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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
25/95

ハンシェル Ⅰ

 五月十六日、木曜日。

 エドワードたちが合流してから半日が経過して、日付が変わり、キャンプ中の灯りは医療テントを除いで全て落ちている。


 白熱電球が照らす中、ハンシェルが医療テントのベッドの(かたわ)らで椅子に座っていると、小さな小さな声で、

「ハンシェル」

「ミドか」


 薄紅色のパジャマの上にダボっとしたガウンを羽織っていた彼女に、小さな声で応えたつもりだったが、夜のキャンプはシンと静かで、テント中に響き渡ったから慌てて口元を塞ぐ。

 するとミドは口元で人差し指を立てて「おバカ」と(たしな)める。

 ハンシェルとミドは共に、前々回の国別対抗戦(オリスタイラム)が初参加。同期の間柄だ。

 派閥が違うとはいえ、内緒話のできる仲ではある。


「容体はどう?」

「さっきようやく寝付いたところだ」


 二人の目の前で寝込んでいるのはアナスタシアだった。

 真っ赤な顔には玉のような汗が浮かび、苦しそうな寝息はジットリと熱い。

 昼間、エドワードたちとの一件がストレスだったのか、トレーニングの最中に高熱を出して倒れてしまったのだ。

 アナスタシアは昔から病弱で流行病(はやりやまい)で生死の境をさまよったこともあったが、ここ数年はずっと調子が良かったからハンシェルは油断していた。


「なんでこんな不安定な娘が国別対抗戦(オリスタイラム)なんかに」

「半分くらいはお前のせいだからな」

「はあ?」


 ミドは怪訝(けげん)な表情で息を漏らす。イラつくと人当たりが悪くなのは改善してほしい。

 しかしそれを分かった上で、彼女にとっても思い出したくない名前を出す。


「“最も綺麗な戦争”」

「ああ…… 読んだ?」

「半分くらい」

「私は五ページで心が折れたわ」


 “最も綺麗な戦争”は前々回の国別対抗戦(オリスタイラム)を一冊の本にまとめた小説だ。

 それぞれの代表団の中心人物を主人公に見立てて描かれ、クドは悲劇のヒロインの立ち位置である。ノンフィクションと(うた)っているが実際には脚色まみれ。あることないこと書かれて参戦して者たちからは酷評されている。ハンシェルも苦い想いをしたものだ。

 だが世間的には好評で、大陸全土で二千万冊売れた。貧困層には、文字は読めなくとも“最も綺麗な戦争”を持っている人間もいるくらいだ。


「妙に懐いてくると思ったら、そういうことだったのね」

 ハンシェルは当時のミドの口調を真似て、裏声を出す。


「“だってムカつくじゃないですか、病気を言い訳に何もしないでただ生きている人たち”」


 これは脚色ではなく、確かに彼女が言った台詞だった

 何を隠そう、アナスタシアが国別対抗戦(オリスタイラム)を目指すきっかけになった言葉だ。


 キッとしたキツイ視線で睨み付けるミドは、

「気持ち悪いわ」

「悪いな」


 ベッドの上で闘病生活の過ごした幼いころのアナスタシアにとって、読書を通して世界旅行をするのは唯一の趣味であった。

 調子の良い日は何冊も手にとり、知恵熱を出すほどだ。あんまりにも熱中するものだから心配になって、駄作と呼ばれる本を与えて飽きさせようと画策したものの「詰まらないなりに楽しみ方はある」と余計に読み漁るようになってしまう。

 “最も綺麗な戦争”は口裏を合わせて隠していたのだが、ベストセラーではそれも限界があり、いつの間にか通いの商人から手に入れていた。

 そしてミドの名言に感銘を受けたアナスタシアはベッドから飛び出して、屋敷の外に出歩くようになると体力もついて、国別対抗戦(オリスタイラム)に挑戦することになっていた。


「良くブリュンベルク侯爵が許したわね」

「それも一悶着あってな…… だからこそ帝国本土のゴタゴタに巻き込まれるのが不憫(ふびん)でな」

 遠い目をしたハンシェルは、半年前に起こったブリュンベルク侯爵家初めての親子ゲンカを思い返した。


「それで? 次の試合までに回復すると思う?」


 ミドの問いかけに、ハンシェルは黙って首を横に振った。

 経験上、短くとも三日は寝込み続ける。もっとかかるかもしれない。

 国別対抗戦(オリスタイラム)の試合は全て土曜日に執り行われる。そして今は、日付が変わって木曜の未明。まず無理だ。

 彼女は頭を抱えて「ううーん」と唸る。

 次の試合にアナスタシアを出す予定だったのだろう。


「悪いな」

「泣きたくなるわ。せめて警備長が旧本部長派閥(わたしたち)を統率してくだされば楽できるのに」

「あの人も頑固だからな。悪い人じゃ無いんだが」

 派閥間の対立が顕著化するとオーダーを組む苦労が倍になるのだろう。


「俺が言うことじゃないが…… 今回の国別対抗戦(オリスタイラム)、結果を出すことより生き残ることを優先したほうがいいんじゃないか?」

「それじゃあ皇太子殿下たちが納得しないでしょう。建前上、あの人たちは結果を出しに来たのだから」

「知ったこっちゃねえよ!」


 思わず語気が荒くなる。

 するとミドが渋い顔をして耳を抑えていた。


「大馬鹿」

「悪い」


 二人がアナスタシアの顔をみると薄く目を開けていた。

 毛布の隙間から白い小さな手がスーッと伸び出すと、ミドのガウンを掴んだ。


「ああ…… ミドさんだ、来てくれたんだ」

「起こしちゃったわね、ごめんなさい……」


 ミドがアナスタシアの手を握ると嬉しくなったのか「えへへ」と笑って、

「試合、出るからね」

「今は体調を戻すことだけ考えなさい」

「うん」


 安心したのか、アナスタシアは目を瞑るとさっきより穏やかな寝息を立てた。

 蔑んだ瞳のミドは、手信号(ハンドシグナル)で“散開”と命令してから立ち去ったから、ハンシェルは何も言わずに白熱電球のスイッチを切った。

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