態だ。この人的資源の無駄を有効活用するために運用されているのが活性術師(エクステンド)である。

 彼らは(もっぱ)ら、“通常の物体であっても魔力を流し込むことによって、潜在能力を引き上げる”という、活性化(ハイライト)に特化した存在だ。一人当たりのパフォーマンスはともかく、安価な通常の道具をそのまま使えるメリットは大きい。

 戦闘に関しても、銃火器の進化によって年々驚異的になっている存在だ。


「それに加えて、大トカゲがいるらしい」

 ナトラが血糊手帳の最後のページを開いて見せてくる。


「トカゲ?」


 その場の全員で確認すると、異国の文字列とそれらしきスケッチが書かれていた。おそらく自律型魔導具エキストラ・ガジェットで産み出したものだろう。


「怪物の体長は二十メートルで、色は白い。揃いの黒っぽいマントのライフル兵が囲んで…… あとは…… 大したことは書いてないな」

 大したことないと言っておきながら、ナトラはその文章を大事に読むと、パタンと閉じた。


「キラミヤ。魔導師(ドライバー)と大人数の活性術師(エクステンド)と大規模な集団である以上、ソヒエント関係と見るのが妥当だと思うが…… どうだ?」


「気が逸っているぞ。活性術師(エクステンド)一個中隊(二百人)ってだけなら六大国どこでも用意できるだろ。そもそもコイツらの狙いがオヴリウス代表団かどうかもわからない」


 スズリ達は諜報活動をしていたのだから、どこの誰に排除されても不思議ではない。シエスタは発想を飛躍させてしまった自分の短絡さを恥じた。


「ああ、そうだな…… ともあれ、まずは近衛師団(うち)で情報収集はしよう」

「大丈夫か? 近衛は帝国外の活動は専門外だろ?」

「そうだが、天龍院だってすぐに動けるわけでは……」

 頭数が少ないところを襲撃された直後では、できないことの方が多い筈だ。


「大使館はどうですか?」

 会話に割って入ったエドワードがそう言うが、シエスタはすぐに首を振った。


「残念ですが信用できません」


 全ての全権大使は国務省の指揮下であり、つまりは国務長官であるケイネスの部下である。警戒して然るべきである。

 しかしエドワードは毅然とした態度で続けた。


「僕はアインツグラーツ子爵を、最初から敵だと決め付けたくありません」

 するとナトラが助け舟を出す。


「あちらの反応を見るためにも依頼してみる、ってのはあると思う。フリーにしておく方が怖いよ」

「とにかく、お願いします。あと、団員の皆さんは私用の外出は禁止にした方がいいでしょうか?」

「ああ…… 出たがる奴がいるとは思えんが」

「ではそのように」


 当面の方針が決まり三人が客車に戻ろうとすると、ルルゥが引き留める。


「ところでシエスタ、前に死者から情報を引き出せると言っていたが…… いいのか」

「ん? これだけ脳が破壊されていると無理だな」


 頭蓋は半分以上亡くなり、脳髄は原型を保っていない。シエスタの持つ魔導具(ガジェット)ではどうしようもないだろう。


「そうか、では傷を閉じよう。キラミヤ、君は医術の心得はあったかね?」

「……応急処置程度のものしか」

「縫合ぐらいできるようになった方がいい。丁度いい教材もあるしな」


 と、ルルゥは遺体の肩をトントンと叩く。

 これまた際どいことを言いだしたなと、シエスタは口の中が苦くなったが、ナトラは何も言わずに遺体のそばに腰を落とした。

 シエスタはすぐさまエドワードの背中を押して出口に向かう。


「殿下、参りましょう」


 扉を閉める直前に、「お疲れ様」と湿っぽい(ささ)きが聞こえた。

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