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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
23/95

パフィン Ⅰ

 あの日と同じように星の見える夜だ。流星事件の現場は、十日経っても焦げた臭いが消えていなかった。

 夕方に国務長官が目覚め、記者会見を開くと記者たちに一報があった。正面には長机が置かれ、大量のマイクが置かれている。小さなクレーターは(なら)されておらず、ボコボコとした焼けた土の上に各国の記者たちが集まっていた。

 彼らの中には流星事件に巻き込まれた者も多数いた。それでも恐怖に負けずにやってきたのは信念を掲げているからだろう。“ペンは剣よりも強し”と言ってしまうのは簡単だが、実行できるのは多くない。


 パフィン・チェンリーもその一人である。

 彼女はトロット・ジャーナル社の新人記者、流星事件の時は現場にいたのだが、ごった返す人波の中でビクビクと震えていると運良く軽い火傷で済んだ。どちらかというと、逃げ惑う人が振り回す腕や足にぶつかったほうが痛かったくらいだ。

 だが、気楽で居られるわけもない。

 今でも目の前で熔鉄に呑まれていく先輩の姿が脳裏から離れない。彼だけでない。会場中を支配した赤々とした熔鉄、人の焼ける臭い、(うめ)く声。あの夜、確かに地獄が具現していたのだ。今も彼らが死んだ場所にいるのだ。

 膝が震えが止まらない。

 だが怖いのは、事件が風化することだった。

 何の力もないけれど、必ず事件の真相を世に示してやるとパフィンは自分自身に誓った。


 箱馬車が長机のそばに乗り付けると、女に肩を借りたケイネスが姿を見せた。右腕はなく、頭には包帯を巻いていた。顔は土色で、呼吸が苦しそうに見える。

 フラつきながらも立ち上がり、テーブルに左腕を突いて身体を支えていた。

 記者たちはざわつきだす。

 ケイネス・ローランド・フォン・ノルマンディー伯爵という男は、いつどんな時であっても優雅で気品に満ち溢れ、余裕のある立ち振る舞いをする人物だからだ。

 フラッシュの雨の中、彼はそのままの格好のままジッと立ち尽くす。

 記者たちは彼の一挙手一投足に釘付け。ざわつきは徐々に小さくなり、彼の言葉を今か今かと待つ。最後のフラッシュが焚かれた後、ようやく彼は口を開いた。

 ケイネスの舞台俳優のような深みのある声が(かげ)ることはなかった。


「本日は、急な会見にお集まりいただき、ありがとうございます」

 ゆっくりとした丁寧な滑舌は、聴く者の耳にスッと入ってくる。


「皆さんもご存知の通り、イストレール本部長は流星事件に巻き込まれ、天へ召されてしまいました。夫人は長年の間、国別対抗戦(オリスタイラム)の発展のためにご尽力を尽くされていらっしゃった。ご冥福を祈るばかりであります。平和の祭典たる国別対抗戦(オリスタイラム)の開幕前夜、絶対にして不可侵たるオヴリウス帝国でこのような大規模テロが起こってしまったこと、国務長官として責任を感じてやまない。残念なことに、誇り高き帝国の威信は今まさに失墜しつつある。この屈辱は身を焦がされることよりも遥かに苦しい。亡きイストレール夫人らも同じ思いだろう」


 グラディスの名前が出た瞬間から会場には鼻をすする音が鳴る。

 彼女は半世紀もの間、選手として、裏方として、そして本部長として尽力をして来た。人柄も良く、誰からも好かれる人物。もちろん記者たちの中でもファンは多い。


「可能ならば、私自身が代表団入りし全力を尽くしたと考えておりますが、見ての通りのありさま。これでは脚を引っ張ることしかできないでしょう。しかし、私以上に帝国を愛し、帝国を背負って立つ御方(おんかた)が居るではないか」


 誰だか見当がつかない。

 いや、思い当たる人物はいるがあり得ない。

 ケイネス以上の大物となると、そしてこのイヤに丁寧な言い回しを受ける人物となると、もう帝室の人間しかいない。

 ケイネスは荒くなった呼吸を整えるため、タップリと間を開けた。

 そのせいで、記者たちは焦れる。

 早く名前を言うんだ、と。


「私はエドワード皇太子殿下の代表団入りをお願いしたいッ」

 脳裏に浮かんでいた名前が出たことで、それまで固唾を飲んでいた記者たちが途端にどよめく。


「過去、国別対抗戦(オリスタイラム)に参加した帝室の方は居ない。だがそれは、これからも参加することがないということではないのだ。この国難の最中、若き皇太子にはその陣頭に立ち、臣民を導いてほしいッ!」


 思考がこの非常事態に追いつかない。

 エドワード殿下が国別対抗戦に参加する。

 ありえないことだ。

 彼はまだ十二歳。幼く、何の力も持っていない。

 しかし、パフィンの心の中にはその光景を見てみたいという願望が確かにあった。

 パフィンだけではない。オヴリウス帝国臣民に根付いた願望。帝室は絶対であり、結果を示し続ける宿命。そうでなければ絶対権力を持ち続けることはできない。

 幼いとはいえ、皇太子ならばあるいは。

 なんてことを思えてならないのだ。


「帝国万歳ッ!」


 記者団の中の一人が突然そう絶叫した。

 熱狂は伝播する。


「そうだ、殿下の御力(おちから)をお借りしようッ!」

「帝国万歳ッ、皇太子殿下万歳ッ!」


 のぼせ上がった記者たちが叫び狂う。

 彼らと同じように叫ぼうとしたパフィンの声は、喉に引っかかって出てくることがなかった。

 それでパフィンは、自分が視野狭窄に陥っているとわかった。冷静さを欠いていた。

 落ち着いて、事件の取材をしなくてはいけない。ヘタをすれば、命に関わりかねない。

 自制を心がけるため、握った手をジャケットのポケットに入れると、パフィンは逃げるように会見場に背を向けた。

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