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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
19/95

アナスタシア Ⅳ

 大きな岩の上で眠い目を(こす)っていたアナスタシアは、頭上から灼熱の豪雨が降り出すと同時に眠気が消え失せた。

 本能的にとにかく遠くに行こうと立ち上がると、ナトラに腕を引っ張られて地面の上に叩きつけられる。


 馬乗りになった彼は空を見上げて、いつもよりずっと冷たい乾いた口調で、

「アーシェ、寝てろ」

「はあ!? 早く逃げないと!」


 起き上がろうとすると、彼は腕を取ってまた押し倒す。


「無理だ」

「〈蝶々発止(ファンブル)〉使えば……」


 機動力に自信があった。

 顔を横に向けると、逃げている魔導師(ドライバー)の姿がいくつかあった。アナスタシアと同じ考えをしたのだろう。

 空を飛んでいる者や地面を滑っている者。遠目でもかなりの速さだと分かる。だが彼らは皆、脱出する寸前で撃ち落とされた。

 溶けた鉄が絡むと身体ボッと燃え上がり、すぐに動かなくなる。見ただけで、身体が震え喉が干上がる。


「この手のモンは外側が一番高密度と相場が決まっている。逃げる奴を殺すようにできてる」


 適当なことを言っている感じには聞こえなかった。

 アナスタシアに大規模な防盾(シールド)はない。ナトラにもないだろう。

 直感で死期を悟った。

 素直に彼にされるままになった。

 というより、失意のせいで、身体から力が抜けてしまう。

 明日には国別対抗戦(オリスタイラム)が開幕するのに、あと少しで出場できるのに、こんなところで死ぬのか。

 地面の上でグッタリと横になる。

 搔き集めた土をアナスタシアの頭や胴体にかけていた彼は、頬に手を当て、しっかりと目を合わせる。


「アーシェ、頭と胸は守ってやる、そしたら医者がなんとかする。だからちょっと痛いだけだ。君は死なない」

「……本当に?」

「ホントホント」


 彼は互いの小指を絡めて断言した。

 知らないまじないだったが、ちょっと安心できた。

 それで少し心に余裕ができたのか、自分のこと以外に気がついた。


「ナトラは? どうするの?」

「……アナスタシア」

「はい」

 呼び方が変わって、ドキリとする高鳴る。


「お互い生きてたら、キスでもしようぜ」

「はッ?!」

「おいでなすった」


 返事を待たずに彼はアナスタシアの上に覆いかぶさり、更に防盾(シールド)を展開した。

 直後、すぐ横の地面に真っ赤な鉄の塊が落ちた。それは着地の衝撃で、弾け、分裂して舞い上がる。再び落ちて来た灼熱の雫は、一度防盾(シールド)に乗っかり、(ふち)からトロリと落ちた。

 ナトラの身体越しにドスッと何かが激突する衝撃と、ジュゥゥッとステーキの失敗作のような匂いが香ってくる。

 意識はあるのだろうか。何も言わず、叫んだりもしない。

 代わりに、彼が奥歯を食いしばる音がギリギリと耳に届く。抱きしめる腕が強張る。

 心なしか彼の身体自体が熱くなっている気がする。


「ナトラ! もういい! 私は大丈夫だから!」


 届いているのかいないのか、彼の腕の力は一層強くなった。

 そして予感があった。

 足首の近くが火傷しそうなほど熱くなっていった。

 熱さは天井知らずに高くなりそれが溶けた鉄だとすぐに分かった。このままだと触れてしまう。

 咄嗟に脚を反対方向へ動かして避けようとした。

 そこにも溶鉄があった。

 ボチャンと浸かると、熱はアナスタシアの脚にへばりつく。


「ぎゃあああああッ!!? なあああああ!!」


 とにかく、痛いという感覚以外頭から吹っ飛んだ。

 激痛が両脚を包み皮膚を焼き、筋肉を焼き、ついには骨に達する。

 脚のあらゆる場所が激痛を訴え続けると冷静でいられない。思わず、顔を覆っているナトラの胸部に食らいつき悶え暴れる。自らの意思とは関係なく痙攣(けいれん)する。全身の細胞が警告を鳴らす。彼がガッチリと押さえ付けてなければ、ものの数秒で岩陰から飛び出ていただろう。

 アナスタシアは戦闘用魔導師タクティカル・ドライバーとして経験が浅い。だから知らなかった。痛みが、こんなにも頭の中に響くだなんて。

 激痛に耐えかねた意識は、遥か遠くに飛んでいった。

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