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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
15/95

ナトラ Ⅸ

 乾杯から三時間が経過した。

 ダイニングスペースにいた団員たちは十人ほどに減って、残っている者も大体は真っ赤顔をしてノビている。

 彼らを(うらや)みながらナトラはグビグビとジョッキ飲み干す。


「酔えねえ」


 ナトラは酒に強い体質で、生まれてこのかた酔い潰れた経験がなかった。

 顔色は変わらず、テンションが上がったりはせず、吐いたり倒れたりもしない。

 酒の味自体は嫌いではないからあれば呑むが、なんだか損している気がしてならない。


「なんだぁ結構いけるクチか〜、ひょーしトコトンのむじょー」


 ジャスパーは既に顔を真っ赤にしてグデングデン。焦点の合っていない瞳はグルグル回り、鼻の下がビロビロに伸び切っている。「トコトンのむじょー」は既に三回は聞いていた。

 戦闘用魔導師タクティカル・ドライバーなんて刹那的な生き方な連中ばかりなのだが、それにしてもこれは酷い。

 彼のことを、残念そうな目でリーリスが見つめる。


「これだから宴会は嫌いなんですよねぇ」


 (つぶや)くと、ジャスパーの両足首に(かせ)を取り付ける、威圧感(プレッシャー)からして魔導具(ガジェット)だ。(かせ)は浮かび上がり、そのまま容赦なく引きずっていく。医療テントの方に運ぶのだろう。


 ナトラは思わず、

「担架とかないの?」

「あるにはあるんですが、“酔っ払いには上等すぎる”と先生が……」

「さいですか、どうも」


 ジャスパーの口に苦そうな草が入りこんでいるが、今の彼にはビールと区別がついてないのか、どことなく幸せそうである。さすがに、ああはなりたく。


「手伝おう」


 ナトラはジョッキを置いて立ち上がろとすると、リーリスが手をパタパタ振って、

「大丈夫です。これもお仕事ですから」


 ニコリと浮かべたあざとい笑みの中に、少し疲れが見えた。

 やっぱり手伝おうと席を立つと、今度は怒ったようにムッと目つきが悪くなる。大人しくしておこう、彼女にもプライドがあるのだろう。

 酔っ払いが居なくなり、自分もそろそろ休もうかと考えていると袖を掴まれる。アナスタシアが、ナトラの飲み残しのグラスを興味津々な視線で見つめていた。

 さっきまで静かに頬杖をついて、何度かうつらうつらしていたから、とっくに寝ていたのかと思っていたから少し驚いた。


「お酒って美味しい?」

「何? 呑んだことない?」

「ない」


 彼女のグラスはオレンジ色、酒ではないだろう。

 年齢を聞いたわけではなかった。

 天真爛漫な顔立ちにはあどけなさが残る。しかし、スラッと伸びた四肢やキュッと(くび)れた腰つきからは、大人の香りが漂う。静かに大人しく微笑んでいれば、誰が見ても美少女で通るだろう。


「一口ちょーだい」

「どーしよっかなぁ?」

「いいじゃん減るもんじゃあるまいし」

「減るがな」


 両手を合わせ、上目遣い、加えて甘い声で媚びるの心がグラつく。

 大人と子供の中間点にいる彼女に、酒を舐めさせるのは正解なのだろうかと悩む。

 ナトラが目を瞑って唸っていると、背後にはハンシェルがいた。


「お嬢にはまだ早いです」

「ええ、なんで!」

「何が何でもです…… 絶対に酒やら煙草やらは呑ませないでくだせい」


 ハンシェルは強い眼光でナトラに迫った。

 明らかに“まだ早い”以上の何かと、身の危険を感じたので、ナトラは「はい」と端的に答える。

 ところがアナスタシアは納得できないのか駄々をこねる。


「良いじゃん、もう十六だし普通だろ」

「そうなんですか?」

 オヴリウス帝国では、酒は煙草は十五歳から制限付きで解禁である。


 だが、ハンシェルは変わらず強い口調で、

「ミドもヤらねぇでしょ」

「……あー、確かにそうだな」

 それで一応納得したのか、途端にテーブルに突っ伏してブツブツ呟く。


 不思議に思っていると、察したのかハンシェルが、

「お嬢はミドの大ファンなんです」

「へ〜、その割には全然戦い方違うな」


 感覚派の近接手(ストライカー)と理論派の射撃手(シューター)では水と油である。普通仲が悪い。


「うるさい!」


 酔いが覚めそうなくらいの怒声であった。酔ってないが。

 いくら何でも不機嫌すぎる。知らぬ間に彼女の癪に障ったのだろうか。

 それでも、ハンシェルのお願いを無下にする理由にはならない。


「わかりました。アナスタシアが酒瓶持ってたらブン殴ります」

「お願いしやす」


 殴るのは良いのか。


 ブスッとテーブルに突っ伏したアナスタシアは突然、

「“アーシェ”」

「は?」

「“アナスタシア”って呼ばれ方イヤなんだよ。“アーシェ”って呼んでくれていい」

「分かったよ、アーシェ。だから機嫌を直していただきたい」

 そう言うと、彼女は「でへへ」と品のない笑みでオレンジジュースに口をつけた。

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