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抜刀ナトラ  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
オヴリウス帝国ラウンド
13/95

ナトラ Ⅷ

 模擬戦が終わった後、ガックシ落とした肩をアナスタシアにグイグイと引っ張られたナトラは食堂に案内された。そこは草の上に木製のテーブルと椅子が並んで、頭上に巨大な日除けの幕(タープ)が貼ってあるだけのところだ。

 〈大いなる卵胞マニュース・オーヴェム〉があるとはいえ屋外。雨風は凌げるのだろうかと疑念を抱く。

 まあ大丈夫なんだろうが。

 テーブルにはウィンナーとキャベツの塩漬け、ビールの注がれたグラスが配られる。歓迎会の本番はこれから。というより、酒盛りをする口実にナトラを使ったのだ。


「傷、()せて下さい」


 サラッとした金髪の娘が心配そうな顔でやってきた。艶のある声色、目元のホクロと柳腰が悩ましい。ワイシャツとエプロンとズボンという野暮ったい格好なのに、やたらと色っぽくて心臓に悪い。

 結成式の時、幹部の人とは挨拶を済ませたが、(せわ)しなかったから団員全員と挨拶することはできず彼女のことは知らなかった。


「どなた?」

「リーリス・リールベルト。医療班です」


 リーリスは愛想の良い笑顔を浮かべ、持っていた救急箱からの消毒液の染みたガーゼを取り出し、ミドに付けられた擦り傷にチョンチョンと塗っていく。彼女は前かがみに近づいてくるからワイシャツの襟元からチラリと胸元をのぞかせた。


「心配したんですから、危なっかしいことしてはいけませんよ」


 首を傾げて上目遣いの彼女の瞳に、どこかこなれた感じがあった。この娘は自分が美人だと自覚しているタイプだとハッキリと分かるが、それ以上に愛嬌がいいから全く不快でない。


 鼻の下が伸びそうなのを我慢しながら、

「はあ、いや…… 国別対抗戦(オリスタイラム)なんで危険なのは仕方ないでしょ?」

「それでも、できるだけ避けるべきですッ。全く、どいつもこいつも危なっかしい」


 彼女は絆創膏(ばんそうこう)を貼るとパンッと叩く。

「お酒はほどほどに、それでは」


 ビシっと指差すと彼女は医療テントに去っていた。リーリスの長い髪を男たちの熱視線が見送り、更にそれを見る女たちの視線はゴミを見るようであった。

 それはさておき、みんなグラスに口を付けないから乾杯するのだろうと待っていると、アナスタシアがパンパンに膨らんだ財布でナトラの頭をパシパシ叩く。その顔は、明日の天気は晴れと確信させる景気の良いものだ。


「いやナトラ良くやった。おかげでお小遣い増えた」


 アナスタシアだけでなく、多くの団員たちはミドに賭けていたからほとんどの団員はホクホク顔で、一部の者だけが苦い顔して(うつむ)いている。


「そいつはどうも」


 負けて褒められるとはなんとも気持ち悪い。渋い想いでジトッとしていると、ナトラの周りの団員が少しずつ盛り上がる。


中立国出身(よそもん)のクセにミド相手にあれだけやれるとはな。俺なんか十秒持たん」

 背が高くヒョロッとした男が馴れ馴れしく肩を組んできた。彼の髪は短く、耳に派手なピアスを付けた、首筋にはバラの刺青がある。パッと見はかなり強面(こわもて)であるが、陽気な雰囲気を醸し出して悪印象はない。


「誰、オッサン……」

「あれ? 覚えてない? 三十人もいるからな、俺もまだ半分も覚えてない。ハッハ!」


 誰かが「それはダメだろ」と突っ込むとドッと笑いが起こる。

 だがアナスタシアは詰まらなそうにブスッと頬杖をついた。


「俺はジャスパー・マーベリック、二大会目で帝国本土出身だ。よーし今日からお前は俺の子分だ!」

 名前を聞いて、確かに脳裏に覚えがあった。前回大会はこれといった成績は残していなかった、控えの控えくらいの戦闘員(アタッカー)だ。

 彼の息は既に酒臭い。酔っ払いの戯言(ざれごと)は半分に聞いておこう。

「いえ、遠慮しておきます」

「あんだよ! あーん、ヒック…… ホラホラ、見ろよ、お前の名前載ってんぜ」


 彼は小脇に抱えていた雑誌を広げた。

 雑誌記者が特別試験(セレクション)の会場にいたのだろう。国別対抗戦特集号と冠したそれには、ナトラの名前と、評価点が載っていた。


 魂魄四点

 攻撃五点

 防御三点

 機動三点

 連携四点

 射程一点

 特質一点

 索敵不明

 指揮不明

 総計二十一点


 各項目十段階で、合計百点満点。

 最後ふたつは特別試験(セレクション)では計れないから点数が低いのは仕方ないが、それにしても低すぎる


「ダメダメだなぁ。ちなみに俺の評価はこれだ! ……どこだぁ?」


 酔いが指先に来ているのか、ジャスパーがいくらパラパラめくってもお目当てのページに辿り着かない。「もういい、じぶんで探せ!」と雑誌をテーブルに叩きつけて新しい酒をもらいに去ってしまった。


 雑誌を拾うと、隣で不貞腐れているアナスタシアに向かって、

「君のはどこだ?」

「知らない」


 興味なさげな彼女を尻目にパラパラめくるとすぐに見つかった。かなり大きな写真付きだったからだ。


 魂魄八点

 攻撃八点

 防御六点

 機動八点

 連携七点

 射程二点

 特質六点

 索敵不明

 指揮不明

 総計四十七点


「なんで俺よりいいんだよ」

依怙贔屓(えこひいき)でしょ?」


 元より手の内を全て(さら)したわけではないから、評価はどうでもいいのだが、アナスタシアには試合で勝っているのに彼女の半分なのはどういう了見なのだろうか。

 機会があれば記者に問い詰めたい。


「記事なんかで騒ぐなよ。こういうのは期待値込みというか…… 結構適当なんだよ」


 アナスタシアがつまらなそうに雑誌を放り投げると、ゴミ箱に吸い込まれた。

 そうこうしていると、メンツが揃い、テーブルの上にはひと通り皿が並ぶ。


「みんな、グラス回ったかー? さて、今日からナトラが代表団に加わるわけだが、見ての通りの剣さばきなわけだ。だけどあたしゃ驚かなかったよ? なんてったって、特別試験(セレクション)の時見て思ったのは……」

「長ぇ!」

「老けるぞ」

「早く飲みゃへろぉ!」

「もう飲んでるし」

 何人かが好き勝手に野次を飛ばすとグラディスの眉間が電極を刺したようにピクピク揺れる。


「それじゃぁ…… 開幕は明後日だ、飲み過ぎんじゃないよ。乾杯ッ!」

 こうしてようやくドンチャン騒ぎが始まった。

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