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新鮮なフレッシュアバター  作者: 人妖の類
02.金、金、金! 精霊として恥ずかしくないのか!
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05.新人武官の初任研修

「本気でこの任務を受けるんですか?」


 任務の委託処理を行う係員の女性がこちらを凝視しながら念押ししてきた。


「もちろん本気です。こちらでよろしくお願いいたします」


 任務の内容は私にとって都合が良い。所定の場所に行って一泊しつつ魔物を一体以上駆除するという極単純なものだ。

 拘束期間も短く、移動を含めて3から4日と言ったところだ。支払われる報酬も割高であるように思える。

 それに過去の業績を問わないという点も素晴らしい。氏素性の知れない輩にも任務を受領させてくれるという。

 これを受けずしてどの任務をこなせば良いというのか。


「内容を誤解しているかも知れませんが、大変危険な任務ですよ?」


 何だろう。仕事を受けて欲しくないのだろうか。

 危険と言われるものの魔物を駆除するように指定されているのは人外領域との最近接地域、いわば人間の住む地域と魔物の生息する地域の境界線上に当たる。一般に魔物は人間の領域から離れるほど強くなるとされており、人外領域深部ほどには精強な個体は生息していない。安全とはいえないだろうが危険かと言われれば首をかしげてしまう。


「危険は承知しています。ですが、許容範囲ではありませんか?」


 この任務は人外領域にある樹木の伐採業務と連携して行われる。人外領域は基本的に森林の拡大とともに広がっていくため、定期的な伐採が必要となるのだ。

 自由武官が滞在を開始した次の日に伐採担当部隊とともに帰還する運びとなるが、伐採部隊には軍と信頼度の高い自由武官が護衛に付いている。護衛は先行する自由武官の任務に含まれない。つまり、


「それにこの任務は失敗してもかまわないのでしょう? 囮なのですから」


 事前に魔物を間引ければよし。よしんばしくじったところで、そちらに注意が向いてさえいれば伐採の安全度は上がる。その数が多ければなおのこと効果は高くなる。だからこそ特に参加数の制限がないのだろう。


「我々はそういうつもりでこの任務を出しているわけではありません!」


 怒りのオーラを発し始めた。これが人間が怒っているときの表情か。よく特徴を覚えておこう。

 意図は把握しているから大丈夫だと伝えたつもりだったのだが。どこに怒りのポイントがあったのか解らない。人間の行動パターンを模倣することは出来ても、根本的に理解できていないのは問題だ。人間社会に溶け込む上で解決が必要だろう。


「毎年無謀な任務に出て亡くなる若者が多いんです。統計的にも初期の任務での死傷率が高くてですね、」

「その辺りでいいんじゃないか? 多分このお嬢さんに伝わってないぞ」


 突然横から声をかけられる。黒髪の男で、私より頭二つ分程度は背丈が高い。

 係員の意図がつかめていないのは確かだったが、この男はそれをどうやって言い当てたのだろう。特殊な能力でも持っているのだろうか。


「ダッドリーさん。そうは言ってもですね……」


 その男、ダッドリーは係員が言いつのろうとするのを手で制した。そうして私の方に向き直ると、


「君はこの任務を、きちんと考えた上で大丈夫だと判断した。合ってるか?」


 この男の立ち位置が判らないのでどういう行動パターンを選択すればいい判断が付かない。とりあえず頷いて肯定を示す。


「その根拠は?」


 少し考えて判断理由を並べる。


「もっと深部の人外領域に行ったことがある。問題ない」


 正確には深部に生息していたのだが、さすがに正直に伝えるのは人間のふりをする上で問題がある。

 ダッドリーはそれを聞いて少し動きを止めたあと口笛を吹いた。係員は口笛こそ吹かなかったが、同様の反応をより強くしているように見える。口笛は個人の裁量のだろうか。


「驚いたな。その年でか」


 二人の動作が停止したのは驚いたからのようだ。目を見開いて動きが止まるのは驚きを示すらしい。口笛が含まれるかどうかはまだ未知だ。


「この任務にした決め手は?」

「報酬がいいから。あと戦うだけでいいから楽」

「お嬢様みたいなのから脳筋みたいな返答が来たぞ、おい」


 熟考した上できちんと効率的な行動を執る私に対して不当な判断をする男だ。人間社会に対する細やかな気遣いを身につけていない以上、力業で済む仕事を選ぶのは自然な流れだろうに。

 ……そういうのを脳筋というのか。


「俺の印象だとこのお嬢さんは大丈夫だと思うんだが。心配なら初心者教導の任務をつけてくれるのはどうだ?」

「そうしてくれるのであれば私たちの心配事も減ります。ですがエレンさんとミストレルさんの同意は要るでしょう?」

「そうだな。なあエリー! どうだ?」

「あたしはかまわないよ。ちゃんと色つけてくれるんでしょ?」

「もちろん点数に追加させていただきます。ミストレルさんはいかがですか?」


 はっ。

 思考が低下している内に話が進んでいた。しかも一人増えている。

 しかしながらこれで彼ら、ダッドリーとエレンの立ち位置が判った。教師に対するものとして振る舞えば問題ないだろう。これで行動パターンを活用できる。


「私としても問題ありません。こちらの方々にご指導いただけると言うことでよろしいのですね?」

「納得してもらえて助かります」


 一息つく様子は問題が解決して安堵したと言ったところか。そうなると私は面倒な存在として認識された恐れがある。波風を立てないように振る舞う必要がありそうだ。


「この任務は皆さん方三人が共同で当たる形になります。教導報酬と言うことでダッドリーさんとエレンさんに武官点数が多く振り分けられ、ミストレルさんは減点される形ですが、ご理解ください」


 報酬が減るのは残念ではあるが、自由武官としての適切な振る舞いが学べるのはむしろ喜ばしい点だろう。

 ちなみに武官点数というのは換金可能なポイントで、対応している施設であれば現金と同様に扱われる。換金して現金にすると額が目減りするので、読み書きや四則計算が出来ないようなものを除いては、大半を武官点数のままにしておくらしい。


「ただし初心者救済制度があるので、自由武官として問題ないと判断されれば減点分は補填されます」


 なんだか足したり引かれたりして面倒だが、制度として未熟なものを指導しようという意図が見受けられる。そうなると使い捨てを良しとする任務ではなかったと言うことか。


「それとこの任務では、参加人数以上の魔物を駆除した場合、各人が別個に任務を受けたものとして武官点数が計上されます。だからといって無理はしないでくださいね?」


 つまり三体以上の魔物を狩ることで報酬の向上が見込めるわけだ。正直なところ戦闘は問題ないと思うが、魔物とどの程度遭遇できるかが判らない。私自身の機能を確認がてら行動するべきだろう。


「討伐数の計上は様々なやり方があるのですが、ミストレルさんは多機能身分証をお持ちで、かつ魔法使いとの申告がありましたから、画像記録を撮るのが良いのではないかと思います」


 多機能と言うだけあって身分証明だけでなくそのような機能があるらしい。情報の送受信や蓄積機能があり、武官点数による引き落としなどはこの身分証で行えるそうだ。ただし、魔法使いでないと限定的な使い方しか出来ないようだ。


「魔法使いだったの? だったらもっとまともな仕事の方が良くない?」


 少し驚いた様子でエレンが聞いてきた。魔法使いは稀少かつ便利であるため昨今では危険な現場に出ることは少ないという。


「私の魔法は独学のため、公に働く資格を所持していません」


 ヴィスキューム自身が魔法使いであったのならどの程度の技能を持つかを示す資格を取得できただろうが、これはあくまで私の機能である。しかも厳密には魔法使いではなく精霊だ。よって魔法使いらしい仕事を受けようとするのなら、適法性を求めない怪しげなものになってしまう。

 ならば、まずは法の範囲内で稼ぎのいい仕事を続けるべきだ。法の外に出るのは容易だが戻ることは難しい。


「なるほどねー」

「あんまり突っ込んだことは聞くなよ」

「お節介にも突っ込んでいったドリーが言うこと?」

「そりゃごもっとも」


 愛称で呼び合う辺り親しい間柄なのだろう。多人数の自由武官として活動する上でも連携は重要だ。


「それではミストレルさん、何か疑問点はありますか?」


 いくつか確認したあと、二人とともにその場を離れた。


「さてと。ミストレル、先に君が出来ることを確認したいんだが、」


 ぐぅ。

 私の肉体が空腹を主張している。活動不能なほどではないが、そろそろ水分以外も必要だろう。


「まずは飯にするか」

「はい、ダッドリー師」

「……おお。今まで生きてきて想像もしたことのない呼ばれ方したぞ」


 不適当だったろうか。ヴィスキュームは教育担当者をだいたいこの様に呼んでいたのだが。


「良いじゃんダッドリー師ぃ。あたしらきっとこの先一生こんな呼ばれ方することないよ?」


 目尻を下げながらエレンが言う。


「エレン師はこの呼び方でよろしいですか?」

「おお! これはなんか来るものがある」


 どうやら問題なさそうだ。


「じゃあまずエレン師が串焼きの味を教えてあげよう」

「お願いいたします、エレン師」


 そう言って連れてこられたのは屋台が建ち並ぶ辺りだ。嗅覚への探究心を見送った場所でもある。エレンは列に並んで数本の食料を買い、私に向けとそのうちの一本を差し出してきた。

 串に刺さった肉と野菜を焼き、何らかの調味料で味をつけたものだ。受け取って四方から眺める。ナイフやフォーク、皿はどこだろうか。ナプキンは持参するものなのだろうか。


「エレン師。これを食べる作法が判りません」

「……想像の遙か上を行く箱入りだったわ。良い? 横からかぶりついて、こう!」


 エレンは力強く肉にかぶりつき、引き抜きざまに咀嚼する。味わって飲み込んでのどを鳴らすと、口の端を自らの舌で舐め取った。ヴィスキュームの記憶にある食事とあまりにかけ離れている。最早衝撃と言って良い。

 私も意を決して肉にかみつく。

 まず肉が熱いことに驚いた。熱を発しているのは判っていたが、食事は冷えたものというヴィスキュームの記憶と異なっていたためである。

 そして味が乱雑である。過剰と思われるほどの塩分が含まれており、舌に突き刺さるような刺激が走った。丁寧に仕上げられた料理にはない特徴だった。

 さらに肉は固く中々噛み千切ることが出来ない。汁気のないパサパサの肉から申し訳ばかりの肉汁が主張をする。食用に育てられた肉とは比べるべくもないだろう。

 だが、もっと食べたいと体が反応していた。間に挟まれた野菜も決して品質の良いものではなかったが、肉の合間のアクセントとなって食欲を増進してくる。むさぼるように食らいつく様は、ヴィスキュームの常識からははしたないとしか言いようもないだろう。


「俺の目がイかれてるのかも知れんが、串焼きを食ってても……なんだ。気品ってやつがあるように見える」

「あたしの目もおかしいわ。並ぶと比べられるからドリー真ん中ね」



 串焼きを食べたら串焼きが増えた。何が何だか判らない。屋台の店主がくれたのだが、商売として良いのだろうか。疑問は尽きない。

 私たちは広場にある長椅子に付き、串焼きを消費しながら打ち合わせを始めていた。


「私が所持している武器は貫撃槍と爆星です。魔法は治療のために必要なものを中心にいくつか」

「爆星は今持ってる短星だけ?」


 なるほど種類があるのか。エレンの説明によると大型の長星と地面や馬匹類に固定して使う重星があるのだそうだ。短星は護身が主な役割で、魔物との戦闘ではあまり効果が期待できないらしい。


「短星に使われている爆発の術式を弾丸に込めてみましょうか」

「魔法使いって便利ね」


 とはいえ飛び道具として使うのならば、魔装具の方が利便性は高い。魔法単独で遠くのものに痛撃を与えるのは意外と難しいのだ。


「どちらも首無に乗ったまま使えます」

「首無も操縦できて槍も飛び道具も使えるのか。余計なお世話だったか?」

「いいえ。決してそんなことはありません」


 実際かなり有効な知識が増えたように思う。任務に失敗はしなくとも効率は下がっていた可能性は高い。串焼きもすごかった。


「俺は前衛で盾役だ。注意を引いて後衛が自由に攻撃できるよう立ち回る」

「あたしが使うのは主に重星だけど、首無が持ち込めないようなときは長星も使うかな」


 組み合わせとしては納得のいくものだ。魔物の脅威は人間の手に余る。ならば連携して撃破するのは理にかなったやり方だ。


「君も首無を持っているようだから出発は明日になってからで良いだろう」

「宿が決まってないなら私たちが使ってるところ紹介するよ。ポイントも使えるし」


 特に固辞する理由も見当たらない。彼らと同じ宿を取れば打ち合わせもスムーズに進むだろう。私も同行して宿を取ることにした。



 ちなみに宿の食事にも驚きを禁じ得なかった。長期滞在を視野に入れておこう。

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