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新鮮なフレッシュアバター  作者: 人妖の類
03.夢見るままに読みいたり
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09.双方合意の人体実験

「本当によろしいのですね?」


 念押しして確認する。


「はい! よろしくお願いします!」


 松葉杖を横に置いた男性が勢いよく頷く。彼の足はギプスで固められていた。


「彼も乗り気なようだ。やって見せてはくれないか?」


 先日私の検査を担当した医師、ムスタングもこともなげに賛成した。周りに居る研究員たちも興味津々のようだ。

 正気か。


「……分かりました。皆さんからのデータもいただきましたので、精度も上がっているでしょうから」


 事の次第はこうだ。

 私の治療法を披露するとき、ちょうど足を骨折した研究員が居た。そのため、せっかくだから彼の治療をしてみないかと言われたのである。

 骨折ならば短時間で治療できることを話すと、かなり興味を引かれた様子だった。現在一般的な治療魔法では、治療期間を縮めることは出来ても短時間での回復には至らないらしい。

 骨格のデータは古いものと私自身のものしかないことを伝えたが、それならばと研究員たちのデータも提供してくれた。必要とあらば蓄積されているほかのデータも提供してくれるという。

 私にとっては願ってもないことだが、彼らにとって私は怪しい来歴の人間だと思われる。人間の好奇心には一定の理解を示すつもりだが、やっぱりこいつらおかしいんじゃなかろうか。

 好奇心は人間を滅ぼすかも知れない。それともこの貧弱な構造の生物が生きながらえてるのは好奇心ゆえなのか。

 ともあれ治療を始めるとしよう。


「まずはギプスを取ります」


 水を擬似的に生成して圧縮する。それを微量ずつ噴出させて堅い表面を切断していく。実際の水だと後処理に困るだろうが、魔法によって具現化されているものなので魔力を失えばすぐに消滅するため問題ない。

 内部の柔らかい固定具はハサミを借りて切る。

 治療のため、骨格や太い血管の状態を確認する。当然ではあるが骨が折れている以上、周りの筋肉や筋、骨の内外の血管が傷ついていた。この辺りをまとめて修復する必要がある。


「それでは魔法をかけ始めるので、私の魔力に抵抗しないように気をつけてください」


 まずは折れている右脚の血流を操作し始める。欠損している部分を同じ構造で埋め合わせていく。まずは血管から始めて骨格の位置を是正しながら接続する。


「痛みは?」

「痒いような気はするけど痛くはないです」


 靱帯の傷を修復して断裂した筋肉を接続する。炎症反応を低減すればあとは終了だ。細かいところは自然治癒に任せて良いだろう。


「終わりです。立てますか?」

「え、もう?」


 彼の感覚からすると早いようだが、自分自身の治療であれば数秒で済むところが数分はかかっている。他人の治療であれば、やはり安全なところが望ましい。


「違和感はありますか?」


 そう尋ねると彼は数度屈伸し、


「全然無いです! すげえ!」


 どうやら喜んでもらえたようだ。とは言え、


「完治したかについては確認いただいた方がよろしいと思いますよ」


 私はあくまで治療手段を持っているだけで、医療そのものについて専門家というわけではない。正常な治療が成されているかはきちんと確認してもらうべきだろう。

 研究者のうち骨折等に詳しいものの診断では完治しているとのことだった。あとは問題がないか経過観察が必要なくらいらしい。


「見事な腕前だ。治療法について教えてもらうことは可能かな?」


 ムスタング医師も私のやり方については興味があるようだ。私の召喚を行った術士はよほどの実力者だったのだろうか。おそらくは最新とは言えない知識によるもののはずなのだが、突出した技量を持っていた可能性はある。


「かまいませんよ。私も必要なデータはいただきましたので。……では説明する」


 私の中にある治療法は体内の流れが正常であるならば、身体も長期的に見て正常化するという思想に依っている。血流や排尿、魔力の流れを正常化するというやり方だ。


「そのやり方では緊急の創傷には対応が難しいのではないかな?」

「だから別のやり方と合わせる」


 ムスタング医師の疑問に応えて説明を続ける。

 私は素早い治療が必要な場合、損傷前の状態に合わせて体の部品を作って埋め合わせる手段を執っている。あらかじめ材質と形状を把握しておけば、周りとの整合性を取って接続してやればいい。欠損がない限りは体内物質の再構成で済む。


「大量に出血があった場合は水と土からでも何とか錬成できた。あとは水流を操作して、体に負担がかからない範囲で流し込む。術式はこう」


 白板に書き込むと皆が一斉にメモを始めた。

 人体に使用する場合、温度や水圧を調節しなければならない。術式は並列して起動する必要がある。内蔵などが破損しているならば精霊を召喚するだろうが、骨折程度ならば私自身だけで可能である。


「これで外傷にはおおむね対処できる。……以上です」


 説明を終えると皆が一斉に息をつく。


「なるほど。理屈は解るが、真似が出来るかというとまだ別の話だな」


 ムスタング医師の言葉に、やはり皆が頷く。どういうことだろう。


「これだけの並列処理を個人で行うのは難しいということだよ。一種の職人芸だな」


 これは私が精霊であることが要因なのか。それともヴィスキュームには魔法使いとしての才能があったということか。この辺りの個体差について判明すれば、ヴィスキュームの治療にも活かせるかも知れない。


「それではあまりお役に立てなかったようですね」


 一般化できないとすると私はあくまで技を披露して見せたということになる。相手方の利にはならなかったかも知れない。


「いや、全くそんなことはない。凡人でも出来るようにいくらでも補助をつければいい」


 あくまで私と同じ事が出来ないだけで魔装具による補助や、複数人で当たることで実行できそうな内容らしい。


「そうなのですね。それは良かった」

「礼を言わせてもらう。可能ならミストレルさん、あなたの名を入れて発表したいのだが」


 言われて考え込む。

 社会的信用と知名度が上昇することによるメリットとデメリットはどのようになるだろうか。仮の身分を誰が使用しているかについてはいずれ判明する話だろう。ならばミストレル自身としての地位を築いている方が賢明か。元皇女としての利用価値以外を付加していた方が政治的な活用を求められ難いかも知れない。


「協力者という形であればかまいませんよ。公開については制限していただかなくて結構です」

「ありがとう。これで助かる者が増える」


 マスタング医師はそう言って私の手を強く握ってきた。強い感情が込められているのが見て取れて、少し固まってしまう。

 続いて研究員たちも次々に握手を求めてきた。外交用の笑顔を浮かべたつもりだったが、とっさに出来ていただろうか。

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