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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
40/95

エドワード Ⅲ

 エドワードが乗ったのは〈年中夢中の大津波(プレーニングボード)〉だ。

 かつての波乗り好きの皇帝がいつでもどこでも楽しむために用意させたもので、裏面からは大気中より集めた水分を凝縮して噴き出し、地形に沿ってサーフィンをしているように滑走する。

 本来は二本の足でバランスを取るモノだが、エドワードは四つん這いになっていた。

 目の前を走るナトラの後ろにピタリと張り付く、その奥の建物の屋上に〈集束煌(レンブラント)〉を撃つシャルロットの姿。

 彼が〈座鯨切(ざくじらぎり)〉と防盾(シールド)を駆使して、正面からくる〈集束煌(レンブラント)〉は弾いてくれるが、弧を描いて回り込んでくるモノは自分でどうにかするしかなかった。


「〈澄碧冠(ブルーモーメント)〉!」


 起動(レイズ)すると、青いダイアモンドがピカッと輝く。

 すると、襲いかかる〈集束煌(レンブラント)〉は磁石同士が反発するように軌道が反り変わり、彼方へと飛んでいった。

 〈澄碧冠(ブルーモーメント)〉は斥力場を作る魔導具(ガジェット)だ。

 帝国が掲げる“絶対にして不可侵”を象徴するように、シャルロットの攻撃からエドワードを守る。

 ところが彼女は、まったく焦らないどころか、まるで実験をしているように丁寧に攻撃を続けた。


「なるほど、だいたい分かった」


 まずは大きく弧を描く〈集束煌(レンブラント)〉を撃ち、続けて直線軌道で二発目を撃った。すると遠回りの一発目と最短の二発目はほぼ同じタイミングで、しかし別の角度から〈澄碧冠(ブルーモーメント)〉の斥力場に進入した。一発目は今まで通りに大きく弾いたが、二発目は軌道が少し逸れてエドワードの右肩を(かす)めていった。耳元で鳴る金切り音に冷や汗が浮かぶ。

 〈澄碧冠(ブルーモーメント)〉が一度にかかる斥力の方向が統一されている。だから、同じタイミングで違う方向から攻撃を仕掛けられると、片方は最適の斥力をかけられるが、もう片方は不十分になってしまう。

 これは〈澄碧冠(ブルーモーメント)〉の弱点なのだが、まさかたった数秒で看破されるとは思ってもみなかった。

 コツを掴んだのか、シャルロットは同じ方法でエドワードを攻め立てる。やり過ごそうとできるだけ伏せるが、その精度は増し、背中の服が(めく)れ、皮膚が削れた。


「エドワード! ちゃんと前を見ろ!」


 気がつくと、ナトラの背中が遠くなっていた。

 加速して彼の背中ギリギリまで近づくと〈集束煌(レンブラント)〉の精度は落ちた。


「行くぞ!」

「はい!」


 シャルロットまで残り三十メートルを切ると、ナトラは〈座鯨切(ざくじらぎり)〉を一度納刀した。

 彼女はこれを読んでいたのか、全く同じタイミングで射撃をナトラに集中する。

 一瞬の隙に攻撃を合わせられナトラの身体はガリガリを削られ血飛沫が吹き出す。血まみれになりながらも姿勢を保ちつつ〈座鯨切(ざくじらぎり)〉を振るおうとした時だ。

 防盾(シールド)を貫通した〈集束煌(レンブラント)〉がナトラの腹の中心を射抜くと、空いた穴から血と肉と骨が散乱してエドワードの身体に降りかかった

 頭が真っ白になって思わず絶叫した。


「ナトラさん!」


 風穴が開いてもナトラの居合斬りは止まらなかった。

 伸びた刀身(ブレード)はシャルロットの足元を斬った。

 ミスではない。作戦通りだ。

 彼女の立っていた建物は斜めに真っ二つ、ズズッと崩れだす。

 そして〈集束煌(レンブラント)〉の雨が止んだ。

 事前に何度もシャルロットに関する記録(ログ)を精査して〈集束煌(レンブラント)〉の発動条件を調べていた。三試合分しか記録(ログ)がなかったから、確証には程遠いかったものの、ほかに考えられないと一応の結論を出した。

 それは両足が地に触れていること。

 つまり、彼女が空中にいる時や、走っている時は〈集束煌(レンブラント)〉は飛んでこない。

 ナトラの口が“行け”と言うと彼は糸が切れたようにその場に倒れる。

 シャルロットが着地するまでのほんの数秒の間に、彼女の射程圏外にでなければナトラの挺身が無駄になる。〈年中夢中の大津波(プレーニングボード)〉が壊れるくらいに魔力(エーテル)を込めて加速、泣きたいのを堪えて走った。

 何秒たっても赤黒い光芒は襲ってこない。

 無事、シャルロットの射程を抜けた。〈首を刎ねられた雄鶏(タンドリーマイク)〉を後塵に配し、あとはシンカフィン本陣まで一直線、残り五十メートル、遮るものは何もない。

 このまま勝利かと思った。


「そんな甘かないんじゃぁ!」


 時計塔の上からジェノバが真っ赤なマフラーを解くと、それで空中に円を描いた。

 円の中心には火球が現れ、徐々に轟々と大きくなっていく。


 ジェノバは両手をパンッと合わせ、

「〈火龍の喉を真似し者エンドンラム・シャムラニカ〉!」


 ゴオオオッと火球が撃たれた瞬間、エドワードは死を覚悟した。身体の髄まで焼かれそうな熱感を覚えたからだ。

 だが、火球はエドワードに直撃せず、五メートル前方に落ちた。一瞬だけ安堵したが、状況は一向に好転しない。

 大爆発を起こしたのだ。


「うわああッ!」


 地面がめくり返り、建物が砕ける。〈首を刎ねられた雄鶏(タンドリーマイク)〉よりはるかに強力だ。

 五感が麻痺する爆風を受け、〈年中夢中の大津波(プレーニングボード)〉はひっくり返り、水流を撒き散らしながらエドワードは高く舞い上がると、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 全身ずぶ濡れのお陰で致命傷はないが、火傷でジンジンと痛い。


「ハズレたぁぁ!」


 二発目は来なかった。再充時間(インターバル)が長いのだろう。

 代わりにジェノバはその場で〈首を刎ねられた雄鶏(タンドリーマイク)〉を次々と展開してエドワードに(けしか)ける。

 マズイと思って〈年中夢中の大津波(プレーニングボード)〉を探すが、見当たらない。

 本陣はもう目の前。二十メートルくらいか。

 〈首を刎ねられた雄鶏(タンドリーマイク)〉はすぐ後ろ。

 逡巡(しゅんじゅん)している暇はなかった。

 立ち上がったエドワードは全身全霊で駆け抜けた。

 足がちぎれるくらいに。肺が潰れるくらいに。心臓が裂けるくらいに。

 背後から迫る恐怖に負けそうだったから「だあああぁぁぁ」と腹の底から絶叫しながら夢中で走った。

 そのせいか瓦礫に(つまず)き足が(もつ)れて膝をつく。あと数歩なのに。

 スローモーションに間延びする景色、後悔。頭が真っ白になる。

 〈首を刎ねられた雄鶏(タンドリーマイク)〉が羽根をバタつかせる音。おそらく背中にウジャウジャいるのだろう。

 格好なんて気にしてられない。両手を伸ばし頭から飛び込んだ。

 砂利が頬を擦れる。

 爆発は背中を焼く。

 エドワードの身体がシンカフィン本陣に滑り込む。

 試合終了のサイレンが鳴り響く。

 歓声があがった。

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