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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
21/95

アナスタシア Ⅴ

 目覚めてすぐのアナスタシアは多少混乱していたが、ベッドに戻されて簡単な診察が終わる頃には落ち着きを取り戻していた。

 ハンシェルから状況をひと通り説明されたが、どうも頭に入ってこなかった。隣に置かれた円筒状の水槽、〈アイレーの骨織(ほねお)り線虫〉から目が離せなかったからだ。

 その中は黄色い液体で満たされ、沈殿した(おり)からは細長い糸みたいなものが生えて、患者の欠損部を穴埋めするように編み込み再生していく。

 今この中に浸かっているのはナトラだった。

 彼は(へそ)から下がなく、右腕もなく背中は黒く焦げている。

 生きているようには見えず、死体のホルマリン漬けと言われた方がまだ納得できる。それくらい痛々しい姿を、アナスタシアは一人で眺めていた。


 すると、着替えを持ってきたドリスがなにやら取り繕う表情で、

「暇っすか? 本でも持ってきます」

「うん、後で読む」


 意気消沈しているアナスタシアをなんとか元気づけたいのだろう、少しオーバーな身振り手振りで、

「あー…… でもたいした怪我じゃなくて良かったっす」

「そりゃぁ……」


 流星事件の時のことをぼんやりとした頭で口にした。

 ナトラのおかげで、アナスタシアは両脚の膝から下を失った以外は大きな怪我はなかった。再生治療を受ければ、完治まで二週間といったところだろう。


「……じゃあ命の恩人じゃないですか」

「違うから、〈蝶々発止(ファンブル)〉使ってれば普通に避けれたから」


 ドリスの言い方が何やら小さい子供に言い聞かせる感じだったから、アナスタシアは意地を張ってそう答えた。だが、会場には彼女よりも機動力のある魔導師(ドライバー)もいて、彼らも死んだり大怪我を負っているから、これには説得力がなかった。アナスタシア自身、自覚があるから渋い顔が止まらない。

 そこで迷ったが、「キスでもしようぜ」と言われたことも話してみる。色恋沙汰には縁遠かったので、かなり照れながらだった。

 顔が熱くなるのを自覚する。


「どういう意味よ?」

 ドリスはカッと眼を見開き拳を作ってナトラに近づく。


「何しようとしてんだ?」

「お嬢に手ぇ出す奴は全員敵ですんで」

「やめなさいって」


 ショボンと眉尻を落とした彼女は、

「……ウス」

「で、約束守った方がいいかな」

「まあジョークのつもりじゃないっすか? 死に際で、エロいことしたくなるンスよ、男って生き物は。何も言ってこなければそれまで、言ってきたらウチがヤリマス」

「そうか」


 この話を続けるとナトラが死んでしまうので「本持ってこい」と言うと、彼女はブスッと可愛くない顔で医療テントから出ていく。

 ドリスを待っていると、急に香ばしい匂いが医療テントの中に漂ってきた。


「お待たせしましたぁー」


 愛想のいい笑みを浮かべたリーリスだった。

 彼女の持ってお盆の上にお粥の入った大きな器と、漬物の入った小さな器がいくつか乗っていた。それを見ると胃袋が吐き気を訴え、思わず舌を出す。

 リーリスは看護師としても優秀だが、彼女が呼ばれた理由は、料理技能があるからにほかならない。

 ふだん代表団の食事を用意しているのは別の男である。彼は限られた食材で、団員たちの舌を飽きさせない料理を大量に用意している。

 リーリスはこれとは別に、病人食作りを担当している。魔導具(ガジェット)を使い栄養素を管理し、熟成を早め、吸収しやすい料理を作るのが彼女の本領だ。


 でもやっぱり、

「食べたくない」

「アーシェちゃん、医食同源という考えがありまして、身体を治そうとすると食事ってすごく大事なのね? だから無理してでも食べてほしいな」


 目の前に置かれた器の数は普段だったら「少ねえ」とか文句をいうくらいの量だが、今は湯気の甘い匂いですら受け付けない。とても食べられるとは思えない。

 それを悟ったリーリスが、天使のようなにこやかな笑みを浮かべてレンゲを渡す。


「自分で食べるのと、私に押し込まれるの、どっちが良いですか?」

「そんなこと言われても……」

 リーリスは手を力強く握り締め、隣で揺蕩(たゆた)うナトラを指差す。


「自分で食べれらない人もいるんだよ?」

「うう……」

 いつもは優しそうな瞳をしているのに、今日は怖くて逆らえない。


「まずはこれ飲んで」

 それは具材のひとつも入ってない、琥珀色のスープだった。


「じゃあ一口だけ」

 レンゲで(すく)って一口飲む。

 サラリとした薄い塩味で、でもさまざまな旨味が複雑に混ざり合っている。吐く息ですら香り高い。イライラとしたテンションから角が取れていく感覚が身を包む。

 すごいのは味だけではない。血の巡りが良くなって、少し汗ばむギュッと縮んでいた胃袋がジンワリと広がっていく。

 さっきまで食べ物のことなんてかんがえたくもなかったのに、食欲が少し湧いた。

 

「なにこれ? すっごい」

「〈山海全壺(シャンハイフルポット)〉で作りました。いろんな食材を入れて起動(レイズ)すると薬膳スープができるんです。効能は食材によりますが、体力回復、滋養強壮、食欲増進。おまけに美容にも良いんですから飲まなきゃ損です」

「これ今作ったの?」

「はい、用意はしてたけどね」


 照れ笑う彼女の目の下に、クマがあるのに気がついた。

 二日間まともに休息を取れてないはずだ。そんな中、これだけ手の込んだものを用意したのだ。

 さっき反射的に「食べたくない」と言ったのが今更恥ずかしくなった。


「食べる」

「かんばッ」

「え? あ、うん」


 リーリスが手を握りしめて声を出すから、おままごとをしているようでこそばゆい。

 やめてほしい。


「ここががんばりどころだよ」

「戻りやし…… はッ! お嬢ぉぉ!」

「うるさいのが増えた」


 ドリスも戻ってきて二人の声援を受けながら、なんとも居たたれない気持ちで食事を進めるのだった。

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