時計におねがい
けたけた笑いながら、私は休み時間にゆみこちゃんといた。
話しをしている間、ゆみこちゃんの顔を見てるけど、時々その向こう側を気にかけていた。
喜久田くん!
少し色黒で背が高くて、笑うと白い歯がみえる。喜久田くんも友だちと談笑している最中だった。
いつも気がつくと私の目は喜久田くんの姿を追っている。
はにかんだ笑い顔。言葉少ないけれど、ちゃんと的を得た話しをしてみんなに好かれている男の子。
最初に意識したのは小学校5年の夏。プール開きで水に浸かっていた私たち。
「喜久田くん、喜久田くん。水がとってもきれいだったよ!」
と私が言うと、喜久田くんは、
「きれいなのは、あんたの目だよ」
と言って、行ってしまった。
それは聞き違い?でもほんとに、そう言ったの?
私は胸がドキドキした。
色紙を机の引き出しに入れていて、好きな色を一枚取り出す。
「算数のテスト100点だったね!すごいね!」
白い側に鉛筆でそう書いて鶴を折って、席を立つ。さりげなく近づいて喜久田くんにそれを渡す。
喜久田くんが鶴を開いて中に書いてある言葉を読むと、こっちを向いて笑った。
私も微笑む。とても楽しい。
でも良いことばかりじゃない。
私が喜久田くんに夢中なのに気づいたあきこちゃんが、クラスの課題曲「大きな古時計」の歌の練習中に、「ちくたくちくたく」をわざと「喜久田喜久田」と歌って私の方を見るようになった。
あきこちゃんとめぐみちゃんと私は交換日記を書いていたけれど、二人はクラスで嫌いな男の子ベスト5とかしか書かない。私は好きな人を理由を書いてベスト5で書く。
そのくらいならあきこちゃんも嫌がらせはしなかったかもしれない。
あきこちゃんが交換日記に、親が部活に無理矢理行かせて行きたくないって書いた。でも内申書のためだから部活に出なきゃならないって。
私は「行きたくなかったら行かないと良い」と書いた。
そしたらクラスでみんなが私を無視した。ずいぶん我慢したら、「もうやめようよ」って誰かが言ってくれて、プチいじめは終わった。
めぐみちゃんが「よく考えてみて」と交換日記を私にくれたけど、どう考えてもわからなかった。
私は友だちの前で喜久田くんを「時計さん」というあだ名で言うようになった。
そのうちみんなは、からかわなくなっていった。
クラスでお母さんが亡くなった男の子がいた。ちょっと突っ張ってる感じの子だけど、きれいな女の子に真っ直ぐにアタックして将来結婚して欲しいといつも話していた。みんな遠巻きにだけど興味津々でその子達のことを見ていた。
「みちよちゃん。おれと付き合って」
長崎くんという男の子が私にそう言ったの。
どうしてか私は知っていた。私の弟が自閉症で、長崎くんのお兄さんが自閉症だったから、大学の自閉症研究会の活動で出くわしたことがあったのだ。
「兄弟に自閉症がいたら誰も結婚してくれないぞ」と長崎くんは言った。
私はそんな理由は嫌だった。
長崎くんはお母さんが亡くなった男の子と友だちだった。みんな未来のことを考え始めてると思った。
バレンタインデーにチョコレートケーキ作ってタッパーに入れて喜久田くんに渡した。下校中他の友だちと帰りながら前を歩いて行く喜久田くん。私は、喜久田くんの友だちのことを好きだっていうゆみこちゃんと一緒に少し離れた後ろを帰っていた。
不意に喜久田くんがくるりとこちらへ歩いてきて空のタッパーを返してくれた。
そしてさっさと友だちの方へ戻って行った。
喜久田くんはいつも合志くんと柄本くんと帰っていた。
ゆみこちゃんは合志くんが好きだった。
家と違う方向へ遠回りして帰るのが日課で、たまに「まかれる」ことがあった。
ある時、柄本くんが「なんで喜久田くんが好きなの?」と聞いてきた。
「柄本くんは喜久田くんといつも一緒にいるでしょ?喜久田くんの良いところを知ってるからだよね?その柄本くんがなんで理由を聞くの?」と私は言った。
そしたらその日の帰り、
「一緒に歩こうか」
と喜久田くんが私に言った。
胸が一杯で何も話せなかった。
私と喜久田くんは違うクラスになった。私は柄本くんと同じクラスになった。
私の席の真ん前に柄本くんが座っていた。
後頭部をしげしげと見て、きれいだなと思った。
思春期の真っ盛り、成長期の真っ盛り。
みんな何十年も経ったらどうなっちゃうだろうか?
柄本くんは色白で、智恵子抄に載っていた高村光太郎に似た顔だった。
男女別の授業後、柄本くんに「今日のサッカーどうだった?」と聞くと、なんだか歯切れが悪かった。後で先生が「今日のサッカーは柄本のシュートが決まってたら大逆転だったんだがなー」と言ったので、しまった、聞かなきゃ良かったかも!と思った。
いつもノートに拙いお話を書いていたけれど、登場人物に「時計さん(喜久田くん)」や「温度計(柄本くん)」がいた。楽しかった。他の友だちも大勢お話に出した。
机の引き出しにノートを入れていたら女の子が何人かで読んで、「ずっとお話書いてね」と言ってくれた。私はずっとお話を書こうと思った。
時間は容赦なく過ぎて行った。それでも幸せだった。絶対忘れないでいようと思った。時計さん、大好きだったよ!