エドワード Ⅵ
朝食の後、オヴリウス代表団は港に降りた。
トートバスの町並みは、生産性を重視しているのかどれも似たような鉄筋コンクリート製のビルばかり。しかし色とりどりの電飾看板が街中のいたるところに設置されて、殺風景という印象は全くなく、むしろゴテゴテとしている。
エドワード・リゼンフォーミル・フォン・オヴリウスはオヴリウス代表団の制服である真紅のジャケットと黒いズボンを折り目正しく着こなし、さらにサラサラとした銀髪の上に〈澄碧冠〉を冠っていた。しかし初夏の強い陽射しが白いモルタル化粧に照り返し、色素の薄いエドワードの瞳には眩しくて仕方がない。吹き付ける潮風はジメッとして清々しさはなく、額には汗が滲んでいた。
本当ならほかの団員たちのようにジャケットの袖をまくってしまいたいが、立場上はしたない格好はできない。
そんなエドワードを気遣って、日傘で影を作ったシエスタ・フォン・リヒテンブールが、
「大丈夫ですか?」
「はい、お気になさらず」
船酔いのせいか、普段は凛々しい表情を崩さないシエスタの顔色が、露骨に悪い。近衛仕様の黒いスーツを着ているから、なおさら暑さが辛いだろう。帝国ラウンドからの心労も溜まっているのだろうし、トートバス滞在中、できることなら彼女にも羽根を伸ばしてほしいと、エドワードは思った。
団員全員の下船を確認してから港の事務所に向かい、そこの小さな応接室で人を待つ。「トートバスでは何をしようか」と、団員のワイワイとした空気に浸るうえ、〈縛猫〉が十匹も足元をウロついているから、余計に和やかだ。
十分ほど経つと、磨りガラスの扉がギシッと開かれる。指輪まみれの手と運動不足で膨れた腹の男と、厚化粧の熟女が現れた。
「これはこれは皇太子殿下、遅れて申し訳ない。事件の処理が立て込んでいましてな。どうにも最近は治安が悪くてですな」
パウル・ゴウンロット・フォン・アインツグラーツ子爵と、その秘書だ。
彼はゼプァイル商連駐在特命全権大使である。
率直に言えば、“あの”ケイネス・ローランド・フォン・ノルマンディー国務長官の部下なのだが、あまり裏のある人物ではないと、エドワードはなんとなく直感でそう思っていた。
「スケジュールを守れなかったのはこちらの方ですから。大使、お久しぶりですね。少し太りましたか?」
「いやはやお恥ずかしい。こうして再び御前に参上すること叶いますわ、光栄の極みであります」
エドワードの元にドシドシと駆け寄ると、大きな声で仰々しく片膝をついて頭を下げた。
やはり、こういうのは苦手だ。
だが皇帝になると決意した以上、卑屈になっている場合ではない。
エドワードは目一杯威厳のある立ち振る舞いで「楽にしてください」と言おうとする。しかしその前に、エドワードとパウルの間にヌルリと現れたユーリがパンッと手を叩いて場を仕切る。
「長い挨拶は後でいいでしょう。それで、前から連絡しておいたことですが?」
「はあ…… 手筈は整っております。こちらにどうぞ」
全員から胡乱な視線を浴びるユーリはまるで誕生日を祝われたように嬉しそうだった。
渋々と応接室を出た一行はパウルの先導で馬車に分乗し、トートバスの中央部から離れていく。時間が経つにつれ団員たちの口数が減り、表情は硬くなっていく。
三十分ほど海岸線を進むと街外れにある。“ゲテウン岬共同霊園”にたどり着いた。「入園料取るのかよ」「さすがゼプァイル商連」と、商魂たくましい霊園は高い崖の上にあって、彼方の水平線が丸まって見える。刈り込んだばかりの芝生の上に白い墓標が整然と並ぶ。
さらに、目立つ所に大きな大理石の石碑がいくつかあって、その一つにはオヴリウスの国歌が刻まれていた。
代表団の一同が石碑の前に整列し、シエスタが声を張る。
「黙祷!」
しばしの時間、沈黙を捧げる。みんなの息遣いは少し湿っぽい。
外国で亡くなった者は検疫上の都合で、原則故郷に帰ることはない。これは国別対抗戦参戦者であっても例外ではない。
魔導師、特に戦闘系魔導師が正式に異国に渡る機会は限られているから、国別対抗戦開催地の近所に墓所がないと、戦友の墓参りに来ることができないのだ。それこそ、四年の一度あるかないかの、大事な時間である。
黙祷の後は一度解散。団員たちは縁のある墓標の前にいくのだった。
秘書とコソコソと話したパウルは、
「殿下、すぐに戻ります。いや、すいませぬ。所用が立て込んでいまして」
「構いませんよ」
「失礼致します」
彼は深々と頭を下げてから霊園の事務所に退がった。エドワードは自分が蔑ろにされているとは思わないが、やはり実務よりも優先順位が下らしい。これが現在地。分かっていたことだ。
特に落ち込むことはなく、エドワードは自分のすぐ後ろから離れないシエスタに、
「確か、あなたの叔父さんはここに眠っているのでしたね?」
「お気遣いは無用でございます。今は任務中ですから」
案の定、張りのある声で返事をしたので、〈縛猫〉を抱きかかえて見せる。
「大丈夫ですよ、こんなに見晴らしがいいんですから。この子もいますし。ニャー」
「はあ、しかし……」
「どうせなら、団員のみなさんには幸せになって欲しいじゃないですか。行かないと、怒りますよ?」
「……では少しだけ」
珍しく目を丸くしたシエスタは早足で立ち去った。
そしてエドワードは少し困る。
参る墓がないのは自分一人だけだ。
一ヶ月前まで、国別対抗戦に全く縁のない生活だったから、ここに眠る者たちの名前もろくに知らなかった。当然、親類縁者が眠ってなどいない。誰の墓前に立つべきか分からない。
あらためて、自分が場違いなことをしているのだと実感して少しアンニュイな気持ちになってしまった。