第401話 クロエ、豪華な夕食を希望する
アミルの護衛を引き受けて早2日。
今の所アミルが襲わる事も無いまま時間は過ぎていき、今日もギルドの受付に座っている。
その様子を、ボクとクミの二人はギルド内に設置されているテーブルに座り、果実水を飲みながら眺めている。
この場に居ないルーリアとクロエの二人は生活費稼ぎの為にとオーク討伐の依頼を受けており、マルクは今日もスラムの解体所で仲間達と仕事中だ。
「こうして居るのも暇ね」
「確かにな。でも次いつ襲われるかわからないし、ちゃんと見張ってないと」
「それは解ってるんだけど…はぁ、今すぐにでもズータルってやつが捕まった報告が来ないかしら」
机に突っ伏しながらそんな事を口にするクミに、ボクも内心で同意しながら椅子にもたれ掛かって天井を見上げる。
アミルの事を思って護衛を引き受けたのは後悔していないが、こういう暇な時間はやっぱり苦手だ。
転生前であればスマホやパソコン、それに本やラノベと色々な娯楽があったおかげでここまで暇な思いをすることは無かっただろうが、この世界にはそういったものがない。
正確に言えば、本自体は存在はしているのだが、ボクの趣向に沿うものは今の所見た事が無いという事だ。
「クミ、何かこういう時に暇をつぶせるようなものって無いかな?」
「有ったらとっくに提案してるわよ。というより、見張っている時に遊んでたら、大事な瞬間も見逃す可能性があるから駄目ね」
「それもそっか…ホント、早く犯人確保の知らせが聞きたいよ」
そんなボク達の願いも空しく更に時間は過ぎて行き、何事も起こらないままルーリアとクロエが戻って来た。
どうやら今日も平和で暇な一日で終わるようだ。
後2時間もすればアミルの仕事も終わるので、そうなれば後は家に帰って夕食の準備が始まる。
思っていた通りアミルの料理の腕は良く、更にはルーリアも知らないレシピなどがあるため、ここ2日の間は楽しい食事の時間が過ごせているのだ。
今日はどんな夕食が出てくるのだろうかと楽しみにしながら残りの時間を過ごす。
そしてもう間もなく仕事も終わる時間となろうかとしていたその時、周りの話声が聞こえる中で入り口の扉が開く音が聞こえ視線をそちらに向ける。
「バルサックさん?」
入り口に立っていたのは詰め所の責任者であるバルサックだった。
まさか何か進展があったのか?
ボクはすぐにバルサックを呼ぶと、あちらもボク達を見つけてホッとしながらこちらへと近付いて来た。
「君達に良い知らせがと悪い知らせがある」
「それはどちらもズータル関連の事ですか?」
バルサックがボク達の元に来る用事なんて他にないと思うが、念の為に確認するとバルサックはコクリと頷く。
「とりあえず順を追って説明するためにも、まずは悪い知らせからさせてもらうが、少し前、ズータルの住処を突き止めて捕獲したのだが、取り押さえる際に抵抗したズータルを、うちの隊の者が誤って殺してしまった」
殺してしまったとはいえ、これでアミルが襲われる心配がなくなったと思えば、これは良い知らせなのでは?と思ったが、次のバルサックの言葉にそれは間違いだという事に気付く。
「本来なら犯人を捕まえた後は、背後関係が無いかを調べないといけなかったのだがな。さて、次に良い知らせの1つ目なのだが、ズータルの死後、我々は住処となる建物内を調べた。その結果背後に居る、いや居た人物へと宛てる手紙を発見したのだ」
「という事はつまり、黒幕と思われる人物が分ったんですね。誰だったんですか?」
「まぁまぁ落ち着いてくれ」
これで解決できると喜んだ僕は、気づいたらバルサックに詰め寄ってしまっていた。
「まず結論から言わせてもらえば、黒幕を確保する事は出来ない」
「え?何故ですか?もしかして確保が出来ないくらいの力を持った貴族が犯人だったとか?」
衛兵の権限では捕まえられないとなれば、それ以外の理由なんて思いつかないのだが、そんなボクの予想を聞いたバルサックは首を横に振っている。
じゃあどいう事なのかと思っていると、バルサックの口から予想外の人物の名前が出てきたのである。
「今回の事件の黒幕は、君達が以前に捕らえたボーロン伯爵いや、元伯爵だった。どうやら君達が捕まえる少し前にアミル殿の誘拐依頼を出していたようだ」
「つまり、ズータルは依頼主が捕まった事を知らないまま今回の誘拐騒ぎを起こしていたと」
「そういう事だと思われる。後はこちらで今回の事を報告書に纏め国王陛下に提出しておくので、アミル殿を護衛をする必要はなくなるだろう」
どうやらもうアミルの身に危険が及ぶ心配は無いようだ。
ボク達への報告は以上だと話を終えたバルサックは、直ぐに報告書の政策に取り掛かるからと帰っていき、それから少しして仕事を終えたアミルがボク達の元に来たので先程の話を伝えてあげた。
「という事は今日で皆さんの護衛も終わりって事になりますね。…なんだか少し寂しく思えちゃいます」
ぼそりと呟くように聞こえてきた最後の言葉は、きっと本音だったのだろう。
そしてそれは当然クロエやルーリアにも聞こえていたらしく、二人からも少し寂し気な様子が伺える。
確かに少し寂しく思えるかもしれないが、別に今後会えなくなるわけじゃない。
そう伝えようとしたが、それよりも先にクロエがハッとなってアミルに向かい提案し始めた。
「アミルさん!今日の夕飯を作ってもらえるまでは護衛の仕事は続くっすよ!だから今夜は最後って事で少し豪華なのをお願いするっす!だからユウキさん!それに必要な材料をこの後皆で買いに行くっす!」
その提案も悪くないと思い、ボクはその提案を呑んだ。
打ち上げパーティーらしいことをすれば、少しは気もまぎれるだろうと。
こうしてボク達は夕食の買い出しに向かうべくギルドを後にし、待ちの中心地を目指して歩き始めるのだが、この時のボク達は気づいていなかった。
離れた場所から向けられたボク達への視線の事に。




