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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
43/95

ナトラ ⅩⅤ

 試合から半日が経過した。

 とっくに日が暮れ、気温が下がってきたが、オヴリウスキャンプ内のテンションは下がることはない。ちょっと前まで派閥間でギスギスした雰囲気だったがの嘘のように、全員が〈焼煉離宮(クリムゾン・ハウス)〉の食堂で酒を飲み、肩を組み合って笑い声が絶えない。

 祝勝会である。

 勝利の味は、かくも人の心を温和にさせるから不思議だ。

 大怪我を負ったナトラは部屋の片隅で椅子を並べ、その上にクッションを敷いて寝ていた。

 背骨も体幹も破壊されて、身体を起こせず食事もできないナトラの枕元には、〈魔性の蛸壺(オーガスタ)〉が置かれていた。そこからは吸盤の付いた脚が伸び、ポッカリと空いた腹の穴にへばりついていた。

 〈魔性の蛸壺(オーガスタ)〉は内臓機能を代替できるが、再生能力はない。とりあえずの時間稼ぎをするときに使われる。

 本来なら安静にしているべきなのだが、功労者が不在では盛り上がらないからと少しだけ参加することになった。だが、いつまでたっても医療テントに戻される様子はない。

 同じようにアナスタシアも隣にいるのだが、彼女の腹の怪我は内臓まで達していない。吹き飛んだ脚を回復するためかモグモグと肉を食っている。

 ナトラは点滴を交換しにきたリーリス相手に両手を合わせ懇願した。


「リーリス、先っぽ、先っぽだけだから」

「そんなこと言って、根元まで一気にイっちゃうつもりでしょう? 男の人ってみんなそう」

「煙草の話だよね」


 隣のベッドのアナスタシアが不貞腐れぎみに呟いた。

 元より食欲はないから食事ができないのは良いのだが、煙草が吸いたくて仕方ない。

 リーリスを引き止めたくて身体を起こそうとすると、胃液がこみ上げ「うぶえッ!」と口を抑えて頬をリスみたいに膨らませる。彼女はすぐに引き返し、用意していたバケツをあてがい背中を摩ると胃液がバシャバシャ吐き出る。


「ごめん、少しかかった」

「気にしないでください、そういうものですから」

「煙草、少し吸いたい」

「諦めてください、そういうものですから」


 彼女が頬をギュゥッとつねるとバケツを持って食堂から出ていった。

 名残惜しくて後ろ髪を見送っていると、アナスタシアが袖をつねって引っ張る。


「リーリスに絡むのやめたら?」

「ええ、煙草吸いてぇし」

「……罪深えな」

「まったくだ」


 彼女の手を払い除けるとおとなしく横になる。

 アナスタシアは手持ちぶたさなのか、そのまま服の袖を掴んでモジモジ弄る。たまに指の関節を極めるから地味に痛い。


「真面目な話、“剣聖”はどうだったよ?」

「エゲツなかった。あんなのとマッチアップしたらさ、そりゃあ死ぬよって、なんか納得しちゃったよ」


 ウォルフガングの話をするときはいつも心が殺伐としていたが、今は憑き物が落ちたように穏やかなのを自覚する。というより、ようやく目標がハッキリ定まった感覚だ。

 クノが勝てたなかった相手に勝ちたい。

 それはきっと復讐とは違うはずだ。


「まだ殺す気?」

「どうかな、でも……」


 ナトラはニンマリと頬を崩して、

「ブッタ斬ってやりたいとは思ってる」

「だよなぁ、あんなビッグネーム、挑戦したいよな!」

 アナスタシアはウキウキとした表情で手を握って突き出す。


「どっちが先に斬るか、勝負だな」

「おう」


 同じように拳を作ってぶつけると、彼女は嬉しそうにニカッとはにかむ。

 ナトラは不覚にも可愛いと思ってしまった。本当に、黙って澄ましていれば美少女なのだから、普段からもう少しお淑やかでいてほしい。

 すると酒臭い息が顔にかかる。


「なんらぁそのはにゃし、俺もやるぞ!」


 顔を真っ赤にしたジャスパーであった。

 アナスタシアは心底迷惑そうに鼻をつまむ。


「くっさ」

「おれはやるね、今回こそあのおっさんたおしゅ。やるぞ! なあ!」

 何をしても面白いのかその場の全員が呼応して「おおおお」と叫ぶ。


「キラミヤ、おみゃは前衛(フロント)の鑑だぁ。これからもガンガンいけガンガン、ギャハハハハ!」


 そんな浮かれ気分の中、祝勝会は続いた。

 日付が変わっても終わる気配がなかったが、団員たちの目元はトロンと眠そうなものになっていた。


「皆さん、遅れました」


 突如、食堂内のボルテージは爆発的に跳ね上がる。

 エドワードが食堂に足を踏み入れたのだ。彼は試合が終わってから新聞やラジオの取材を受けていてずっと不在だった。今日の主役が戻ってきたことで、ようやく祝勝会は本番をむかえられる。

 彼はしばらくジャスパーあたりに揉みくちゃにされていると、脂の乗った骨付き肉を片手に人並みを掻き分け、ナトラとアナスタシアの元へやってくると頭を下げた。

 穴の空いた腹と〈魔性の蛸壺(オーガスタ)〉を見て動揺したのか、彼の手がアタフタ動く。


「本当は真っ先に見舞わねばならなかったのに、遅れてしまいました。調子はどうです」

「賑やかで困る。特に隣が」

「ああ? 私かよ。噛むぞ!」


 彼の腕を取るとカチンッカチンッと二度歯を鳴らすと、本当に腕に噛み付いてきたが、程度を心がけているのかあまり痛くない。


 そのやりとりで怪我の程度を悟ったエドワードは、ホッとした顔で「まあまあ」と(なだ)め、

「元気そうで良かった。皆さんの笑顔を初めて見ました」

「エドワードがそうさせたんだ」

「……結局僕は、美味しいところをもらっただけでしたから」

 肉を片手に言うな。


「それじゃあ、記念に一枚取りやしょうか」


 二眼レフカメラを持ったハンシェルが、ヘッドホンをしているミドに手信号を送って三人のところに行くよう促すと、彼女は持っていたグラスを置くと三人の元へ歩み寄る。

 試合では無傷なはずなのにいつも以上に顔色が悪い。ともすれば、四人の中で最も死にそうな顔である。


「騒々しくてイヤになるわ」

「あと少しなんで、頑張ってください」


 すると芋づる式に団員たちが寄ってきて、アナスタシアたちを中心に押しくら饅頭が始まる。


「試合に出てねえ奴が混ざるなよ」

「るっしぇえ、こーゆーのはノリなんだよ」

「ああもう…… 両端もっと寄れ、収まらねえ」

 文句を言うハンシェルの口元は笑っていた。


 それから、ああだこうだと指示を出すと、

「撮るぞ」


 シャッターの音が鳴る。

 また歓声が上がると、各々自分の席に戻り騒ぎが大きくなるのだった。


「さあ、キラミヤとブリュンベルク姫は医療テントへ戻す。まずはキラミヤからだ」


 車椅子を持ってきたシエスタがそう指示を出すと、リーリスは食器をテーブルに置いてナトラの元にやってきた。だがシエスタが間に割って入って、高圧的に制止する。


「いや、私が動かす。貴様は病人食の用意をしてくれ」

「はあ」


 車椅子移されると膝の上に〈魔性の蛸壺(オーガスタ)〉を抱え、手に〈座鯨切(ざくじらぎり)〉を持つ。シエスタに押され〈焼煉離宮(クリムゾン・ハウス)〉の外に出た。

 昼間と変わらず天気は良く、月明かりがまぶしいくらいだ。


「こっちじゃないぞ?」


 進む方向は医療テントとは反対であった。

 〈座鯨切(ざくじらぎり)〉の柄を持つと、ナトラの頭の中のスイッチが入る。


「分かっている、一度外に出る。仕事だ。だから警戒を解いていい」


 そう言われて素直になる馬鹿はいないが、とりあえずシガレットケースから煙草を取り出すと火をつけた。

 〈大いなる卵胞マニュース・オーヴェム〉の外に出ても彼女はまだ進み続ける。

 試合終了直後はオヴリウス臣民が大挙して押し寄せていたのだが、深夜だからかその数は減り数人が野宿している。シエスタは人目につかない所にむかってさらに進む。ガタガタとした振動が内臓に響く。


 十分ほど進むと、ちょっとした丘になっているところがあり、裏に回りこむ。


「ここで良いだろう」


 狙いすましたように、空から一羽のカラスがやってきてナトラの頭上で旋回する。

 紫煙を吐くと、カラスはナトラの頭に留まり、ロウソクの火を吹き消すみたいにフッと消えた。そこには小さな封筒が残った。

 中を(あらた)めると天龍院で使われている暗号文。


近衛(うち)天龍院(そちら)で話がまとまった。私と貴様で、殿下を襲う者に対応する」

「の、ようだな」


 暗号文には確かに“エドワードの警護に就くこと”と書かれていた。

 天龍院の本来の仕事内容は要人警護である。

 その特色は、刺客に対して攻勢であるという点だ。

 つまり、要人にベッタリと張り付くのではなく、やってきた刺客を捕捉すると積極的に襲いかかり迎撃するところにある。

 ナトラが居合に精通しているのはまさにこの仕事のためなのだ。


「警備班は?」


 オヴリウス代表団には警備班がいて、〈大いなる卵胞マニュース・オーヴェム〉や〈縛猫(チャフネコ)〉を操っている。ここの班長がかなりの堅物。そのせいか、警備班自体がほかの団員とコミュニケーションを取ろうとしない独立愚連隊。祝勝会にも参加していなかった。


「奴らはあくまで施設警備。要人警護と似て非なるものだ。理解しているだろう?」

「まあ、な」

「私一人ではどうにもならない。今日まで何とか誤魔化してきたが限界だ」

「だろうな」


 シエスタの弱音を初めて聞いた気がした。

 なにせ皇太子殿下の警護という重責を、今まで一人でこなしてこれたのが不思議なくらいだ。


「まあ、言われんでも気にかけるつもりだったし、大義名分がついてやりやすくなるのはありがたいが、近衛の名に傷がつかないのか?」

「……非常事態だ、ある程度は目を瞑ろう」

 苦渋の選択なのだろう、彼女は唇を噛んだ。

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