県予選準決勝
非常に遅くなり申し訳ございません。
これから出来ればもう少し早めたいとは考えています。
ピーッピーッピィーーーー!!
無常にも鳴り響くホイッスルの音と共に、白色のユニホームを着た選手が膝をつきうな垂れる。
10対0
あまりにも大きい力の差を目の当たりにしたグリーンマールFC。圧倒的な能力差、戦術差という恐怖を体験し、永野は呆然としていた。多くの選手が少年時代からサッカーをやっているが、どんなに強豪相手と言えど、ここまで圧倒的な差は経験したことが無い。
「ありがとうございました。」
ふと背後から声がする。振り向くと、小さなキャプテンが手を差し出していた。
「あ…ありがとうございました。」
握手をすると、すぐに立ち去ろうとしてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
少年は首を傾げながら振り向く。特に嬉しそうでもない顔を覗かせた凜に対して疑問を感じる。
「何かございましたか?」
「い、いや、そのだな…、君達はどこの出身なんだ?これほど上手い子達がユースや強豪校にいないのが不思議なんだが。」
そんな永野の疑問に凜は首を傾げる。
「ああ、僕達日本のサッカー関わるの初めてなんですよ。元々ポーツマスユースです。」
「ポーツマス・・? 英国だったっけ、確か。」
「はい、破産以降はプロとアマを行ったり来たりでしたので、最近興味を持たれた方にはあまり知られていませんが。良くご存知でしたね。」
「いや、昔プレミアにいた頃を映像で見たことがあるから知っていたんだ。しかし何で日本なんかに?」
「ああ、今回は只の資金集めですね。天皇杯で優勝すればジャパンマネー入ってきますから。」
「ヘっ?」
永野は空いた口が塞がらなかった。只々、思考が停止していた。
「プレミアは別に良いんですけどね、下位でもかなりの額回してくれるので。でも僕らみたいな下位リーグはかなり荒いチームばかりな上に莫大な放映権なんてものは無いので、メディカルやら何やらで資金大変なんですよ。適当に電報さんとか博通堂さんがスポンサードしてくれたら楽なんですけど、あの人たちの場合はメディアの使い方が極端で融通利かないんですよね。お金は必要なんですが、ああいう方ではなくて、ある程度わかってくれる企業に支援して欲しいんです。なかなか難しいですけどね。それに…」
そう言うとぶつぶつと世知辛い呟きが漏れ始める。
「お金…。それでこんなに真剣なのか…。」
「そうですね、あっでもサッカーで手が抜けない人間が大半なのが大きいと思いますよ。もし興味がありましたらうちのチーム入ります?」
「い、いやいきなり言われてもな。」
「そうですよね、ではもし興味ありましたら連絡ください。」
凜は頭を下げると、そのままグラウンドを後にした。
残されたのは話に頭が付いていかず、呆然としている選手達だった。
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カチッカチッ
「ここは流動性が少しネックになるかなぁ、けどそれ以上にこの事業の将来性はあるよなぁ。当たり前のことが当たり前に出来てるのは強いよね。」
6畳ほどの部屋でひたすらデータとにらめっこしている、どうにも良い株が見つからない。かれこれ12社ほどの財務諸表を見ているが、未だに掘り出し物が無い。
ピンッッ
「ん?」
27型モニターの左上に、メールを知らせるアイコンが表示される。このパソコンへメールを送ってくる人は三人しかいない、というか三人にしか教えてない。宛先を見て、ふとため息をつく。
「監督からかぁ、なんか怒られる事したかなぁ。」
そんなことを呟きながらメールを開く。
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凜へ
15:00からのサッカーに夢中を見てください。
一応特集される予定です。
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「なんだ、怒られる事じゃなかった。というか特集?」
ほっと一息つきつつ、疑問を持つ。この流れだとチームの特集なんだと思うが、まだ県予選の決勝前なんだから、特集なんてしないはず。そんなことを考えながら周囲を見渡し、時間を確認する。15:05分、もう既に始まっているようだ。イスから立ち上がり、ベッドの横に置かれたサイドテーブルの上にあるリモコンを手に取る。再びイスに戻ると、モニターの上に掛けられている大型テレビを操作する。
「ここで、ここなんですよ、蔵元さん。ここでのカミロの動き出し、そしてノアからの素晴らしいフィード。これは本当にレベルが高く、あっさりやっているのが本当に信じられない。」
髪を中央で分けた男性が熱く語り、頭が綺麗に輝いている男性が落ち着いて分析をする。
「確かに素晴らしいですね。これは欧州でやっていける速さ、精度ですね。」
「そうなんですよ、その後のボールタッチからシュートまでの動き。本当に凄い。正直、日本でやっている理由が良く分からないんですよね。これだけのレベルならば少なくとも欧州のクラブはほっとかないと思うんです。」
大型モニターの前に立つ男性が熱くなりながら討論をしている。
「ただ彼らが凄いのは外人だからと言うわけでもないんですよね。選手のボールタッチのレベルが高いんです。」
「そうなんですか?」
紅一点の眼鏡をかけた女性が声を返事をする。
「そうなんです、佐藤さん。次の映像はDFからビルドアップをする場面です。これは優勝候補の一角だったアイサンSCが高い位置からのゾーンプレスをかけているんですが、3列目の選手が簡単に突破してしまうんですね。これによってゾーンプレス自体が機能しなくなり、二列目の選手が急いでカバーリングをするのですが…、ここです。ここですぐにCBから縦パスが入り、あっという間に崩して一点でした。この後アイサンSCはリトリートの守備に変更はしたのですが、そうするとDFの選手があっさりボールを運んでしまうんですね。SBだったりボランチだったり、低い位置の選手がボールを運ぶ技術やパスの精度が長けていることが良く分かる試合でした。」
「以前スペイン人の方に聞いたことなんですがね、ああいう運ぶドリブル、コンドゥクシオンというのですけど、日本のリーグではなかなか高度な訓練が出来ていないんですね。というか練習方法を知らない指導者もいるぐらいですから。今まで身体を張るタイプのDFがずっとA代表に集められていた上、最近では442が復権している関係で、高さで負けないことが最重要視されているんですね。」
「としますと、明らかに従来の日本の指導者とは異なった人間という事なんでしょうか」
「そうなりますね。監督は苦しい時代の女子サッカー選手だったようで、その後の監督としての資格を取られたところまでは公表しているのですが、その後どういうチームに携わったのかという経歴が公表されていないんですね。非常に現代的なサッカーをなさるので、おそらく欧州の先鋭的な戦術を学ばれているかと思われます。」
「ほぅ、それはすごいですね。これは準決勝、決勝と楽しみですね。…おっと時間が来てしました。それではまた来週。」
エンディングの曲が流れ始める。
「へ~、もうこんな注目されてるのか。所詮ベスト4だと考えてたけどここまでとは。まあ地方局も視聴率稼ぐために必死ってとこか。」
そんなことを言いながら、監督へと送るメールを入力し始める。書きながら明日の試合について考える。トーラ自動車は前回大会優勝チームであり、ここ最近で唯一ベスト32まで進出したチームだ。現行制度になってから最強の社会人チームと言ってもいい。
「だからと言ってチャンピオンシップのチームより強いとは思えないけどね。」
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6月末、今年も半分を終え、気温も上がり始める。そんな夏の訪れを感じるこの時期に、天皇杯地区予選準決勝、トーラ自動車VS御上SWFC。快進撃を続ける初出場の御上SWFCとトーラ自動車の試合は県内中のサッカーファンにとっては注目の的になっていた。
それもそのはず、トーラ自動車はいち早く現行制度による3部リーグの崩壊を予期し、自社でチームを持った会社である。その先見の明は世界で戦えている企業だからこその物だ。そんな会社が主導選択したのは、若手のいい選手を2部リーグや1部リーグへと輩出していく、いわゆる育成専門のチーム。これは完全にサッカーの商売としての面を重視したものだ。それが良いか悪いかという事は個々の判断であり、現状素晴らしい経営成績を出すチームとなっている。若手としても非常にプロになりやすい道としてチームを選ぶだけでなく、早い人では高校自体をトーラ自動車が運営している学校へ進学し、サッカー選手として駄目なら、そのまま技術者として生きていくというリスクを限りなく減らした選択をする人もいる。そんなサッカー選手生産会社に対して、平均年齢ではそれを下回るチームが相手なのだ。平均年齢17歳ながら、ここまで圧倒的な勝利しかしていない。最も点差の少なかった試合で、準々決勝の5対0だ。それを県予選からずっと継続しているというの驚異的だ。
「さて本日は実況私、ジョン上杉と解説は堀泉でお送りします、本日の天皇杯県予選準々決勝。トーラ自動車対御上SWFCですが堀泉さん、どういう試合展開になるのでしょうか。」
「そうですね、トーラ自動車は言わずと知れた社会人最強チームです。今季もエース梅林を含め1部リーグに誘われている選手が数人いる素晴らしいチームです。梅林に関しては天皇杯が終わり次第、名古屋への移籍がほぼ決まっているようですね。」
「育成制度が本当に素晴らしいチームですね、そして今回大注目ともいえる戦いを続けてきたのが今日の相手である御上SWFCですが、堀泉さんはどう見ていますか。」
「いくつかの試合のビデオを見たのですが、361と4141、442と非常に多種多様な戦術を試すかのように使うチームなんですね。おそらく守備構築が非常にうまい監督なんだと思いますよ。実際ハーフタイムで戦術を変えてからの失点は7試合で1点ですし。」
「非常に堅守のチームという事なんでしょうか。」
「いや、そんなこともないと思いますよ。結構カウンターも食らうチームなんですね、特に4141でハイラインの時は何回か2対2、3対3の形を作られていました。ただノアを中心にスピードで振り切られない選手が多く、コース限定して打たせていました。予選ではカウンターの失点無かったんじゃなかったかな。むしろFKとPKを与えることがが多いんですよねこのチーム。」
「なるほど。失点は少ないものの、基本は攻撃偏重で球際に厳しいチームという事ですか。」
「そうですね、球際に強いといっても荒くないんですよ。FKとPK合わせるとかなりの数があるんですけど、そこまでイエローカードも多くありません。球際が激しいのと、なにより競り合いが負けないんですよ。はっきり言ってそこはプロ並みと言っていいと思います。」
「それはすごい。そんな御上ですが、今日の予想フォーメーションは4231ですね、どうやら御部市・神原・ノア・鈴木の4バック、エヴァンス・松井の2ボランチに内野・神原、これが弟の方ですね、そして原田、ワントップにカミロと今まで通りの形ですね。堀泉さんは注目されている選手はいらっしゃいますか。」
「う~んそうですね…、注目されているのはノアとカミロですよね。この間、本人に取材に行ったんですが、彼らは欧州のクラブに契約決まってると言ってましたね。チームまでは教えてもらえませんでしたが。まあそんな彼らが注目されてはいるんですが、個人的には神原くんに注目したいですね、大和君の方です。二列目の曉君とは兄弟のようですが、これまで日本にいなかったオールマイティな大型のCBなんですね。ノアと共に非常に質の高いビルドアップを武器にしているのですが、スピードもあり穴のない選手です。正直なぜ前線で使われていないのかわからないですよね、日本の育成だとあの手の選手はFWで使われるのですが。」
「なるほど、神原選手に注目ですね。一方トーラ自動車は梅林ですか?」
「そうですね、正直この試合は梅林がノア神原に勝てるかという事がすべてでしょう。御上はラインを低くすることは少ないですし、ライン上で非常に見応えのある戦いが行われると思います。」
「非常に注目の戦いになりそうですね、では選手の入場です。」
その声と同時に熱気を帯びた歓声がスタジアムに広がり、選手たちがグラウンドへと足を踏み入れていった。