苦労人の天才
大変お久しぶりでございます。
亀進行ではありますが、書き続けていく所存です。
よろしくお願いいたします。
「やっとここまで来た…。」
日本のサッカー選手に多い長髪ではなく、欧州に多い短髪ジェル多めの髪型をした中背の男性が、感慨深そうにピッチの上を歩いている。
彼の名は梅林守。今日本で最も注目されているストライカーだ。親から受け継いだ身体能力を存分に生かすフィジカルエリートではあるが、家庭の経済状況は悪く、大学進学がスカラシップ以外では難しい。そんな苦労人の彼は、今季初めて天皇杯に参加する。
天皇杯に参加が決まったのは3週間前のことだ。その日の練習が終わり、入念なストレッチを終えると、すでに日が暮れていた。時計を確認すると短針が7を大きく超えている。こんなに遅くなったのは久しぶりだが、その後の行動はルーティーン化している。いつも通り分析用のパソコンが置いてあるデータ室へと向かうと、普段はいないはずの部屋に人影が見えた。
「えっ、監督ですか?」
「おお、守か、お前も使いに来たのか。」
恰幅のいい男性が陽気な声を上げる。彼の名は繁田光良、トーラ自動車社長から直々に声をかけられ、五年で日本有数のチームにした優秀な監督だ。
「はい、いつも通りですけど。監督はめずらしいっすね、こんな時間に使うなんて。」
そういうと繁田は難しい顔をしたまま静かに頷いた。
「なんかあったんですか?」
「…まあな、一緒に見るか?」
「はい、ってどこのチームですか?」
「見ればわかる。…もしかしたらお前を招集するかもしれない。」
その言葉に驚きつつ、招集という言葉からふと思いつく
「天皇杯ですか?確か御上でしたっけ?」
「そうだ、ちょっとあれは異常だ。」
そう言ってモニターアームに触れ、梅林の見やすいよう角度を変える。
「確か33分だったと思うが…、そうだこれだ。」
右に開いたCBのノアから右サイドへ、そして中央へ戻してから左サイドへ。
DFスライドが間に合う前に左サイドを崩すと、CBを引き付けてからのファーへのクロスに飛び込む右サイドバック。
「これは…凄いですね、相互理解というか戦術理解というか。」
「ああ、正直言ってその点はJ1より凄いと思うぞ。A代表の加藤なんかは大阪史上最高のドリブラーと言われてるが、あんなのよりよっぽどこっちの選手の方が欲しい。」
「いや確かにすごいですけど、それほどですか?」
「お前はまだ監督をやっていないからわからないかもしれないがな、予想外なんてのは二人か三人で良いんだ。大多数は戦術通りに行える人間であり、相互理解をしようと考え、実行に移せるような人間だ。それが出来てプレスを掻い潜れたらワールドクラスだな。」
「ビルドアップが上手いのは確かに…、ですがうちの選手も悪くないと思いますけど。」
無言のまま繁田は動画を進める。
「後半のこれだがな、リトリートじゃ無理だと感じたのかハイプレスに変更したときのだ。」
マンマークに近い形でうまいプレスを掛けられるも、CBがあっさりといなし、それがわかっているかのようにサイドの選手がマークを外して中央で受けられる形をとっていた。
「…こんなあっさり縦パス入れられるんですね。」
「うちのチームがこれを出来るかと言えば確実に無理だろう。そもそもこの神原とノア、それと左SBの御部市のパス精度高すぎる。あの年代でここまで鍛えるのは相当なものだ。」
そう言いながら再びマウスを動かす。
「ここなんだがな、ハイプレスを左SBとCBがワンツーで躱した上で中央右にいたインサイドハーフの右足にグラウンダーで通している。っかー、ほんといい選手だなこいつ。」
先程の眉間にシワを寄せた顔とは一転して、キラキラした子供のような純粋な目で砕けた口調になる。
「口調戻ってますよ、楽しんでるのは分かりますけど。」
そんな監督につい微笑んでしまう。
普段は毎週のリーグを重視するチーム方針により参加できなかったが、この信頼できる監督にここまで言わせる選手たちと出来るというのは本当に嬉しい。
何より、この監督が助けを求めてくれたのだ。
「監督、勝ちましょう。」
そう言うと、サムズアップとともに、真剣な視線を返してくれた。
そして少し苦笑を浮かべる。
「そのためのお前だよ。」