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新鮮なフレッシュアバター  作者: 人妖の類
01.狂える精霊はいかにして義体に擬態するようになったか
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03.道なき道は五里霧中

 アーヴィンからの同期が切断された。

 後ほど、どの程度の損害で召喚した精霊が消滅に至ったか調べる必要があるだろう。召喚に使用した魔力と私の保有する魔力を比べることで、私自身がどの程度で消滅するか推察することが出来るからだ。

 無力化が済んでいないのは残り二人。

 回復魔法を使用して自身の傷を癒やすものはなく、想定外の使い手は居ないことが判明した。手加減に失敗した二人のうちに含まれている可能性も全くないわけではないが。

 実のところ、一人は回復魔法の使い手が居ることは事前に判明していた。アーヴィンから確認した襲撃者にこの人間の知己が含まれており、回復魔法を始めとする治療技術を学んでいることを知っていたからだ。

 即死させないように注意していたのはそれ以外の、公に出来ないような治療手段を持つ者が居れば緊急時に使用するかも知れないと期待していたからだった。残念ながらそういった都合の良いイレギュラーには恵まれなかったようである。


 アーヴィンの反応が消えた辺りに降下する。

 アーヴィンにとどめを刺したと思われる兵士の傍らに、依り代だった肉体が転がっている。異物が目に入ったのか、兵士は涙を流してこちらを見ていた。

 即死を避けるために下半身を狙いたいところだが、兵士の乗る首無が邪魔である。手持ちの魔装具・爆星の狙いを肩に向けて起動する。

 爆音とともに弾丸が飛来するが、空を切って遠くに消える。

 兵士は横に避けると同時に、勢いそのまま、回り込むようにこちらへ向けて突撃してきた。首無の胴体を盾にするように密着し、兵士を狙える面積をわずかなものとしている。

 首無の胴体へ向けて一射、二射。堅いものが拉げる音を立てるが貫通はしない。人体を破壊するには十分な威力を誇っていた爆星だが、装甲のあるものにはあまり有効でないらしい。

 弾丸が弾かれる音を聞きながらさらに続ける。最後の一射が当たり異なる音を立てた。全く同じところに衝撃を受け続けた装甲が砕け、弾丸が内部へと突き抜けた音だ。

 前面の魔法式を破壊された首無が大きくバランスを崩す。腰砕けになるように前足が支えを失い、加速を続けている後ろ足が後部を跳ね上げてしまう。

 宙に投げ出された兵士はしかし、それでも私を視線の内に捉えていた。振り回される勢いをそのままに一回転、私に向けて槍を一閃する。

 爆星の弾倉は空。弾丸の補充、照準、射撃で三動作。これでは間に合わない。

 が。

 私の乗る首無に固定していた槍を掴み、引き抜きざまに下から上へと振り回す。これで二動作だ。

 地面を擦るように振り抜かれた矛先がほんの一瞬めり込んで止まり、次の瞬間には肉体を貫いて弧を描いた。追いかけるように鮮血が吹き上がる。


「あ。また失敗」


 この槍の魔装具・貫撃槍はあまり手加減には向いていないようだ。察するに爆星は牽制やあまり頑丈でないものへの攻撃が目的で、強固な対象には貫撃槍を用いるのだろう。


 これで戦闘力があると想定されているものは、すべて無力化が済んでいるか死亡している。後は治療術士を確保するだけだ。


 治療術士を探して歩く。


 その途中で見覚えのある顔ぶれに出くわす。もちろん私ではなく、私の肉体の記憶だ。

 彼女が寝返りを勧めても最後まで残った、損得勘定の出来ない愚かな者たちだ。既に彼女の勢力は皆無に等しいというのに、殆ど可能性のない逃避行に同行してしまった結果がこれだ。綺麗に並べられたまま、もう動き出すこともない。


 時折発砲。

 ついでに無力化が済んでいるものにとどめを刺していく。

 自らの傷を治す者が居れば確認する必要があったが、そうでない者については今のところ生かしておいてもデメリットしかない。念入りに始末するほどの脅威でもないのだろうが、近くを通るついでだ。

 少しすると重傷を負った兵士を引きずっていく者を発見する。この肉体の持ち主が知る治療術士に間違いなかった。足を狙って射撃、苦痛の声を上げて倒れ込んだ。兵士が邪魔で少々当てづらかったが、問題なく打ち抜くことが出来た。肉体の操作にもだいぶ習熟してきたと判断できる。


「ヴィスキューム様……?」


 私の接近に反応して治療術士が顔を上げた。この肉体の名前を呼ぶが、それには特に反応しない。代わりに彼が引きずっていた兵士に向けて爆星を起動する。兵士のとどめを刺すはずの弾丸は、驚くほどの反応で覆い被さった術士に着弾した。


「なぜ……このような……」


 何故と尋ねたいのはこちらの方だ。危うく予定が狂うところだった。実験を行う前に死なれては困る。激しく出血する背中の傷口に手を触れると、無理矢理に魔力を侵入させた。


「おあああああああああああああああああ!」


 魔力がまだ巡っている人間を無理矢理快復しようとすると、激しい苦痛を生じるようだ。通常は他者の魔力をぶつけ合っても打ち消し合うだけだが、遙かに上回る魔力で干渉すれば受け手側には激しい拒絶反応が起きる。

 この反応を鑑みると回復魔法の実用性を疑ってしまう。そもそも敵対者に無理矢理治療されるということ自体が稀少かも知れない。そうなると協力関係にある者が、まだ生命のある状態で回復した場合どうなるかを確認する必要があるだろう。

 治療術士は荒い息こそ付いてはいるが、背中の傷の方は治りきっている。元々そのつもりで引きずっていたのだろうし、死にかけの兵士の治療をさせることにした。


「治せ」

「え?」

「それを治療しろ」


 とどめこそ刺していなかったが、既に出血も多く顔色も青ざめている。死亡した後の治療は今のところあまり芳しい効果を示していない。生きている内の治療を確認するのが望ましいだろう。


「その……」

「なに?」


 何を口ごもっているのだろう。治療技術を学んでいるならば、そこの兵士の命がさほど持たないことは判りきっているだろうに。


「僕の技術では治療できません……」


 ため息のようにはき出された言葉に絶句する。

 人間の脳を使用しているせいなのか解らないが、この治療術士を非論理的に罵倒してやりたいという衝動に駆られた。それともこれは彼女の心の発露だとでもいうのだろうか。

 だいたい治療の当てもないのに戦闘の中心から連れ出したところで死ぬのが遅いか早いかの違いでしかないだろう。私と同年代であるのだから新人でしかないのは考えてみれば当然だが、もうちょっと何とかならないのだろうか。昔からベニーと来たら普段は考えすぎて動けないくせに、唐突に行動力を示したかと思えばその後先も考えていなくて、そんなだから心配しすぎたクリスがとち狂って軍人になって守るとか言い出すのだ。人間の脳は機能的な面も多いが、無駄が多すぎる。


「おまえを貸せ」


 返事を待たずに彼に魔力を侵入させる。再び悲鳴を上げ始めるがどうでもいいことだ。

 彼の魔力を私の魔力で操って無理矢理魔法式を起動させる。兵士の中に入り込み始めた魔力は拒絶を受けない。どうやら友好関係にある者の魔力を操ることでスムーズな治療を行う事が出来るという推論は間違っていなかったようだ。

 魔力の反発がないという前提においては、まだ生命活動が続いている存在の治療は死体の修復よりはかなり容易なようだ。正常な状態に戻ろうという復元作用が働いているため、それを後押ししてやればいい。

 兵士の治療は短時間で終わった。魔力の循環も正常で、いずれ意識も戻るだろう。二度も苦痛を味あわされたせいか気を失った治療術士も横に転がっているが、これはどうでもいいことだ。



 問題はこれからどうするべきかだ。この肉体を十全に治療する目的に対して全くといっていいほど進行できていない。いくつか疑問は解決しているが、解決に向かうような事項ではない。

 現在私が保有している技術では快復が見込めないのは最早明らかだ。そうなれば技術を向上させる必要がある。つまり私には知識を集める手段と、技術を実証する場が必要となる。これを満たすにはどうしても人間の社会に潜り込む必要がある。

 治療の対象は人間であり、知識の蓄積を行っているのは人間だ。よしんば人間以外が知識の蓄積を行っていたところで、私が保有している言語能力はこの人間の脳に備わっている分しかなく第一目標とするべき具体性を伴っていない。

 まずはこの人間が元々潜伏する予定だった都市に向かうべきだろう。正当な手段で発行された偽物の身分証明とやらもいくらか役に立つかも知れない。


「ミストレル」


 それが彼女の新しい名前だった。 

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