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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
47/95

ナトラ ⅩⅥ

 〈灼煉離宮(クリムゾン・ハウス)〉は本体である銅像を取るとゆっくりとヒビが入っていき、数分後には崩れ去った。

 全ての資材を畳んで荷馬車に乗せると、オヴリウス代表団のキャンプがあった場所には、ニワトリがほじくり荒らした草や蒸気機関で凹んだ地面が残る。

 この後は港に行き、汽船で次の国に行き、汽車で次の試合会場に向かう。予定通りなら五日の行程である。

 まだ第一ラウンドが終わっただけ、まだ六分の一が終わっただけ。

 たった一ヶ月しかいなかったけど、ナトラの胸の中には名残惜しさが確かにあった。

 地面の上に座って身体の筋を伸ばす。

 まだ副作用(リバウンド)の影響が残っていて、吐き気が抜けない。胃液を噛みしめる旅路となりそうだ。ナトラの習性として、なるべくそういった弱味は見せないようにしているのだが、これがまた疲れを冗長させる。馬車にせよ船にせよ、揺れないことを祈るのみだ。

 すると陽気な顔をしたアナスタシアが、松葉杖をつきながらやって来る。


「ナトラ、そろそろ出発だって」

「ああ」

 立ち上がるためダルい身体に気合いを入れていると、逆にアナスタシアが腰を落としたから、立つタイミングを失った。


「色々、あったな」

「そうか?」

「ああ、ナトラは寝てばっかだから…… ホンット、居心地悪かったんだからあの頃ッ」


 頭をワシャワシャして転げ回るせいで、せっかく綺麗な桜色の髪がボサボサになっていく。

 面白くもない話を聞きたいわけではないので、さっさと切り上げてもいいのだが、空元気を出したアナスタシアが楽しそうに話すから付き合っておく。

 すると耐えられなくなったのか、不意に表情が暗くて悲しそうになった。


「要するにだ、ノルマンディーの野郎、次会ったらタダじゃおかねえってことだ!」


 ケイネスのことを知って、相当悔しいのだろう。ギリギリと奥歯を噛んで拳を握っている。今にも血管がブチ切れそうで危なっかしい。

 アナスタシアひとりが怒っているわけじゃない。エドワードが帰ってきて、帝都であったことを包み隠しさず話したことで、気の短い団員たちはみんなこんな感じだ。


「ババアまで殺しやがって、あんなやつの思い通りになんか絶対させない!」

 アナスタシアは握りしめた細い手を地面に思い切り叩きつけた。


 これは気合が空回りしそうだと思って、頭を撫でながら、

「あんまりプンスカしてると可愛くないぞ?」

 気の抜けることを言って茶化すと、カッカしていた彼女の顔が弛緩して、恥ずかしそうに身悶えする。


「うう…… そうだ、前夜祭の約束、思い出した?」

「いや、なんかもうどうでもいい」

「なんだよそれ、結構ドキドキしてる私はどうなるんだよ」

「知らん」

 チラリと馬車隊の方を見ると、みんなが乗り込み始めていた。本当にあと数分で出発だろう。


 最後に一本吸っとくかと、シガレットケースを取り出しアナスタシアに見せ、

「いいか?」

「いいよー」


 煙草を取り出し咥え、魔導具(ライター)を取り出す。結局こいつの名前付けている暇なかったな、と少し後悔していると、彼女がライターをかすめ取って蓋を開く。


「貸して、火ぃつけたげる」

「奪ってから言うな。気をつけろよ」

「うん」


 案の定、魔力(エーテル)の加減が分からないようで火柱が立つ。手頃な大きさになるのを待ってから、身を屈んで火をつけた。体を起こそうとすると彼女が胸ぐらを掴んで引き止める。

 すると頬に水っぽく、柔らかい感触が押し付けられる。


「約束、守ったからな」


 それで思い出した。

 確かにあの時、キスを所望したのだった。

 アナスタシアは頬を真っ赤に染めて、上目遣いでモジモジとしている。


「なんだよ、文句あっか?」

「いやただ、死にかけた代償がこれかと…… もっと卑猥なこと言っとけば良かった」

 これ見よがしに両手の指をヌルヌル動かすと、アナスタシアは身を竦めて自分の肩を抱いた。


 彼女はキッと睨み、

「変ッ態ッ!」

 想像以上にキレのある罵声がグッサリ心に刺さる。


「失礼なやっちゃな」


 フーッと吐いた紫煙が風に乗っていき、彼方へ消えていった。

 それを見送って、自分もここを離れたくなった。


「二人ともー、出発ですー!」


 馬車隊の先頭からエドワードの叫び声。

 軽く手を振ってからナトラが立ち上がると、一緒にアナスタシアも立とうとするが、脚の自由がきかないからかうまく立てない。

 仕方ないから手を差し出す。


「行こう」

「うん」


 オヴリウス代表団は次の国、ゼプァイル商連へ向かう。

 そこでどんな戦いが待ち受けているか、想像するだけでナトラの心は高ぶり、胸の奥はまた紫煙を欲するのだった。

第一章はこれにて完結です。

いかがでしたでしょうか?


是非とも感想や評価をいただければと思います。


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