第289話 とんぼがえり
説明を聞き終えたすぐ後、クミはドラゴン(全長5m程)の姿へと戻り、前足でそっとアミルの身体を掴んで大空へと舞い上がっていく。
身体を掴まれたアミルはキャァァァと悲鳴を上げ、シャルロットとララーナの二人はその光景に驚き、その目を見開いたまま固まっていた。
「さて、それじゃあクミが戻ってくるまでの間ここでのんびりとしてましょうか」
驚き固まった二人にそう告げるが、反応は何もない。
どうやらそれだけ衝撃的な光景だったようだ。
反応が無いのではどうしようもないと諦めたボクは、とりあえずのんびりできる空間を作ろうと動き始める。
魔法を使い、テーブルと人数分のイスとを作り上げ、ルーリアには紅茶の準備を頼み、クロエとマルクの二人には食器の準備を頼んだ。
さぁ、しばらくのんびりと…
「あ、あの!今、私と同じくらいの女の子がド、ドラゴンに!」
のんびりとは出来ないみたいだ。
落ち着かない気持ちを必死で抑えようとしているのが分かるが、全く出来ていないシャルロット。
まぁ、あんな光景を始めてみたら落ち着いては居られないのも仕方がないだろう。
「正確にはあれがクミの本来の姿です。一応人には言わないようにして頂けると嬉しいです」
既にクミの事を知っているバドソンやラビリアの口から誰かに広まっている可能性はあり、手遅れの可能性は十分にあるのだが、それでもあまり言いふらされたくはない。
多少の厄介事が起こっても力技で振り払うつもりだが、出来る事ならそんな事態にならない方が良い。
そんなボクの気持ちを察してくれたのか、シャルロットは承諾してくれた上に、ララーナにも念を押してくれていた。
その後、紅茶を飲み終わったルーリア達は側を流れる川に足を浸けたり、時折近寄って来た魔物を蹴散らしながらクミが戻るのを待ち続ける。
ボクは今の内に収納の腕輪の中から木材を取り出し、背負子を作る。
ボク達は馬車を持っていないので、王都に向かうのは当然歩きだ。
しかし、王族であるシャルロットを歩かせ続けるのは、進行速度や世間体的に良くない。
そう言った理由から必要だろうと思い、制作に至ったという訳だ。
そんなこんなで時間は過ぎていき、そろそろ3時間が経とうとした頃に遠くの空でキラリと陽の光が反射するのが目に入り、目を細めてジッと見てみると、そこにクミの姿を見つける。
「戻って来たみたいです。そろそろ出発の支度をお願いします」
木陰に座りウトウトし始めていたシャルロットはハッとなり、ボクの視線を追いかけてクミの姿を探し始め、いち早くクミの姿を見つけたララーナがその位置を指し示して教えている。
ララーナのおかげでドラゴンの姿をしたクミを見つけたシャルロットは興味津々といった様子だ。
空を飛ぶクミの姿を見つけてから地面へと降り立つまで見続けたシャルロットは、クミが人の姿になるのを見て再び驚き、まるでエメラルドの様に綺麗な瞳を見開いていた。
「ただいま。ちゃんと街の入口まで送り届けてきたわよ」
「お疲れ様。それでその、騒ぎになったりは…?」
まぁ、ほぼ100%の可能性で起こっているだろうと思いつつも聞いてみると、勿論騒ぎは起こったらしいのだが、後の事をアミルに任せて逃げてきたそうだ。
次にクラドの冒険者ギルドに向かうのが少し怖いなと呟いたボクは、心の中でアミルに謝罪しながら[心具]を取り出し、土魔法で囲いを崩していった。
あっと言う間にその作業は終わり、振り返るとそこには先程ボクが作った背負子にシャルロットを乗せたララーナやルーリア達が集まっていた。
「それじゃあ出発しようか」
そんなボクの言葉に皆が答え、ボク達は再び王都へと向け、歩き始めたのであった。、