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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
35/95

アナスタシア Ⅳ

 試合開始のサイレンがけたたましく鳴ると本陣から四人が飛び出す。オヴリウスの先端を往くのはやはりアナスタシアであった。

 〈蝶々発止(ファンブル)〉の連続起動(リレイズ)を繰り返し、区域線(エリア・ライン)沿いの廃墟の上を駆け抜けると、十秒足らずでシンカフィンの群青色のユニフォームを見つける。

 敵は真正面から。地上を凍らせて、アイススケートで使うような刃身(ブレード)の付いたブーツで滑走してくる。ベレー帽がトレードマークの“凍脚”オイゲン・シェスチェスニーだ。


「みっけた! オイゲンだ」


 アナスタシアは襟元のブローチに向かって告げると、ミドの声で『了解、予定通りに』と端的に返答される。

 〈嘲笑う白刃(トーネード)〉を起動(レイズ)して短槍を具現化、〈蝶々発止(ファンブル)〉を蹴りオイゲンに向かって一直線に突っ込んだ。

 すると、氷の地面は反り返ってジャンプ台になり、オイゲンはフワッと高く舞う。まだ距離があったが、姿勢整えた彼はスケートブーツをアナスタシアに向けて振った。冷気の(ともな)った液体がバシャッと扇状の広がり、すぐさま凍って刃となって襲う。

 反射的に〈蝶々発止(ファンブル)〉を使って(かわ)すと、すれ違いざまに短槍でオイゲンの胴体を狙う。すると彼は身を丸めて、履いたブーツを盾にして防御されてしまった。

 一瞬の交錯が終わり、空中戦のできる前衛(ウィング)同士の距離が離れてゆく。

 アナスタシアはオイゲンを追うため、すぐさま〈蝶々発止(ファンブル)〉を連続起動(リレイズ)、真反対の方向へ跳ねた。

 静止状態からでも身体にかかる負荷は甚大、真反対ともなれば最大の反動がかかる。

 血流が言うことを聞かず、頭からザッと血の引いて視界が暗くなる。脚の毛細血管が破裂する感覚を確かに覚える。


 ああ、生きてるッて気がする、

「ッゼァ!」

 言葉にならない気合は吐いて折り返すと、いまだ空中にいるのオイゲンの脇腹が見える。


「ウソッ!」


 跳ね回るアナスタシアに比べ、オイゲンの小回りは一段落ちるようだ。

 彼は身体を反転させ、迎え直そうとするが、空中での身のこなしは不得手のようで鈍く感じた。

 〈嘲笑う白刃(トーネード)〉を首目掛けて振るうと、反撃の様子はなく、防盾(シールド)で防御するのが精一杯という感じ。アナスタシアは自分の方が一枚上だと一瞬の攻防で確信した。一対一(タイマン)ならまず倒せるだろう。

 ただし、試合はあくまでチーム戦。しかも陣取り合戦だ。

 チラリと区域線(エリア・ライン)の標識を確認すると、中間点より三十メートルほどもオヴリウス本陣に近い。予測されたことであったが、トップスピードはオイゲンの上のようだ。一度間合いが外れると追いつけないかもしれない、と判断して再び彼に接近するため跳ねた。


「勘弁してくれってッ」

「ヤなこった!」

 この状況を嫌った彼は、着地すると後方に下がるため背後の地面を凍結させる。


 反射的に追撃しようとした瞬間、

『伏せろ』


 ハッとして姿勢を低くすると、頭上を風切り音が横切った。

 尋常でない長さの刀身(ブレード)がオイゲンを襲い、起動(レイズ)された防盾(シールド)が無残に割れ、姿勢の崩れた彼の右腕を肘のあたりから切断した。ブシュゥッと血が噴き出る傷口を抑え込み、「イィッ!」と苦悶の表情のオイゲンはスルスルと後退していく。

 伸びる居合刀、〈座鯨切(ざくじらぎり)〉だ。

 オイゲンは足技主体だが、腕一本失ったことは前衛(フロント)にとって死活問題。


 アナスタシアは拳を握りしめ、

「グッジョ……」

 桜色の髪が何本か宙を舞っていた。


「髪が斬れちゃったじゃねえか!」

『黙れ』


 冷たい言葉に背筋がゾッとした。

 振り返ると、十メートルほど後方に納刀しているナトラの姿があった。無表情で自然体。怖いくらいに淡々としていた。スイッチが切り替わるというやつだ。


「いちいち納めるんだな、刀」

『前を向け』


 あんまりにも冷たいから反抗心が(くるぶ)るが、前方から迫るギィィィという金切り音がそれを許さなかった。

 緩い弧を描いた赤黒い光芒がアナスタシアとナトラを襲う。

 光が地面や壁に当たると衝撃でクモの巣状の亀裂が走り、ガリガリと金鑢(かなやすり)で削っていくような音。そして()し開くように光が吹き出す。耐えきれなくなって一箇所ボコッと崩れると、爆発的な崩壊を起こして、瓦礫に変わる。

 光芒の連射間隔は分かりやすい。ダンッ、ダンッ、ダンッと、一発一発丁寧に撃ってくる感じだ。特別早いわけではない。秒間四発くらいかとアナスタシアの体内時計で計った。

 軌道を(さかのぼ)ると、群青色のユニフォームのポケットに片手を入れたシャルロットが建物の上に立って見下ろしていた。


『〈集束煌(レンブラント)〉。記録(ログ)で見るより圧があるぞ』

「ええい、次から次へと」


 シャルロットの〈集束煌(レンブラント)〉は輝く細かな粒子を創り、それを定めた方向へ射ち出す、光芒系魔導具(ビーム・ガジェット)の一種に分類される。その特徴は曲げることができることだ。歪曲率を自在に操り、撃ち出す角度を調整して軌道を定める。横から、頭上から、ぐるっと回り込んで背中を狙うこともできる。また、貫通力も有り、障害物越しでも加害できる。

 弾速は遅いくらいで、しかも飛距離によって威力減衰が起こるが、それを差し引いても中距離戦では比較的火力を出しやすい。彼女の優秀な魂魄(エンジン)も相まって、制圧火力は今大会随一である。

 その〈集束煌(レンブラント)〉が、二人に対して絶え間なく撃ち続けられる。


「うひゃぁ」


 アナスタシアは本能的に逃げた。廃墟の陰を盾に区域線(エリア・ライン)から離れるように移動すると、彼女は見失ったのか、明後日の方向へ〈集束煌(レンブラント)〉と撃ち込んでいた。

 一発で建物の天井が落ち、二発で壁が吹き飛び、三発で瓦礫が微塵に変わる。これでは隠れ場はすぐさまなくなるだろう。

 ところがナトラは〈座鯨切(ざくじらぎり)〉の刃と鞘。あとは防盾(シールド)で〈集束煌(レンブラント)〉を(さば)き、弾いて、前進していったから、素直に安心した。

「つーか、防盾(シールド)使えてんじゃん」

 これならなんとかなるだろう、と安心していた時だった。

 〈集束煌(レンブラント)〉のほとんどはアナスタシアやナトラでなく、周囲の地面や建物に落ちた。それらは、石や木々ガリガリと音を立て削り砕き、周囲に粉塵を巻き上げている。

 その中から“剣聖ウォルフ”が、満を持して姿を見せた。


「ナトラ! 出たぞ!」


 右手に大剣、左手に大盾を持ち、足を踏み出すたびにドスッドスッと大地が揺れる。ウォルフガングはナトラの目の前に走り込むと剣を横薙ぎに払う。

集束煌(レンブラント)〉を(さば)いている最中だったからナトラは不完全な体勢でウォルフガングの剣撃を受けることになってしまった。

 刀身ブレード同士が触れると、ナトラの身体はまるで紙風船が風に吹かれるくらい簡単に地面から離れ、その身はオヴリウスの本陣側に弾き飛ばされた。二度、三度と地面に打ち付けながら回転し、廃墟の中に入ってようやく止まる。

 粉塵舞う廃墟を一瞥(いちべつ)したウォルフガングはナトラを無視して再び駆ける。彼の仕事は前進することであって、ナトラがどうなろうと問題でないのだ。


「マズイッ!」


 まだ姿は見えないが、ウォルフガングの行く先には前進してきたばかりのエドワードがいる。

 このまま近距離で一対一(タイマン)になれば万事休す。間違いなく一秒持たずにぶった斬られる。

 援護に入らなければと反射的に飛び出すと、〈集束煌(レンブラント)〉の弾幕が降り通せんぼ。


「うざったい!」


 一旦、廃墟の陰に隠れるがすぐに崩れる。早く何としないとアナスタシア自身が危ない。

 直線には行けない。かといって迂回してたら間に合わない。

 どうする。どうする。どうする。

 熱が出そうな思考回路が導き出した答えは、今までに試したこともなかったことだった。

 飛び出すと〈嘲笑う白刃(トーネード)〉を起動(レイズ)させ、空中に三本の短槍を具象させると同時に、そのすぐ後ろに密着させる格好で〈蝶々発止(ファンブル)〉を具象化させる。すると短槍は砲弾のようにウォルフガングに向かって弾き飛んだ。

 〈集束煌(レンブラント)〉の雨を掻い潜ったのは僅か一本だった。

 これを見たウォルフガングは足を止め、手に持っていた防盾(シールド)で難なく防ぐ。

 奪った時間はほんの一瞬。

 彼は再び、前進しようとした。

 その踏み出した足首に目掛け、廃墟の奥から〈座鯨切(ざくじらぎり)〉が炸裂する。

 上手いと思った。

 だがウォルフガングは眉ひとつ動かさずに、手に持っていた防盾(シールド)を地面に落とし防ぐ。

 この男に油断や隙はないのだとアナスタシアは察した。絶対マッチアップしたくない、と舌を出す。

 圧倒的な防御センス。それが六大会もの長きにわたって、戦闘員(アタッカー)として生き残ってきた男を支えているのだ。

 間髪入れず廃墟から飛び出したナトラがウォルフガングに逆袈裟懸けに斬り込むと、今度は剣で受け止めた。

 額から血の滴るナトラは乾いた目つきだった。簡単にかっ飛ばされた時はどうしてくれようかと思ったが、あれなら戦えるだろう。

 不安はあるが、降りかかる赤黒い光芒をやり過ごすためにアナスタシアは再び〈蝶々発止(ファンブル)〉を踏んで試合場(バトル・エリア)の中心部に進出した。

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