第374話 ひと思いに
警戒しつつ進んでいく事約2分。
狭い通路が終わり、ボク達の前には広い空洞が姿を見せた。
「お父さん、あそこ」
小声でそう言いながら、クミが右前方を指し示すが、最小限で使用していた灯り用の魔法は届いておらず、ボクの目にはよく見えない。
分かるのは、その先に居る何かが血を流している事と、呼吸が荒いという事位だ。
「ごめん。ボクには見えないんだけど、あの先に何が見えてる?」
「あら、そうなの?まぁ、それは置いといて、あそこにお目当てのファイアドレイクが居るのよ。しかもあちこちが凍ったり傷ついたりして弱った状態のがね」
「凍ってる?つまり、凍結させる手段を持った何かにやられたって事?…何にやられたんだ?」
そんな疑問を口にするが、当然誰もそれに答えてくれるわけでも、答えられるわけでもないので状況は分からないままである。
「そんな事よりも、今のうちにトドメをさした方がいいんじゃないの?」
「それもそうだな」
そう口にしながら[心具]を手にした瞬間、ボクの脳裏にふと「あれ?これってフラグじゃね?」という考えが過り、すぐに警戒し始めるが、何も起こる気配はない。
「何をキョロキョロしてるのよ」
ボクの耳でもギリギリ聞き取れる程の声量でクミがそう言い、ボクは「いや、何でもない」と答え、クミが指し示した場所に向けて足を進める。
そして少し進んだ先で、ボクの灯りの魔法がファイアドレイクの姿を映し出した。
右翼の半分は凍り付き、左翼に至ってはもう飛ぶ事は不可能だと分かる程にズタズタに切り裂かれている。
しかし、そんな両翼よりも目に留まるのは、後ろ脚当たりの背中側、つまり人で言うところの腰の部分だ。
何か大きな相手にでも食いちぎられたかのようで、その部分が深くえぐり取られているのだ。
「(こいつと同等、もしくは少し大き目な何かにやられたんだろうな。…まぁ今はそんな事を考えるよりも、早い所トドメをさして撤退した方がよさそうだな)」
そう思い至った瞬間、ファイアドレイクの身体がゆっくりと首だけを動かし、こちらを見てきたのだが、その瞳からは敵意が感じられない。
そんな視線を少しの間ボクに向けた後、ファイアドレイクは再び首を横たわらせ、そっとその目を閉じた。
生きる事を諦めた、というところだろうか?
その辺はわからないが、どちらにせよあまり苦しまなくて済むよう、さっさとトドメを割いてやるべだろう。
[心具]を握る手に力を籠め、ファイアドレイクの頭部へと移動すると、眉間に狙いを付けて構えた。
その瞬間、ファイアドレイクの目が少し開かれたのだが、ボクと目を合わせるなり再び静かにその目は閉じられる。
これはボクの勝手な思い込みかもしれないが、まるでファイアドレイクは「これ以上苦しまないよう、ひと思いに殺してくれ」そう言っているように思えた。
本当にそんな意思を伝えようとしていたのかは分からないが、ボクはそう信じながらもファイアドレイクにトドメを刺すのだった。




