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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
24/95

エドワード Ⅰ

 五月十五日、水曜日。

 ケイネスの記者会見から僅か二日後。エドワードがオヴリウス代表団に合流したのは昼過ぎのことだ。

 気がついた時には、帝国貴族たちの間でエドワードが国別対抗戦(オリスタイラム)に参戦することが既定路線になっていて、普段ではありえない立法速度で議会で承認されて、呆気にとられた。

 エドワードは純黒の詰襟服に金糸で装飾された帝室伝統の服を着て、頭には皇太子のみが被ることを許された、二十カラットの美しい青いダイアモンドがあしらわれている〈澄碧冠(ブルーモーメント)〉。この魔導具(ガジェット)は次期皇帝の資格がある者が被ると、青く幻惑的な光を放つ。普通なら国事でしか身に纏うことのがないのだが、今回は特別だ。なぜなら、出迎える彼らより少しでもいいから精神的に優位に立ちたかったからだ。

 エドワードの“歓迎会”を開くため、ダイニングスペースには団員たちが集まっているがみんな(けわ)しい顔している。

 覚悟はしていたが、いざ目の当たりにするとエドワードの心がチクリと痛む。


「皆さん、皇太子殿下ですよ! いやぁこんな貴重な体験中々ないですよ」


 ユーリの言い方が、まるでサーカス団のペンギンでも紹介するみたいであったから、エドワードは反応に困って、とりあえずに笑ってみせた。

 皇太子と面会するなど一部の貴族を除けばまずあり得ないことだ。“絶対にして不可侵”と形容される帝室、直接目にするのは恐れ多いというのが帝国での常識だった。

 実際、何人かの団員は片膝をついて頭を深々と下げている。

 エドワードとしては、相手の顔が見えないのは、なんだか不安だからやめてほしいのだが、産まれた頃よりこんな生活だからもう諦めていた。

 ところが、ちゃんと敬意を示しているのはむしろ少数派だった。

 その中でも一番不機嫌そうなアナスタシアは、椅子に座り、再生したばかりの脚を組んで踏ん反りかえっている。


「ずいぶんと不景気な顔してらっしゃるな、殿下」

「……お久しぶりです、侯爵令嬢(フロイライン)。傷のお加減はいかがでしょう?」

「おかげさまで絶好調だよ」

「はは」


 トゲトゲしい皮肉にエドワードの小さな身体はいっそう萎縮してしまった。彼女とは過去に何度か会ったが、以前とは随分と印象が違う。確かに勝ち気であったが、もっと気品ある可憐なお姉さんという感じだった。

 気が立っているせいか顔が妙に赤く、重そうな瞼が半分閉じてスッとした視線をしている。

 ここまで明確な敵意をぶつけられたことがなかったから、どういう顔をしていいのか分からず、やはり笑顔を作ってみせた。


 すると、エドワードの一歩後ろに立っていた亜麻色の髪を編み込んだ女が、一歩前に出て(まく)したてる。


「無礼だぞッ 従属国(とざま)の姫の分際で」

「ああ?!」


 彼女はシエスタ・フォン・リヒテンブール。近衛兵を示す、騎士を象ったエンブレムの付いた黒いスーツをビジッと着て、後ろ手に組んで姿勢の良く立つ姿は、正に“できる女”といった様相(ようそう)だ。

 本来、帝室の周囲は常に近衛兵が百五十人がかりで警護していて、ネズミ一匹許すことはないのだが、今は彼女一人だけ。代表団は三十二人までしか登録できず、未登録枠が二つだけだったから致し方ない。そのせいか普段は穏和で優しい女性だが、ひどく気が立っている。

 シエスタが問い詰めると、アナスタシアの周りに控えるオヴリウス派閥の迫力が増す。さすがに武器は持っていないが、傭兵国家と名高い彼らだ、皇太子の前でも全く萎縮せず、むしろ血気の底が見えない。戦闘は素人のエドワードであっても危険な威圧感(プレッシャー)を肌で感じる。

 これ以上彼らを刺激するのは旗色が悪すぎる。

 そんなことを知ってか知らずか、アナスタシアの口ぶりは一段とトゲ立つ。


「こんな簡単に代表団入りが決まるなんてな。帝国本土はいつからフットワークが軽くなったんだ?」


 エドワードが返答に困って黙っていると、シエスタが代わりに、

「機密事項だ」

「大方、一昨日の会見のずっと前から大貴族どもが動いていたんだろ? 目的はなんだよ?」

「機密事項だ」

「……話にならないな」

 アナスタシアがゲンナリとした口ぶりで立ち上がると不自然に少しフラついた。


 すると、シエスタが鼻で笑い、

「どこへ行く?」

「トレーニングだ。ご覧の通りなまってるからな」


 アナスタシアたちが宿舎の向こうに去っていくのを見送ると、今度はミドがエドワードに向かって、

「この度は、皇太子殿下の御前に配する機会を賜り、恐悦至極でございます」

「……はい」


 彼女には左腕がなかった。上着の袖がユラユラ揺れている、先日の第二節の試合で負った傷が癒えていないのだ。

 その異様な光景に息を飲んでしまった。

 本来なら、治療に専念するべきなのだが、幹部級が一斉死したため、現在彼女がヘッドコーチ代理として働かなくてはならない。


 彼女は丁寧な言葉遣いで、

「ひとつ、確認したいことがございます」

「はい」

「殿下は、いったい何しにいらっしゃったのですか?」

「僕は……」

 ミドの乾いた言葉に気圧(けお)され、言い淀んでしまった。そうしていると彼女が追い立てる。


「この際、ここにきた理由はどうでもよろしいでしょう。肝心なのは殿下が代表団のために何をしてくださるのか、というところに尽きるのです」

「貴様らと同列に語るなッ」


 シエスタが強い語気で言い放つと、ミドの眉間にシワがよる。

「つまり何もする気はない、と?」

「そうだ」


 シエスタが断言すると、ミドは呆れたのか目を瞑って首を振った。

 エドワードの胸がチクリとした。ただでさえ非常事態の現状に代表団に、足手まといが加わるのは心苦しい限りなのだ。


「殿下は代表団を優勝に導く、だからここにいらしたのだと認識しておりますが?」

「ミドさん! 殿下が我々を見守っていただければ! それが何よりの力でしょう?!」


 突然立ち上がったジャスパーは“堪え切れない”といった感じで叫ぶと、ミドはウンザリとした様子で溜息を吐く。


「何を夢みたいなことを」

「殿下の威光を示せば敵国の連中もひれ伏すに違いないッ! これはもう勝ったも同然だろ!」



 だいぶ興奮している様子だが、帝国の多くの臣民の価値観はジャスパーと同じようなものだ。辟易へきえきしたのか、ミドは我関せずと口を閉じ、それ以降何も言わない。


 それを見てシエスタは不満そうに眉を動かしたが、

「ともあれ、本日よりエドワード殿下が代表団本部長の任を預かる。よろしいな本部長代理?」

「はいはいもちろんです、僕のような小物では到底担うことのできない重責。殿下には存分に手腕を発揮して、我々を導いていただきたい」

 そう答えたユーリは仰々しく腰を折り、深く頭を下げた。


「では、さっそく事務的な引き継ぎを行おう」

 胡散臭いなあ、と思いながらもエドワードは、シエスタと共にその場を離れ本部テントに向かった。

「ああ…… 待ってください」


 ほかにやることはないのだろうか、呼んでもいないのにゾロゾロとジャスパーたちが後を追ってくる。

 既に用意してあったのか、資料の数々は箱に納められ、承認印などを受け取ると本部テントをあとにした。


 キャンプ内をグルリと一周すると、シエスタはジャスパーたちに向かって、

「貴様ら、暇ならあの小屋と、蒸気機関を移動させろ」


 鶏小屋と小型蒸気機関だった。

 キャンプでは採卵用に鶏を飼っている。残飯も与えるが、小屋を柵で囲って、その中で土をほじくり返して虫や草花を餌にしているが、一週間ほどもすると食い尽くしてしまうから、定期的に場所を動かしている。

 蒸気機関は、照明や通信のための発電用だ。魔導具(ガジェット)でも発電はできるが、長期的に安定した発電はこちらの方が向いている。


「鶏小屋、ローテーションで場所を動かしてて。当分動かす予定はないんですが」

「蒸気機関は一度停止させないと……」

 飼育員のビゲレブーンと、蒸気技師のケルンが、揃って渋い顔になる。

 どちらの設備も、ちゃんと計画を立てて設置されたものだから、不用意に動かすとどこかにしわ寄せが行きかねない。


 そんなことを知ってか知らずか、シエスタは強い語気で、

「良いから早くしろッ、殿下のためだ!」

「はあ……」

「分かりました」


 二人は不満げではあったが、ほかの者の手を借りながら一時間かけて鶏小屋と蒸気機関を動かすと、五十メートル四方の大きなスペースが出来上がる。

 シエスタが懐から、ルビーでできた獅子の像を取り出す。


 ジャスパーが揉み手をしながら、

「それは魔導具(ガジェット)でありますか?」

「〈灼煉離宮(クリムゾンハウス)〉。帝室に伝わる宝物(ほうもつ)のひとつだ」


 シエスタは〈灼煉離宮(クリムゾンハウス)〉を地面に置いて魔力(エーテル)を流しこむ。

 すると、地面が揺れて液状化し、泥はゆっくりと盛り上がり山となると、次の瞬間炎が付く。

 炎は勢いを増し続け、熱気と光の強さで目を開けていられない。ボウォォと焼ける泥の臭いが鼻の奥にツンと刺す。

 五分ほど燃えあった炎はフッと消えた。すると、赤茶色の巨大な屋敷が出来上がっていた。

 ジャスパーは恍惚の溜息を漏らした。


「おお…… 殿下の居城にふさわしい、雄々しい姿。感服しました」


 土を操作し屋敷を形作り、火をつけ焼成させて強度を持たせる。

 魔導具(ガジェット)としてはそれほど特別なことはしていないが、その規模の大きさと繊細さは他に類を見ないほどだ。

 高さ十五メートル、縦横五十メートルの三階建。上から見ると“コ”の形。

 寝室数は二十部屋もある。ほかにも広間や食堂など、屋敷として使うに問題ない部屋が揃っている。

 外壁の浮き彫り細工は魔導具(ガジェット)で作ったと思えないくらい繊細で、絵画のように心を打つ。土中の成分によって使うごとに色合いが変わるから、彫刻自体は同じデザインであっても毎回印象が異なる。今回はガラスの光沢があって彫刻が映える。玄関の上のところに獅子の銅像があり、まるで出入りする者を監視しているようだった。


 シエスタは「言うまでもないことだが」ともったいつけて、

「〈灼煉離宮(クリムゾンハウス)〉は使い捨てなれど、皇太子殿下の仮宮(かりぐう)。貴様らが踏み入って良いものではない。そのこと、ゆめ忘れるなよ」

「は、心得ております」

 エドワードはなけなしの勇気を出して、シエスタの服を引っ張る。


「あの……」

「……何か?」

「いや、よい」


 “これだけ大きいのだから、みんなで使わうべきだ”と言いたかった。

 どう考えても一人で使うには大きすぎる。仮設テントで暮らしている彼らをこちらに越させた方が、都合が良いではないか。どうしてそんな簡単なことが分からないのだろう。

 結局いつもそうなのだ。エドワードが何か想っても、周囲はそんなこと御構いなしに話を進めてしまう。

 話題の中心にいるのに誰も相手にしていない。

 権威はあっても、権力はない。

 砂の中に沈み込んで行くような、得体の知れない恐怖が足元からこみあげてくる。

 一生こんな気持ちで生きていくのは辛いなと、誰にも聞こえぬように長い息を吐いた。

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