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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
33/95

ジャスパー Ⅰ

 消灯時間が過ぎ、オヴリウス代表団キャンプは静まり返っていた。医療テントから抜け出したジャスパーは手頃な岩に背を預け、〈大いなる卵胞マニュース・オーヴェム〉越しに夜空を見上げていた。満月が照らす光が薄雲にかかるから、なまじ晴れているよりも存在感が強く、幻想的で、どんな美人でも間違いなく口説けるロケーションだったろうと、残念で仕方ない。


 月明かりでも分かるほどの真っ赤な顔のジャスパーが、ワイン瓶を口につけグビグビと喉を鳴らしてから、

「なんで男同士で酒飲んでんだ、ケリードーン?」

「知らねぇよ」


 すぐ隣には、しかめっ面でパイプを(くゆ)らせるハンシェルがいた。視線は鋭く、監視されている気分になる。

 彼にワイン瓶を渡すと、グビッと口に含んで返してきた。

 ジャスパーは第三節の試合で右太ももが吹き飛んで撃墜(ノックアウト)してしまった。

 直接的な原因は相手と一対二の状況に追い込まれたことだが、これは事前に入念なブリーフィングができれば避けることができた、イージーな連携ミスだった。

 一週間で見た目は回復したが副作用(リバウンド)がひどく、松葉杖なしでは歩くこともままならないほどだ。

 そんな身体を引きずって、酒を盗もうと木箱の山に忍び込んでいると、鬼気迫る形相のハンシェルに見つかってしまった。どうやら外部からの侵入者と思ったようだ。

 同じ試合でハンシェルも左半身に重度の火傷を負って、包帯の取れた肌は硬くなりボコボコ隆起している。その異様な光景は、暗闇では悪霊の類かと勘違いするくらいで、ジャスパーは思わず腰を抜かしてしまった。

 そのあとは、特に話をするわけでもなく二人してワインを飲み回している。

 ジャスパーとしては彼を理由に酒盛りを止めるのは癪だったし、ハンシェルの方はなにやら様子を伺っている感じだ。


「いいのか、昼には試合だろう?」

「これが飲まずにやってやれるか」


 明日の昼には第四節の試合が始まってしまう。

 自分の試合の百倍は心臓がバクつく。いくら酒を飲んでも気が休まらない。落ち着かないせいか、余計なことを口走ってしまう。


「俺、帝国はすげえって昔から親に言い聞かされてさ……」

「ああ!?」


 ハンシェルは嫌そうな眼をしていたが、構わず自分語りを始めた。

 ジャスパーの家は特別貧しいわけでもなく、かといって裕福でもなく、学校に通いながら家業の魚屋を手伝う少年期だった。そうしていると、いつのまにか帝国に対する忠誠心が根付いていた。かといって何をするわけでもなく、平々凡々と暮らす日々。家業を継ぐために商業学校に進学しようかと考えている頃、自分の魂魄(エンジン)が優れていると知った。

 役人がジャスパーの元へやってくると忠誠心は開花する。

 “この力を帝国に捧げるべきだ。捧げなくてはならない”

 まるで暗示にかかったように、無性に、漠然と、反射的に、ほかの発想ができなかった。

 そのまま、流されるまま、魔導師(ドライバー)育成学校に進学した。適性があったから戦闘訓練を受けた。選ばれたから国別対抗戦(オリスタイラム)に参戦した。


「でもあの時、殿下が自ら戦いたいっておっしゃった時には背骨にビリビリきたね」


 “帝国のため”ではなく“殿下のため”に何かしたくなった。

 自分の半分ほどの身体で勇気を振りしぼった姿に、未来の名君を見た。

 だから、握った拳の中で血が滲む。


 ワインを煽って羞恥心を抑え込んだジャスパーは、

「一緒に戦えねぇのが何より悔しいんだ!」

「大丈夫だ、きっと次がある」

「なんでそんな、そんなこと言えんだッ。分かってんだろ、国別対抗戦(オリスタイラム)は一回一回が命がけだって!」


 手を伸ばしてハンシェルの胸ぐらを掴むとグラグラ揺さぶる。ところが彼は硬い表情のままなにも言わない。

 酔った頭が少し冴える。

 手を離すと草の上に寝転んだ。


「そもそも、ブリュンベルクは大丈夫か? お前さんとは言わんが、誰かほかに出場しなくて」

「あのあと、ウチの中で話し合ってな。“私の直感がビンビンしてる”だと。悔しいが俺らはお嬢の直感を信じるよ」

 ハンシェルの“信じる”の言い方はやけに哀愁が漂っていた。


「直感ねえ? たまーにいるよな。アホみたいに勘が冴えてる女魔導師(ドライバー)…… 前から思ってたんだが、お前はお嬢ちゃんに惚れてたりするのかい?」

 揶揄(からか)うと、ハンシェルは一転して荒い語気になる。


「ああッ? そんなわきゃねえだろバカヤロウッ! 俺ぁ、お嬢が手の平サイズの頃から知ってんだぞ?! お前といいミドといい、そういう下世話なことばっか言ってからモテねえんだよ!」

 酔いが覚めるほど(ののし)ったハンシェルはワイン瓶を奪い、一気に全部飲み干してしまった。


「あッ!」

「いずれにせよ、ここまできたら見守ることしかできん。戻って寝るぞ!」


 立ち上がったハンシェルは、ジャスパーの首根っこを掴んで引きずり起こすと、肩を貸して連れて行こうとする。

 途端にジャスパーの胃液が逆流する。


「やめッ、気色わる! おぶぇ!」

「吐くなバカ! あーあー服にかかっちまったよ」

「男に触られると…… 気分が……」

「どんな体質だ」

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