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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
4/95

ナトラ Ⅲ

 笛が鳴ってから三分ほど経過した時、咥えた煙草は残り半分になっていた。

 ナトラは何度か斬られながらも、致命傷は回避している。斬り傷特有の熱感が、身体のあちこちで走るが、それが逆に頭を冷静にさせた。乾いた表情で彼女の攻撃を(さば)きながら、色々と考えを巡らせる。


「そぅら!」


 対してアナスタシアは、顔以外無傷のまま嬉々として鋭い斬撃や刺突を繰り出してくる。

 アナスタシアの魔導具(ガジェット)は二つある。


 ひとつは刀身(ブレード)を具象化させるもの。刀身(ブレード)自体は常に同じ形状だが、柄の長さが調節できるのか、短剣になったり長槍になったりする。耐久度はたいしたことなく、刀で強く打ち付けると簡単に刃こぼれするが、次々と創り出すからキリがない。

 もうひとつは板状のものを具象化させるもの。これに触るとバネ仕掛けのように、縦横無尽に跳ね回る。瞬発力は凄まじく、しかも立体的な動きをするからすぐ見失ってしまいそうになる。

 また、身体にも大量の魔力(エーテル)を流し込んでいるのか活性化(ハイライト)している。見た目は華奢な女の子なのに腕力はナトラと大差なく、反応速度が冗談かと思うくらいに速い。自身がゴム鞠のように跳ね回っているにもかかわらず、全くと言って良いほど体術を間違えず、それどころか余裕の笑みが浮かべるくらいだ。

 しかし、彼女の攻撃は素直で急所を一発で取りに来る、牽制も緩急もない素直な動きだ。初めて見る機動力だったから最初こそ戸惑ったが、動きの先読みは容易。今では彼女の刀身(ブレード)がナトラに届くことはなくなった。

 あと、動くたびに胸元やスカートから肌色が見えて、地味に気になる。


「だああぁぁ!」

「雑」


 攻撃が当たらないのが悔しいのか、アナスタシアは泣き出しそうな顔で単調に短槍を振るう。ナトラにとっては楽な展開だ。

 それでも防護一辺倒。反撃は厳しい。

 ナトラの魔道具(ガジェット)の〈座鯨切(ざくじらぎり)〉はまだ能力を起動(レイズ)していない。

 というか今は使えない。

 左手を失い、ほかにも無数の斬り傷を負っていた。活性化(ハイライト)によって止血力は増しているから酷い出血はもうないが、影響があるのか爪先が少し痺れる。

 このままジリジリ戦うのは勝ち筋がないだろう。

 いっそのこと、引き分け(タイムアップ)を狙おうかとも考えたが、各国の評価員(スカウト)が気掛かりだ。アピールできなければ意味がない。

 結果、ナトラは腹を(くく)った。


「どらあぁ!」


 長槍による突き。

 今までは軽く受けていたこれを、今度はギリギリで避けてアナスタシアの胸に斬りかかった。


「ふぅッ!」


 カウンターのタイミングは完璧だったが、キリッとした真剣な表情に変わった彼女は空中で(ひるがえ)り、これを(かわ)した。

 着地しようとするアナスタシアの足元を斬り払うが、彼女はクッと脚を引っ込めたから当てることができない。彼女は槍を放すと手で地面を蹴って、ネコのように身体を弾ませ間合いを取った。

 新たな長槍を具象化したアナスタシアは、嬉しそうに少し上がった口角と集中しきった良い眼光をしていた。ここからが本調子なのだろう。

 それを見てナトラは気の抜けた溜息が出る。


「厳しい」

「とッ」


 気合いを入ったアナスタシアは長槍を突き出しながら跳ね飛んでくる。

 またカウンターを狙う。今度の狙いは槍だ。

 渾身の撃ち込みでキィンと硬い音が響き、槍の刃は一撃で欠ける。

 同時にナトラの血の足りない身体は、少しグラつく。

 好機を前に、集中していたアナスタシの顏はウキウキした表情に変わる。


「取った!」


 欠けた槍を手放した彼女の右手には、新たな刀身(ブレード)がキラリと光る。それは一番最初に具現した短剣と同じものだった。

 すれ違いざまに斬りつける算段だろう。アナスタシアはグッと脚に力を入れて飛び込んできた。

 構えからして首狙い。


 ナトラは思わず、

「ちょっと違う」

 と、咥えていた煙草をプッと飛ばす。


「うおッ!」

 異常な反射速度の彼女は、身を沈めて(かわ)すと狙いを変えて脇腹を斬りつけた。

 刀身(ブレード)が脇腹に入っていく。


「良いね」


 痛みに負けずに身体を(ひね)ると、畳んだ左肘がちょうど彼女の顳顬(こめかみ)(とら)えた。


「あッ?」


 糸が切れたように力が抜けたアナスタシアは、ゴロゴロと二回転して倒れこんだ。すぐに立とうとたが、バランスが取れずに地面から手が離せない。脳震盪で頭の中はドロドロになっているだろう。

 容赦なく斬りかかると、彼女は短剣で受けたが、勢いは変わらず逆袈裟(ぎゃくけさ)に斬り裂いた。

 追撃しようと刀を振り下ろそうとした時、彼女と視線が合った。この期に及んで無邪気に笑っていた。


「まだまだァァ!」


 その咆哮には活気に満ちていたが、視線が覚束(おぼつか)ない。

 どうしようかと思案していると、アナスタシアは笑みを崩さず前のめりに倒れる。

 審判の笛の音が鳴り響いた。


『そこまでッ、勝者、キラミヤ』


 拾った鞘に刀を納めてホッと一息つくと、今更になって彼女の身体を斬り裂いてゆく生々しい感触が手から伝わる。

 無性に煙草を吸いたくなって目を瞑った。

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