第182話 雨と嫌な気配
1日目の野営は何事もなく終わり、2日目の移動が始まる。
ボクとマルクは馬車の後ろの出入り口前に位置取り、ルーリアとクミの二人は出発の前日に買っておいたベット用のマットを敷いて眠っている。
夜の見張り時にはグッスリと眠る訳にはいかないので昨夜は使用していなかったが、今は揺れる馬車の上であり、緊急事態にならない限りはボクとマルクの二人で問題は無いので、二人にはゆっくりと休んでもら負うという事で使用している。
グッスリと眠る二人の寝顔はとても可愛らしく、なんだか見ているだけで癒される。
そんな素晴らしい光景ではあるのだが、特にルーリアの寝顔をマルクにはあまり見せたくは無いので、出来る限り此方を見るなと言い聞かせ、馬車の背後を見張らせている。
因みにボクは二人の寝顔を時折見ながらも、ちゃんと前方の見張をしている。
その後しばらく何事もなく馬車は進み、3時間程進んだところで綺麗な水の流れる小川に辿り着き、そこで馬車は止まる。
「少しここで馬を休ませる。1時間程したら出発だ」
どうやらここで馬車を引いてくれていた2頭を休ませるらしい。
ボク達も少し休憩しようと馬車の外へ出て馬に水を飲ませてやろうと馬車から外し、小川の傍へと連れて行こうとしたその時、いつの間にか目を覚ましていたルーリアとクミが馬車から降りて来た。
「バトルホースに水を飲ませるのは私達がするから、ユウキ様達はバドソン様と一緒に休んでて」
そう言ってボクの手から手綱を取ると、クミと一緒に2頭を引き連れ小川の方へと歩いて行った。
やや強引に手持無沙汰にされてしまったボクとマルクは、丁度椅子代わりになりそうな倒木があったのでそこにバドソンと共に腰を下ろし、収納の腕輪から取り出した果実水を飲む事に。
何気なく辺りを見渡してみるが、そこには草原が広がっており、その所々に木が生えているだけ。
どこにも魔物の姿や気配、それに匂いはまったく感じない。
この辺りは比較的安全なのだろうと思いながら再び果実水を口に含んだその瞬間、湿気を帯びた風が吹いて来た。
「ん?こりゃもしかして…」
隣に居たバドソンは進路方向の空を見上げながらそんな事を口にする。
どうしたのだろうと思いながらボクもそちらを見てみると、その先にはやや黒い雲が見えた。
「もしかしてあっちの方は降ってるのかな?」
「かもしれねぇな。多分、後1時間もすればこの辺もふるかもしれねぇな。流石に小川の傍に居るのは危険だから早いところ安全そうな場所を見つけて、雨風を凌げるようにしてもらわなきゃならんな」
そう言いながらニヤリとしながらこちらの方を見るバドソン。
その顔はきっと、また僕に昨夜の様に屋根と壁を作ってくれと言っているのだろう。
「頑張りましょう」
これも護衛の仕事の内かと、ボクはバドソンの依頼を快く受け、残っている果実水を一気に飲み干した。
その後、馬への水やりを終えて戻って来た二人にも果実水を手渡し、それを飲んでいる内に2頭の馬を馬車へと繋いだ。
ルーリアとクミの二人が手にしたコップを空にしたところでボク達は再び移動を始め、20分程進んだ先で誰かが野営をしたであろう形跡を発見し、ボク達はその場を利用する事にし、馬車を止めるなりすぐに[心具]を取り出してアースグレイブの応用で3方向に3m程の壁と、屋根を作り上げた。
そしてそれから更に20分後、バドソンの予想していた通りポツポツと雨が降り始めた。
すぐに止むようならば再び進み始める予定らしいが、空を覗き込んでみたところ、全く止みそうな気配はないくらいに空は真っ黒な雲に覆われていた。
「はぁ…この様子だと今日一日は降りそうだな。仕方ない。予定よりも到着は大分遅る事になるが今日はここで夜を越すか」
ボクの隣へとやって来て空を見上げたバドソンが、溜息を吐きながらそう言い、今日はここで寝泊まりする事が決定する。
それならばと収納の腕輪からテントを取り出し、いつでも休めるように寝床を準備を始めたその時、背後からチョンチョンと服が引っ張られた。
なんだ?と思いながら振り返ると、そこには不安そうな表情を浮かべたクミがボクの服を指先で摘まんだまま立っていた。
「どうしたんだ?」
「あのね、なんかこう、上手く言えないんだけど、あっちの方から嫌な感じがするの、しかもなんか、ソレが段々と近づいて来てる気がするの」
野営地となったこの場所の、唯一壁の無い西側を指さしながら思っている事を伝えようとするクミの話を聞き、ボクはクミの指さす方向の先に意識を向けてみるが、特に何も感じない。
そこで次に狼人族になったおかげで強化された聴覚と嗅覚に頼ってみるが、雨のせいか、何も感じ取る事は出来なかった。
一体クミが何を感じ取ったのかは分からないが、これはちょっと無視出来ない気がする。
ボクはルーリアに今の話を伝え、二人で雨が当たらないギリギリの位置に立ち、武器を手にしながら西側を警戒するのだった。




